抗がん薬の薬物治療モニタリング(TDM)
有効だと期待されているが、利用されていないのが現状

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2008年5月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

薬物治療モニタリング

TDM(therapeutic drug monitoring)というのは、「個人の差を意識」して薬を使用するやり方で、「薬物治療モニタリング」あるいは「薬物血中濃度モニタリング」と訳されますが、通常はTDMのままで使います。

通常薬を使う際には、平均的な患者さんで量を決めます。薬物治験の第3相で決める手順を、以前「タミフルと副作用の問題」の項目で説明しました。これに対して、一部の薬物では実際に治療を受けている患者さんの血中濃度を測定し、その結果を見ながら量を増減するのがTDMで、有効量と副作用の出る量が近い薬にこの方法を使用します。

日本TDM 学会のホームページにアクセスしました。TDMの基礎知識が解説されていますが、簡潔すぎて逆にわかりにくい感じです。付随する専門用語リストの用語解説は、短いけれど要領のいいものでした。

こういう概念の把握には辞書が有用なので、ウィキペディアを調べましたが、項目はみつかったものの、中身は空欄でした。同じTDMで「交通需要マネジメント」や「時分割多重化」などが解説されているのに、この重要単語が書き込まれていないのが意外でした。

治療効果の差は薬物濃度の個人差に由来する

充実した解説と感じたのは谷川原祐介さんの記事で、「薬物治療における血中薬物濃度判定(TDM)」というタイトルです。。「月刊治療学」という雑誌の1998年の記事で、10年近く前ですから一部のデータは古いかも知れません。しかし、わかりやすい図が3つと、対象となる薬物のリスト(TDMが有効な薬物の治療濃度と採血のタイミング)の表からなり、文章は原稿用紙で20枚以上、参考文献も20弱あり、読み応えのある内容で大筋は問題なく通用します。

最初にTDMという用語をしっかり説明し、「薬の作用は、使った量よりも体内の薬の濃度に強く依存する」こと、「従来、薬の治療効果の差は、患者個人の『感受性の差』が大きいと考えられていたが、実は感受性ではなく『薬物濃度の個人差』に由来する」と判明して、それを解析する必要が認識されたと述べます。TDM 学会の用語を使えば、「ファーマコダイナミックス(薬物作用)」の差は小さくて「ファーマコキネティクス(薬物の分布)」が重要と言い直せます。「分子に帰結」することの多い現代医学の風潮からは反対方向の印象ですが、記述自体は科学として正しく、著者の自信を感じます。

それと関係して、「薬物濃度の個人差」を生む要因として、薬の吸収・たんぱく質との結合・肝での代謝(解毒あるいは無力化)・腎からの排泄などがあり、それを具体的に分析できるようになったと説明します。

TDMを行うには条件が必要

TDMの説明で、「個々の患者の血中薬物濃度を測定して、望ましい有効治療濃度に収まるように用量・用法を個別化する医療技術」と定義します。「薬の匙加減」を「いい加減な目の子勘定」で行う代わりに、「客観的根拠として血中薬物濃度を参照」します。TDMを行うには、

(1)信頼できる測定方法が確立している

(2)薬効・副作用を発現する分子種(新化合物または代謝物)が同定されている

(3)血中濃度と薬効と副作用発現の相関が確認されている

(4)有効治療濃度域が狭い

(5)体内動態の個人差が大きい

(6)肝機能・腎機能・年齢などで濃度や分布が影響を受ける

(7)投与量と血中濃度が比例せず複雑な曲線を示す

(8)副作用が重篤である

といった条件が必要で、それが成立する状況でTDMがとくに有用と述べます。論文の図1 が論文の中心的な要点で、TDMを利用してどういうように計画するかの基本を示しています。その際に(1)副作用・薬物中毒の疑い(2)用量調節による投与設計(3)治療効果の確認(4)服薬状況の確認に注意を促します。

ここから、論文は「血中薬物濃度の測定法」、「特定薬剤治療管理料」へと進みます。前者は技術的専門的すぎて一般の方々の興味の外ですが、後者は実際にTDMが健康保険で認められている薬物のリストです。ただし、少し古いので現在は別の薬物が加わっているかも知れません。

TDMが薬剤師国家試験問題に出た例が2題公開されています。平成6年と平成10年から各1題です。インターネットに公開されたのがこの2つだけと推測します。

抗がん薬のTDMの使い方が不明

元来の関心は抗がん薬のTDMなので、それを検索すると「抗がん剤のTDMは有効か? 第25回日本臨床薬理学会開催」という欄がみつかりました。週刊医学界新聞第2608号 2004年11月8日という記事で、学会で数人の専門家が討論した記録です。

それによると「抗がん薬は一般に有効域と毒性域が近接して、血中濃度を測定しながら用量を調節するTDMが有効」と期待されているのに、「案外利用されていない」という現実の提示で議論を開始し、次のような問題点を指摘します。

A 薬剤の濃度よりも腫瘍の感受性が臨床効果に大きく影響する(ファーマコキネティクスよりファーマコダイナミックスが重要と私は解釈)

B 現在のがん化学療法は高濃度の繰り返し投与が主流(「毒性域と知っても使わざるを得ない」という意味と解釈できるでしょう)

C 有効性が認められず数回の投与で終了することが多い

D 標準的化学療法のほとんどが併用療法であり、モニタリングが難しい

と考察してTDMが確立しにくい事情を説明しています。

それでも、TDMを適用した具体例として、多発性骨髄腫に対するサリドマイド、急性白血病に対するシタラビン、がんへの複合投与でVP-16、シスプラチン、パクリタキセルの組み合わせ、また髄腔内播種患者に対して薬を髄液灌流で投与した効果などが報告されています。

佐々木康綱さん(埼玉医科大学)が、「CRCのための臨床薬理学入門」として「がん臨床試験のCRCセミナー」で使用した90枚弱のスライドを公開して下さっています。CRCは、「治験コーディネイター」のことで薬の治験を進める役割を担う職種で、医療関連の国家資格をもつ方(看護師・薬剤師・臨床検査技師等)が、さらに学習を加えて取得する資格です。

今回の検索でTDM自体のことはよく理解できました。しかし、「抗がん薬のTDM」の記述が期待した割りに乏しく、指摘されている問題点は理解できましたが「抗がん薬のTDM」の具体的な使い方が判明しないで残った点が不満です。

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