食道がんと反回神経麻痺
自然治癒が難しい場合には手術も

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2008年12月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

食道がんの手術は大手術で、いろいろな合併症が発生します。
反回神経麻痺はその中で頻度が高く、手術直後の重症期を切り抜けた後に重要になります。食道がん+反回神経麻痺で約2,050件見つかったうち、上位のものを中心に説明します。

反回神経麻痺の原因と頻度

反回神経は声帯を動かす神経の1つで、1度声帯レベルを通過してずっと下の血管(右は鎖骨下動脈、左は大動脈)をくぐって戻ってくるので、この名前がついています。迷走神経の枝で、最終的には下喉頭神経になります。この神経は経路が長いので病気や外傷で損傷を受けやすく、麻痺すると声帯の動きが障害されます。

この神経は食道と近接しており、食道がん手術で損傷されて反回神経麻痺が起こります。しかし、その発生頻度について、明快に記述されている記事は多くありません。探したところでは、兵庫医大第2外科の頁に20パーセント程度、虎の門病院消化器外科上部消化管グループで、16~17パーセントとなっています。虎の門病院は数値だけでなくて、やや詳しく次のように記載しています。

『食道癌手術の場合、反回神経と呼ばれる左右1対の細い神経沿いのリンパ節に転移を起こしやすいのでこの部分の郭清が重要となります。この神経は細く非常に弱いために、手術操作によりこの神経が障害を受け麻痺することがあります。これを反回神経麻痺といいます。時には神経に直接食い込んだ転移リンパ節などの癌をきれいに取り除くために、意図的に反回神経を切断(合併切除)する場合もあります。反回神経の麻痺が起こると、普通声がかすれます。また誤嚥(むせ)をおこしやすくなり、肺炎の原因となることもあります。通常3~6カ月ほどで回復しますが、誤嚥を繰り返す人では耳鼻科的に小さな声帯の手術が必要となることもあります。

反回神経麻痺は右側より左側に起こることが多く、通常は起こるとしても左側片側の麻痺ですが、ごくまれに両側反回神経麻痺が生ずる場合があります。この場合は安全のため、気管切開(後述)を行います。両側反回神経麻痺が生ずると、通常じっくりと時間をかけた機能訓練が必要になります』(引用)

反回神経麻痺の症状・診断・経過

神尾記念病院の解説を中心に紹介します。症状としては、声がかすれたり、しゃがれます。「嗄声」と書き、読みは「かせい」または「させい」です。声門が閉じないので、飲食の際に、液体や食物が気管に流れ込んでむせます。それで、「誤嚥性肺炎」を起こして重大な障害となることも少なくなく、これで生命を奪われる例もあります。

1つ興味深いのは呼吸との関係で、声帯は発声に重要なだけでなくて、呼吸自体にも重要な役割をしています。反回神経麻痺では、声帯が動かなくなりますが、その際に中央で固定(閉じた位置で固定)するか、開いて固定するかで症状が異なります。中央固定の場合は、反回神経麻痺が両側なら上にあるように重大な呼吸困難を招くので、気管切開が必要になります。通常は声帯が開いて固定するので強い呼吸困難は起こりませんが、それでも患者さんは呼吸がしにくいと訴えます。声帯が健全な場合は、呼気の際はこれが少しせまくなってゆっくりと吐き出すように調整していますが、麻痺で声帯が開きっぱなしになると呼気が速く行われ過ぎるようです。反回神経麻痺が片側だけでも、程度は軽いものの、自覚するようです。診断には、喉頭鏡や喉頭ファイバースコープ(内視鏡検査に用いる器具)で観察して、声帯の可動性が失われ、固定していることを確認します。

虎の門病院の記事には、「通常3~6カ月ほどで回復」とありますが、これは損傷が軽度の場合に限ります。反回神経が強く傷ついたり、切断されていれば自然回復は期待できません。一般には、原因不明の「突発性反回神経麻痺」では自然治癒を期待して6カ月程度は観察し、ステロイドホルモンやビタミン剤などの薬で経過をみます。しかし、がんの手術や放射線治療による場合は自然治癒の可能性が低いので、症状が重ければ別の治療法を採用します。

学会発表および学会誌のタイトルと抄録だけで詳しいことは不明ですが、手術のときと術後に神経活動を電気的にモニターして麻痺を予防したり、回復の経過を評価する方法もあるようです。

ここでは食道がんの術後の反回神経麻痺を扱っていますが、実は肺がんでは手術と関係なく、同じ反回神経麻痺が起こり、その頻度はおそらく食道がんの術後より高いようです。

反回神経麻痺の治療

反回神経麻痺が回復の可能性のない場合、神経の再生は不可能ですから声帯自体が元通りに動くことは期待できません。その代わりに、声帯の位置を無難な位置と形態にして固定するような処置が行われます。

これを担当するのは耳鼻科医師ですが、アプローチや考え方や使う物質などにいろいろな考え方があるようで、代表的な例を2つほど。

BIOPEXは反回神経麻痺で、声帯内に物体を注入して厚みを持たせて、声帯を近接させる際に使う物質の名前です。大久保啓介さん(佐野厚生総合病院耳鼻咽喉科)が詳しく解説しています。

それによると、「声帯内に物質を注入して位置を寄せる」手術は1911年に始まり、パラフィン・ワセリン・骨ペースト・テフロン・シリコン・脂肪・コラーゲン・ヒアルロン酸など、いろいろな材料が用いられ、現在、日本では自家脂肪とアテロコラーゲンが注入用物質として広く用いられるが、最近はこの物質が評価されている由です。これはリン酸カルシウム骨ペーストで、時間がたつとハイドロキシアパタイトという骨になじみやすい硬い物質に変化する医療材料です。声帯内に注入する手術も行いやすく、手術翌日から発声、摂食、退院が可能と述べています。

同様の解説は、埼玉県所沢市の防衛医科大学校病院耳鼻いんこう科の頁にも述べられています。

この物質自体は「骨と類似でよく馴染む」という性質で、元来は骨の欠損部を埋めるべくつくられ、整形外科や歯科の領域で使われてきたものを、最近上記の用途に拡大使用するようになったということです。

甲状軟骨内方移動術では上記のBIOPEX注入が、声帯自体を厚くして隙間を狭めるのに対し、外側から圧迫して麻痺した声帯を正中によせて隙間を狭める方法。甲状軟骨(のどぼとけの軟骨)に小さな窓を開け、そこにシリコン板などの人工物を挿入して、その厚みだけ声帯を正中に移動します。使える患者さんは限られていて、麻痺があまり強くないことが条件と述べているのは良心的と感じます。

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