がん治療と宗教
人によってそれぞれ、未だ謎が多い未開拓な分野

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2008年10月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

がん治療と宗教の関係を、2つの単語をキーワードとして検索して、約3万4000件ほど見つかりました。その中から選んだいくつかのホームページを紹介します。なお、私自身は宗教の意義は承知してはいますが、個人的には少しアンチの気持ちを抱いている点をお断りしておきます。

米国「がんケアと霊の問題」

最初は、米国がん研究所の「がん医療での霊の問題:支持療法」というタイトルの記事(がん情報サイト)です。

「概要」から紹介すると、「がんの患者さんでは、自身の病気に対処していく際に霊的または宗教的な信条や実践を拠り所とする人が多い。これを霊的対処と呼ぶ。終末期の問題に限らず、医師や介護者に自身の霊性面の関心事に対応してもらいたいと願っている患者さんもいる。それ故、医療スタッフががんのケアを行っていく際に、霊の問題を明確にしておくよう患者に伝える場合がある」とあります。

次いで「霊と宗教」については、「両者は混同されがちだが、意味は異なる。霊は純粋に個人の問題で、宗教は信仰と実践から成る組織化された集団との関わり」と定義しています。

そして、がんに限らず深刻な病気が発生すると、霊や宗教が解決できないとの葛藤や疑念が発生し、自身の信条や宗教的価値観と衝突して、霊の苦痛を招くことがあり、たとえば「がんを天罰と考え」たり、それを契機に「信仰心を失う」場合もあると述べています。

治療法の「信仰」と元気な患者

この種の検索で予想したとおり、「がんになってますます元気」という記事(イケてるおばちゃんでいたいょね♪)がありました。

子宮がんの母親が2年前に肺と脊椎に転移し、起きられなくなるほど首が痛くなって入院。1~2カ月の命と言われたが2年後の現在、がんの数値はほとんど消えて毎日元気にしているという内容です。

この患者さんは某健康食品の愛用者で、書き込んでいる当人(患者さんの娘)は効用に懐疑的ですが、それでも「どうもそれが1番効果があった気がする」と述べます。

もっとも、患者さんはこれを飲んでいればがんにはならないと信じていたようですが、実際はがんになりました。「でも、がんとわかってからは、その健康食品をますます増量しました。私たち家族や親戚にも勧めたり分けたりするので迷惑で、患者が病気になるときまでは敬遠していました。でも余命いくばくもないというので、放ってもおけず付き合っているうちに、この健康食品に対しての考え方も変わり『けっこういいかも?』とは思うようになりました」とあります。

この記事には当の健康食品の名前が登場せず、安心して引用できます。そして、「自分が信じたものをとことん信じ込める母が羨ましい」と述べて、「信心深い母親にはらはらしながら、その母親の幸せを喜んでいる子供」のほほえましい関係が素直に表現されています。

素晴らしい患者を医師が記述

ある医師が、宗教とは無関係に見えますが、がん治療に関してご自分の経験を述べています

73歳の女性に、内視鏡で胃の悪性リンパ腫を見つけました。手術を勧めましたが、患者さんは、「先生、私はもう十分歳です。あとはお迎えを待つ身ですから。子供たちにも私のことで心配をかけられません。だから、このまま何もやらないでいけるところまでいった所で“お迎え”を待つことにします」と手術を拒否され、1年4カ月後に亡くなりました。この経験に対して、医師である著者は2つの点を述べます。

まず、「“自然史”を観察させて頂いたという希有な経験に対して医師として感謝したい」と述べています。

次に、「この方からは“お迎え”という言葉の使い方を教えて頂きました。医師は、臨床の現場で患者さんの死に直面することが少なくありません。高齢化社会を迎え、今後も人の死に直面する機会は増えます。ところが、「死ぬ」「亡くなる」と言った言葉が、患者さんや家族の方々に面と向かって言いにくいことがあります。表現が直接的過ぎるのです。最近“お迎え”という言葉を日常診療でよく使います。この言葉自体は、もちろん以前から知ってはいましたが、「いつ頃から私はこの言葉を臨床の中で使うようになったのだろう?」と考えると、この患者さんとの臨床経験を通して、生きた「臨床の中の言葉」として「私の中に入ってきました」と記述し、さらに「この言葉は辞書には臨終のときに、仏が人を浄土へ呼ぶために現れるので、本来は仏教の言葉でしょう。しかしながら、この語は本来の宗教的な意味合いを超えて、日本人相手であれば宗教の違い・流派を気にせずに使える臨床言語としていい」と述べています。ここに「宗教」という単語がある故に検索にかかり、この素晴らしい文章に接する好運に恵まれました。

神がかり的なものと疑念と

「メガビタミンは宗教か」というタイトルの記事(横着者の健康法)があります。

「ビタミンCは抗がん治療の大本命」とかで、ビタミンCを60グラム(=6万ミリグラム)摂る話です。厚生労働省が推奨する所用量が100ミリグラム、通常の錠剤の量もそのレベルで、ここではその600倍もの摂取を勧めています。

「末期のがんでも治してしまう宗教の信者さんは病気にならないのですか?」(YAHOO JAPAN知恵袋)という読者の質問では、「某宗教の教祖が『この水を飲めばがんは治る』と言いつつ本人ががんで死んだ」とか、「治らなかったら、信心が足りなかったといって死んだ人のせいにしちゃう」とか、「医学的に診て死亡診断書を書けるのに、死んでないと言ってミイラ化されて放置されたり叩かれたりするのはお断り」とか、いろいろな反応がありました。特定の宗派を狙った記述や、それに対する反論もありました。

また検索では、群馬県のある温泉の広告的な記事に対するアクセスが多いことに驚きました。宗教的な用語が使われていて検索にかかったようです。そう言えば、しばらく前に秋田駒ケ岳に登山した際、「玉川温泉のお蔭で元気になれた」という初老(55歳くらい)女性の話を伺いました。2年前は「あと半年の寿命」と言われた由でしたが、その後に秋田駒ケ岳へ7回登られているとの話で、これも一種の宗教でしょうか。

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