マイナスイオンは健康によい?
広告と伝聞が圧倒的に多く、信頼できそうな記事は見当たらない

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2010年3月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

昨秋、山歩きのトレッキングで大きな滝を見ました。気温が高かった故もあり、子供たちが裸足で水の中を歩き回るなど楽しい雰囲気にひたりながら、「滝の周辺にはマイナスイオンが多い」という話を思い出しました。だから、健康によいという話はホント?

マイナスイオン、陰イオンっていったい何?

マイナスイオン()は、陰イオンとも言いますが、「滝や噴水の付近に多い」という話はいったい何か、マイナスイオンのどれが体にいいのか、本当に「体にいい」という証拠はあるのか、さらには「体にいい」メカニズムが何かについてわかっているのか、などの疑問がわきました。

「マイナスイオン」と「健康」「身体」などをキーワードとして検索すると、いろいろな記事が見つかりますが、プラスに評価しているのは広告と伝聞が圧倒的に多くて信頼できそうな記事が見当たりません。

「テレビで扱っていたけれど、静電気の話だった」とか、「『効くことは立証済み』と書いて別のサイトを引用し、アクセスしてみると機械の広告だった」等です。

イオン=電気を帯びた原子や原子団

成分分析を書いているサイトの多くは温泉

成分の分析を書いているサイトは多数見つかりましたが、そちらは空気中ではなくて温泉の成分分析表でした。

温泉の成分は、温泉により差がありますが、すべてに共通しているのが「陽イオンの総量はXで陰イオンの総量はYで、陰イオンが多い」と述べています。「陰イオンが多いから体によい」とは必ずしも強調はしていませんが、そんな雰囲気を持たせている記事もあります。

たとえば、「陽イオンはナトリウムイオンをはじめ総計で241.5に対して、陰イオンは塩素イオン363をはじめ総量で410もあり(単位はリットルあたりミリグラム数)……」という具合です。他の例を挙げると、「陽イオン総量1890に対して、陰イオン総量2597」や「陽イオン総量813に対して、陰イオン総量1339」などです。

純粋の化学分析の数値としては、この記述の数値は間違いではありません。

でも、「だからマイナスイオンが多い」というのはインチキな表現です。物質が水に溶けてイオンとして存在する場合、基本的にはプラスイオンとマイナスイオンは同数になるので、たとえば食塩一分子が水に溶けるとナトリウムイオンと塩素イオンが1個ずつになり、陽イオンと陰イオンは当然同数です。でも、分子量で比較すると、質量数はナトリウムが23で塩素イオンは35.5ですから、重量比では塩素がナトリウムの1.5倍以上も多くて当然です。

温泉成分表の場合、イオンの総量だけでは計算できませんが、どの成分表にもイオン構成を詳細に書いてあり、それをつかって分子数の比率、つまりモル濃度で計算できます。そうしてみると、最初の例では陽イオン合計は10.3で陰イオン合計は11.1(単位はリットルあたりのミリモル)であり、2番目の値の大きい例では陽イオンが77.2で陰イオンが78.5となり、いずれも陽と陰の差はごく小さいとわかります。

別の例として、人間の血液の正常値を挙げましょう。陽イオンはナトリウム140で、陰イオンは塩素が105、重炭酸が24、タンパク質陰イオンが10(単位はリットルあたりのミリ当量)で、両者はバランスしています。ところが、温泉成分式を重量比で表現すると、ナトリウム3220、塩素3727、重炭酸1440、タンパク質陰イオン50万(単位はリットルあたりミリグラム)となります。塩素イオンと重炭酸イオンの2つだけで5167で、これだけですでにナトリウムの1.6倍で、タンパク質のマイナスイオン分は50万で、陰イオンが2桁も多いのです。でも、「だから体内にはマイナスイオンが多い」との言い方は間違いで、プラスとマイナスはバランスしています。

疑似科学批評のマイナスイオン批評特集

疑似科学批評のサイトでは、マイナスイオンを「疑似科学」と断じて、役所のコメントを示し、さらに「恥ずかしい商品」を挙げて冷やかしています。「冷静」ではなくて、マジメながら少し斜に構えた印象です。

古いデータとしては、北海道帝国大学の研究者が居住空間の清浄化の手段として空気イオンを研究テーマに選んだとあります。また、国民生活センターの意見として「事業者は身体等への効果を謳うものの、その検証を行っていない」「消費者は、効果が分からない」と明確に述べています。

マイナスイオン発生装置の製作と販売は、現在では名も知らぬ中小メーカーが担当していますが、以前は大企業の名も数多く、日立はマイナスイオン放出機能つきパソコン(!)、資生堂はマイナスイオン化粧水などで、他メーカーも1度は参画しています。

このサイトでは、そうした擬似科学をあおったテレビ番組として「あるある大事典」を挙げていますが、現在は姿を消しています。

大阪大学のサイトは「ニセ科学」入門

大阪大学の菊池誠さんは、「『ニセ科学』入門」のテーマでサイトに詳しい文章を載せ、最初に「ニセ科学とは何か」を詳しく述べています

「世間には奇怪な情報が飛び交い、テレビが『アポロは月に行かなかった』という説は、実はエイプリルフール用に作られた冗談番組だったのに、オチを聞かずに信じた視聴者もいた」という話を紹介していますが、これはいわばイタズラにだまされた話です。

ついで、超能力・オカルト・心霊現象・星占いなどは、そもそも「科学的」な外観を持たないからニセ科学と呼ぶ必要はなく、信者たちも「科学」とは考えていないだろうと述べます。

菊池さんがニセ科学の代表として挙げるのは、血液型性格判断・フリーエネルギー・マイナスイオン・波動・ドーマン法などで、それぞれをこまかく考察しています。

マイナスイオンに関しては「ニセ科学であるにもかかわらず、どういうわけか大手家電メーカーがこぞって参入して一大ブームとなった」と書き、発生装置を分類検討してせいぜい水滴が出るか何も出ないか、発生法によってはオゾン(酸素の同素体)が出て健康には有害な例さえあるはずと述べます。

菊池さんは、「もてはやしたマスコミも共犯」「マイナスイオンはニセ科学の中でも悪質な部類に属する確信犯的」と述べ、さらに一般受けした要因として、1つはイオンという名前が科学っぽい点、もう1つはマイナスはよくてプラスは悪いという「二分法」のわかりやすさを挙げています。 マイナスイオン問題は直接にはがんと関係がなさそうですが、がんに関連したこの類のテーマもいろいろありました。

今回おじゃましたサイト

疑似科学批評(マイナスイオン批評特集)

「ニセ科学」入門

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