がんの転移
転移とは何か、どんな問題があるかを考えた

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2009年10月
更新:2015年9月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

「がん転移」の問題を、調べました。「がんは転移する」ということと「どのがんがどこへ転移する」ということは知っていても、それにまつわるやや深い問題、たとえば「転移のメカニズム」「転移しやすいがんとしにくいがん」「転移先での運命」などいろいろな事柄があります。

日本がん転移学会の質疑応答はわかりやすい

日本がん転移学会」があることを知りました。そこに「Q1 がんの転移とは何ですか?浸潤とどう違うのですか?」からはじまって、「Q10 転移が先に見つかった場合、元のがんはどのようにして探しますか?また、その治療は?」までの10問の具体的なテーマの議論が載っており、それぞれ各領域の有力施設の方々が記名で丁寧に解説しています。

1つひとつの文量はさほど多くはありませんが、どれもわかりやすい文章で書かれており、とりあえず「転移とは何か」「どんな問題があるか」を学習できました。

たとえば、最初のテーマの「転移と浸潤の差」に関して、「転移は離れた箇所への移動で、浸潤は隣接箇所へのひろがり」の点では異なるのですが、「転移が起こるには、リンパ管や血管への広がりが必要なので、かならず浸潤が先行します。だから浸潤と転移の両者の間には密接な関係がある」と説明しています。

「Q3 がんの転移はいつ起こるのですか?」には、「がんの発生から転移が起こるまでの期間は、がんの種類や悪性度によって異なるので一概には言えず基本的に不明。原発巣が数cmの大きな腫瘍になっても転移がないこともあり、肺小細胞がんでは原発巣が1cmでもリンパ節・脳・肝臓・骨・副腎にたくさん転移ができることもよくある」と一様でなくて簡単に決められないこと、そもそも「臨床的に転移としてみつかるには、最低5mmまで成長が必要だが、転移自体はそれよりずっと以前におこっているのだろう」と述べています。

最後の「Q10」に関しても、単に原発巣を探す手順に限らず、がんの種類によっては転移が起こってからも原発巣への処置に意味のある場合のあることを、例を挙げて説明していました。

むずかしいけれど金沢大学に詳細な解説がある

次に、金沢大学付属病院がん高度先進治療センターの解説です。こちらは、一般向けというよりは、学術的に強い関心を抱く人を対象にしていますが、医師ではない人でも何とか読みこなせそうです。日本がん転移学会と比較すると、純粋に学術的でやや難しい用語も使っています。文量は、上記の日本がん転移学会の質疑応答よりやや少ないけれど、図があって内容は豊かです。

「Ⅰ.転移研究の歴史」では、転移という言葉は200年近く以前の1829年にはじまりましたが、本格的な研究になったのは1973年、つい35年前と述べています。現時点で判明している点として、(1)がん細胞は生物学的に均一ではない(2)がん細胞は遺伝子が変異して転移に好都合な性質を獲得し、選ばれたエリートが転移して増殖する(3)転移の全ての過程が正常細胞とがん細胞が相互に反応し、接着分子、蛋白分解酵素、増殖因子、血管新生因子、ケモカイン()など多くの分子が関与する、ということです。

「II.転移のメカニズム」では、血行性転移を扱い、(1)がん細胞の原発巣での増殖(2)原発巣からのがん細胞の離脱と脈管(血管やリンパ管)への浸潤(3)脈管内での移動(4)転移臓器の血管内皮への接着(5)転移臓器への浸潤(6)転移臓器内での増殖などの過程から構成され、しかも全ての過程でがん細胞は免疫排除機構から逃れて生存する必要があること、転移巣での増殖も原発巣での増殖同様、種々の増殖因子や増殖因子受容体、血管新生因子が関与することなどを説明しています。

さらに、転移に関しては、「転移の臓器特異性」がある、つまり、(1)がん細胞が血流にのっていくという解剖的関係と、(2)鍵と鍵穴の関係のように、特定のがんとそれが転移しやすい臓器組織の関係の2種類があることを説明しています。驚いたことに、すでに19世紀末にすでにこの後者の理論を唱えた研究者がいた由です。

「がん転移は簡単に起こるわけではなく確率も低いが、機会が多いので結局起こってしまう」と解釈できるようです。この項目で1つだけ残念なのは、文章が完結していない点ですが、内容はほぼ完結しています。

ケモカイン=特定の白血球に作用し,その物質の濃度勾配の方向に白血球を遊走させる活性(走化性)を持つサイトカインの総称

がんが見つかってからも健康に注意する

がんについて」というタイトルの市民公開講演会の記録が国立がん研究センターのホームページに載っています。内容は、(1)時代によるがんの変遷(2)なぜ「食事」ががんを生じさせるのか(3)がんと「感染」(主にピロリ菌の話)(4)がん化のメカニズムと「がんになりやすい(なりにくい)体質」の問題(5)がんを「予防」するということの意味(6)がん予防の具体的方法--などで、「転移」を扱っている部分はあまり多くはありませんが、一般的に「がんとは何か」を上手に解説しています。

がんが見つかってからも、健康に注意したり、がんの増殖を促進しないような方法を勧めているのが印象的でした。

「再発・転移」の説明に力を入れたという近藤誠さんの本

次に、近藤誠さんの本の広告ですが内容がしっかり解説されています。あとがきによると、「再発・転移」の説明に力を入れたとあります。著者は近藤さん1人ではなくて、議論をたたかわせた患者さんも加わっています。タイトル等が面白く、「読んでみたい」という気持ちにさせられるので一部を紹介します。

「1 がんの一生」の章では、がんの誕生について「がんの一生から見ると、気づいた時はもう熟年!」とあります。「2 あなたは本当にがんだったのか」の章では、「本物のがん、偽物のがん、そして『がんもどき』」とか「集団検診は『がんもどき』をたくさん治療してしまう?」とあります。最後の11章「がんで死ぬのは自然、治療で死ぬのは不条理」も、章のタイトル自体が魅力的です。

近藤さんの本をいろいろと読んでいますが、各章のキャッチフレーズを拝見し、その主張が想像できます。

近藤さんのこの系統の本は読みやすく、十分に内容が把握できるでしょう。

こんな風にいろいろ読んできましたが、最後に「転移はガンが治るサイン」というキャッチフレーズが掲載されているホームページにたどり着き、驚きました。この記事は長文で、内容も多彩で、しかも論旨がいろいろに跳んで、主張がわかりやすいとは思えません。でも人によっては魅力的と感じるかもしれないので、紹介します。

転移の「メカニズム」といっても、原発巣で「転移を起こすメカニズム」と「転移先で増殖するメカニズム」は違うはずで、そのことを知りたいと考えたのが調査のきっかけです。

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