ドラッグ・デリバリー・システムとがん治療
まだ概念が先行

文:諏訪邦夫(帝京大学八王子キャンパス)
発行:2007年4月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

薬効を高めるナノテクノロジー

まず、「がん」に限らずDDS全般を調べてみます。

治験ナビ-治験・医薬用語集<ドラッグデリバリーシステム(DDS)>というサイトには、用語の意味が要領よく説明されています。たとえば、こんなことが書いてあります。

一般論として、薬剤は必要なときに、必要な量を、必要な部位に、到達させるのが理想です。けれども、それが達成できるのは、皮膚病で薬をその場所に塗るときだけです。通常、飲み薬(経口薬)でも注射薬でも血液を介して体に配られるので、どちらにしても似たような濃度で全身に配られます。だから、患部に薬物が到達できるかは成り行きまかせで、人為的にコントロールができません。そのため、通常の投与方法では、作用が出ると同時に、他の箇所に副作用も出てきます。それでも、作用点への到達濃度を多くし、副作用点への到達濃度を少なくすることが可能になれば、作用を強く、副作用を弱くできるという理屈になります。

「薬が効く」というと、「化学物質としての薬が組織に作用するのか」という観点で通常は考えられています。しかし、DDS では「必要な箇所には高濃度で、不要なところには低濃度で」の実現を狙います。そのための1つのポイントは、薬自体の開発改良に頼らず、薬を乗せる高分子材料や無機材料を開発することです。

毛細血管の直径は約5ミクロン(1ミクロン:1000分の1)なのに対し、薬の吸収性は粒子が小さいほど高く、サイズはそれより下の1ミクロンか、ずっと小さい数ナノメートル(1ナノメートルは1000分の1ミクロン)にすることが望まれます。つまり、薬を血流で運ぶ場合に「ナノテクノロジー(10億分の1メートルスケールの領域で進められるモノづくり)」が登場するのです。

このナノテクノロジーによって薬を膜で包み、患部に到達させ、そこで薬剤を放出して治療効果を高める手法などが挙げられています。

このサイトには、「例えば、抗がん剤でのDDSの仕組みは以下の通り」としてこう記されています。(1)がん細胞を発見して結合する性質を持つ特殊分子を微小カプセルの表面にあらかじめ付けておく。(2)カプセルは毛細血管の微小な穴を容易に通過。(3)患部に到達したカプセルは、がん細胞に付着して抗がん剤を放出。

DDSに要求される5つの機能

以上は「原理」ですが、「DDSにおいて要求される機能」として(1)封じ込め機能(運搬媒体――超微小カプセル等――に薬剤を封じ込め途中で漏らさない)、(2)非吸収機能(目標部位までの途中で、消化管で吸収・分解されない。消化管の吸収を避けるため、化学構造をあらかじめ別の物質に変えておき、目標部位に到達してから元の化合物に戻って活性化して薬効を発揮するように剤型を設計)、(3)運搬機能(目標患部まで安定して確実に運搬、患部に確実に到達し、患部以外には到達しない性質、目的の場所にクスリを運ぶ性質のある運搬体使用)、(4)活性機能(目標の患部以外では作用せず、病巣部位だけで活性化され効果を発揮する性質、運搬部位のコントロールが困難な場合にとくに重要、細胞表面に存在する受容体を利用)、(5)放出機能(患部に到達して薬物を放出)があります。

DDSには、こういった要素が望まれますが、すべては実現できていません。

がんとDDSの関係に登場する“EPR効果”

がん組織は急激に増殖するので血管新生が速く、血管壁のできが雑で、健常な血管よりも1桁以上広い数百ナノメートルの隙間が開いています。そこで、抗がん薬をナノ粒子にしたものは正常な血管壁からは漏れず、がん組織だけに入り、病変部位の濃度だけが上がります(EnhancedPermeation)。加えて、がん組織はリンパ管が未発達で、薬物を捨て去るメカニズムが貧弱で結果的に長時間残存します(EnhancedRetention)。つまり、抗がん薬をナノ粒子にすることで即DDSが達成できることから、この2つの頭文字を合わせて“EPR効果”と呼んでいます。理屈はわかりやすく、実際にもこの観点から開発が進んでいるそうです。

「最新医学」の2006年6月号の「がん領域におけるドラッグデリバリーシステム(DDS)」特集で、10以上の論文が載り、論文要旨はインターネットで読めます。

どの論文にも、現時点で達成できている事柄と近未来に応用できそうな事項を示しています。

1つ例を挙げると、二酸化チタン(TiO2)に超音波を照射すると、酸化力の強いヒドロキシルラジカルが生成されます。そこで、この種の物質をがん細胞に取り込ませて超音波を照射すれば、そこを攻撃できる理屈が成り立ちます。この実験は動物において、一応、成功しているようです。

DDSの研究開発動向

「ドラッグデリバリーシステム(DDS)の研究開発動向」から2つのテーマを選んでみます。

「徐放システム」は、薬をゆっくり長時間にわたって作用させる方法です。長期にわたって濃度を維持して効果を得たい場合、「毎日1回」より「1週間に1回」服用のほうが望ましく、1回服用して何カ月も有効ならさらに優れています。ここで説明されている「徐放システム」には、薬をスポンジのようなものに浸みこませてゆっくり放出させる物理的な方法と、高分子の化学物質に大量に結合させて放出させる化学的な方法があるということです。

同じ解説に、現代テクノロジーを使った「乗り物」が図入りで載っています。「ロボット潜水艇が体内で診断と治療」というキャッチフレーズで販売されており、MEMS(微小電子機械系システム)と名づけられています。これは直径9ミリ・長さ23ミリの筒状体で、内部に電源・体液採取用と薬液投与用の2つのタンク、ポンプ、弁、観察用のレンズとピント調節機構などを備えた、診断と治療の両用の「汎用ロボット」です。価格はカプセルが100ドル、他にコントロール装置が1万ドルです。

DDSはまだまだ概念だけが先走りしていて、実用までは進んでいないとも感じました。しかし、それだけに今後の発展に期待できるということでしょうか。

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