心臓にできる腫瘍
メルクマニュアルの解説が充実

文:諏訪邦夫(帝京大学八王子キャンパス)
発行:2007年2月
更新:2019年7月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

検索のトップはメルクマニュアル

トップに出てきたのは、「メルクマニュアル」の当該項目でした。「メルクマニュアル」というのは、スイスの医薬会社であるメルク社が編纂している医学百科のようなもので、現在は電子化されてインターネットに公開されており、一般向けのやさしい解説中心のものと、医療者用のやや専門的なものとがあります。

「心臓腫瘍」の解説は、インターネット全体を見渡しても、比較的少ないのですが、その中でこの「メルクマニュアル」の記述は充実しており、「はじめに」、「粘液腫」、「癌性腫瘍」の3つの部分からなっていて、全部で5000字弱です。

冒頭の記述がちょっと気になりました。「原発性心臓腫瘍は、2000人に1人発症するという程度のまれな病気」とあるのですが、常識的には、「2000人に1人発症」はむしろ「多い病気」です。

実は、元の本では「剖検2000例で1例」となっていました。これなら納得できます。「剖検」つまり病理解剖では、亡くなった方の身体の主な臓器を取り出して詳細に検査するので、「病気をすべて発見」とは言えないまでも、見落としの可能性はずっと低くなり、胃がんや子宮がんのように頻度の高い病気は100人に1人以上見つかるもので、それと比べて2000人に1人は「まれな病気」です。

その少ない腫瘍の大部分が成人では「粘液腫」、乳児や小児では「横紋筋腫」と「線維腫」で、いずれも分類上は良性です。

粘液腫:複雑な病気の性質

粘液腫は心臓の内膜から生じる腫瘍で、左心房に好発なので「左房粘液腫」と書いてある場合も少なくありません。メルクマニュアルには、「粘液腫は、一般的に形状が不規則でゼリー状の非癌性原発性腫瘍です。粘液腫が左房に発生しやすいのは、ここの血液は右房のそれよりも酸素が豊富な故」という意味のことが書いてあります。

また、この病気には遺伝するものがあり、遺伝性の粘液腫は20代半ばの男性に多いのですが、遺伝性ではない粘液腫もありこちらは、40~60歳の女性によく発生するようです。遺伝性ではない粘液腫のほうが、遺伝性の粘液腫よりも、左心房により多く生じる傾向がある由です。

この病気については、他にも心臓血管研究所付属病院の頁、福岡徳州会病院病理、北里大学の青柳昭彦さんの記などもあり、病気が招く障害を解説しています。

1つは、この腫瘍は左房の壁から発生しますが、ぶらぶらと動く状態で大きくなるので、これが左房と左室の間にある「僧房弁」の動きを障害する場合があります。たとえばこの通路にはまりこんで、通路を狭くしたり弁の動きを損ないます。

通路が狭くなれば「僧房弁狭窄症」(僧房弁の開きが悪くて、血液が左房から左室に移動しにくい型の弁膜症)に似た症状が起こり、弁の閉鎖を妨げれば「僧房弁閉鎖不全症」(僧房弁の閉じが悪くて、血液が左室から左房に逆流する型の弁膜症)に似た症状が起こります。これは、身体を動かしたり体位を変えたときに起こるので、びっくりさせられるようです。

立ち上がると息切れを感じたり失神することがあるのは、立位では重力で粘液腫が僧帽弁の中に引っぱりこまれて血流が遮断される故で、逆に横になると粘液腫が僧帽弁から離れて症状が軽くなります。

2つ目は、左房粘液腫が成長して末端部分が砕けて、切れ端が血流に乗って移動して塞栓となります。何しろ、心臓の内面から直接剥がれたり砕けるのが危険な上に、腫瘍の表面に血が固まって血栓ができたものが剥がれて塞栓となる場合もあります。症状は、どこの動脈が閉塞したかで異なります。

3つ目は、発熱・体重減少・レイノー現象(手足の指先が寒気にさらされたように冷たくなって痛む)・貧血・白血球数増加・血小板数減少など、わけの判りにくい症状と検査結果で、主に化学反応に基づきます。粘液腫の一部が壊れて血液中に流れると、その「異物」が前記のようないろいろな問題をひき起こすと解釈されています。

粘液腫は、疑えば診断でき、手術で切除すれば上の障害はすべて解決します。

ほかの心臓腫瘍と症状

心臓は基本的には横紋筋(骨格筋に近い)でできていて、横紋筋腫が発生することがあり、成人より乳児や小児で多い病気です。横紋筋腫は多発性ですが、線維腫は単発性で、心臓の線維性組織細胞から発生して心臓弁の上で増殖します。なお、横紋筋腫は結節性硬化症という病気の一部として発生することがあります。この病気自体は皮膚と神経に関係して発生する、複雑で厄介な病気ですが、その病気の一部が心臓におこるのです。以上が原発性心臓腫瘍です。

それ以外に体のほかの部分(肺・乳房・血液・皮膚など)の腫瘍が心臓に広がる(転移する)のは続発性心臓腫瘍で、もっぱら「がん」です。続発性心臓腫瘍は、原発性心臓腫瘍の10~50倍も多いのに、それでも頻度はあまり高くはありません。がんとしては発生率の高い肺がんや乳がん患者で約10パーセント、悪性黒色腫(メラノーマ)患者では約75パーセントに心臓への転移がみられると書いてあります。

一般の心臓腫瘍も、粘液腫と同様に壊れて身体の他の部位に流れて塞栓を起こしたり、直接血流に入った化学物質が身体と反応して、発熱・体重減少・貧血その他を招くこともあります。

一方、腫瘍によっては粘液腫と異なって心臓の壁を侵すので、刺激伝導系を損傷して不整脈を招き、心筋自体の動きを損なって心不全を起こし、さらには心臓に孔をあけて、心臓の外側に出血させて心嚢側から心臓の動きを損なう「心タンポナーデ」を招きます。

「タンポナーデ」は、一般にものを詰め込んで塞ぐ「タンポン」と同義ですが、血液や他の液体や固体が機械的に圧迫して臓器の活動を妨げるのを表現するのにも使います。 症状はいろいろで、症状がない場合から、軽い場合や致死的な心不全発生などがあります。良性腫瘍だからといって安心できません。

治療は、単発の小さな良性腫瘍は粘液腫と同様に手術で切除できます。大きな腫瘍で切除が難しい場合や、良性でも手術不能な場合も起こりえます。 悪性の心臓腫瘍は切除が難しい場合が多いようです。

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