アスベストと悪性中皮腫 メカニズムの決定的な結論は出ていない

文:諏訪邦夫(帝京大学八王子キャンパス)
発行:2006年5月
更新:2013年4月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

トップには国立がん研究センターの頁 が検索され、例の通り手堅いつくりですが、アスベストとの関係というテーマに関しては、「悪性中皮腫はかなりまれな腫瘍ですが、その発症には、アスベスト(石綿)が関与していることが多いといわれています」とだけ記述されており、「因果関係の詳しい説明」などはありませんでした。

次に検索されたのが「中皮腫・じん肺・アスベストセンター」 で、こちらは必ずしも学術的な組織ではなくて、むしろ現行のアスベスト問題をいろいろな方向から調べることを狙っていて、委員の方々も医師と患者・職業人などいろいろです。それでも、中越地震関連の事柄(地震で建築物の崩壊を契機にしてアスベストが露出して被害の出る可能性がある)、その他有用な情報を扱っています。

その次に、「悪性中皮腫の治療」(患者さん用)というアメリカのNCIの許可を得て翻訳した情報が検索されました。翻訳文はやわらかくて国立がん研究センターの頁よりは読みやすいと感じましたが、内容の構成は類似しています。ただしアスベストへの態度はもう少し明快で、「悪性中皮腫の患者さんの多くは石綿(アスベスト)を吸いこむ仕事についていました」と言い切っています。

アスベスト問題の歴史について

「中皮腫」だけでは埒が明かないので、「アスベスト」を加えて検索すると、大量のデータがあり、その中から興味深い頁がみつかりました。

「早期警告からの遅ればせの教訓:予防原則 1896-2000」欧州環境庁編 5章 アスベスト:魔法の鉱物から悪魔の鉱物へ(デーヴィッド・ギー、モーリス・グリーンバーグ著)という書籍の一部を掲載した頁です。以下のことが詳しく書いてあります。

アスベストの採取が始まったのは1879年のカナダが最初で、間もなく世界各地でアスベストが採鉱されて広く使われるようになりまた。それから20年後の1898年には、その健康被害が注目され、英国人で工場監督官であったディーン(Lucy Deane)という女性が、粉塵障害の1つとしてアスベストに着目して観察が始まりました。

数年後の1906年には、ロンドンのマレー(Montague Murray)医師が、アスベスト粉塵を吸い込んだ肺疾患の最初の症例を診て報告しています。10年間“毛羽立て室”の作業に従事していた患者が、当時そこで働いていた10人のうち、生き残っているのは自分ただ1人であると言った、という内容です。同じ年に類似の報告がフランスからも出ています。しかし、一応の粉塵防止の対応以外に詳しい調査がないまま見過ごされています。

1911年にはラットを使った粉塵実験が行われ、1930年頃にはアスベスト粉塵の吸入の危険はある程度認識されて保険料率の引き上げが行われ、主席産業医療監督官の立場の人が、“現在の知識に照らして過去を振り返ると、アスベスト関連疾患の発見と防止の機会をみすみす逃したとつくづく感じざるをえない”と発言しています。1934年のことですから、2005年の現時点から70年以上も以前のことです。

1940年代から50年代になると、元来発生頻度の低い悪性中皮腫がアスベスト鉱山では高頻度に発生するので、悪性中皮腫とアスベストの因果関係が強く疑われるようになりました。

その後も散発的に事件がありますが、粉塵管理が改善してアスベスト暴露からがんや中皮腫発生までの潜伏期が長くなり、またアスベスト鉱山が辺地にあるとの環境もあって、政治的社会的に無視される傾向が強かったようです。この物質は有用性が高いので、関係者がごまかしたり言い繕う傾向は否めません。

その例が、「アスベストに関して考える会」の頁の中の「アスベスト問題とは何か」にあり、そこに引用されている日本石綿協会の答弁がいかにも曖昧で、当時の認識が甘いのか責任逃れなのかはっきりしません。

原因やメカニズムに関して

アスベストと悪性中皮腫や肺がんとの「因果関係」があることは間違いないけれど、細かいメカニズムを知らないので、それを調べたいと考えました。

「中皮腫の解説と治療法 中皮腫の原因」に、「中皮とは肺、心臓、胃、腸などの臓器は、それぞれ胸膜、心膜、腹膜などの膜で覆われています。これらの膜を中皮といいます」と明快に書いてあります。一般の方々は「中皮腫」という用語をみて「中皮って何のこと?」と居心地の悪い思いをされると想像するので、わずか2行の記述でも重要です。

アスベストとの因果関係を、具体的に記述している記事があります。たとえば、岡山市保健所の「アスベストQ&A」は10余りのQ&Aを述べ、「石綿繊維の物理的刺激」による肺がん発生の可能性を示唆しています。

現在もっとも広範な被害で注目を浴びている尼崎市の保健所が、アスベストQ&Aの頁を開いています。そこでは「石綿繊維の主に物理的刺激により肺がんが発生する」と推定しています。さらに、東京都が出している「アスベストQ&A」は52頁の大きなPDFファイルで、やはりメカニズムを「物理的な刺激によるらしい」としています。日本語のサイトで調べた限りメカニズムについての考察はここまでです。いわゆる学術論文も少し探しましたが、疑問は提出されているものの、決定的なメカニズムの結論は出ていません。

一方、アスベストと悪性中皮腫の関係は、10年近く前に発行された一般辞書にもすでに載っており、当時すでに常識だったことがわかります。

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