がんと身体活動
運動とがん予防の効果は明確ではない

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2009年9月
更新:2019年7月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

がんと身体活動の関係を調べました。このキーワードで検索したところ、検索数は「5百万件」と出ました。しかし、その中身を検討してみると、以下に述べる厚生労働省研究班の報告書を引用しているだけのページも多く、独立した記事は少ない印象を受けました。

厚生労働省が報告書を公表

厚生労働省研究班が全国の男女約8万人を対象に約8年間にわたって追跡調査した「身体活動量とがん罹患との関連について」の結果を、平成20年7月に公表しました。「厚生労働省研究班による多目的コホート研究」の一部です。コホート研究とは、大集団の代表となるような小集団をいくつか抜き出して、ある期間追跡して病気の原因などを追究する研究手法です。

この研究では、日常身体活動の程度を次のようなスコア(指数)で評価しています。

(1)肉体労働・激しいスポーツの時間……1時間・8メッツ

(2)歩いたり立ったりしている時間……1時間・3メッツ

(3)睡眠時間と座っている時間……1時間・1メッツ

上の基準で採点すると、1日中座って仕事をしているだけなら活動度総計は24メッツで、5時間ほど立ち仕事をする人は(3×5+19)ですから活動度は34メッツ、この人がさらに毎日1時間激しいトレーニングを加えるならプラス7で43メッツとなります。メッツは有酸素運動のレベルの単位で本来はパワーですから時間を掛け算しませんが、この報告書では生活全体を評価する目的で、上記のように評価しています。「ワット時(電力量の単位)」に、似ています。

この調査ではメッツ中央値を目安に、4グループに分けます。

H:活動量が1番高いグループ 42.7

T:活動量が3番目に低いグループ 34.3

S:活動量が2番目に低いグループ 31.9

L:活動量が1番低いグループ 25.7

次に、身体活動度レベル最小のL群のがん発生率を1とすると、他群で数値がどう変化するかで、身体活動度ががん発生に及ぼす影響を検討します。まず、がん全体でみると、男性のH群は0.87倍、女性ではH群とT群でともに0.84倍となり、いずれもがんのリスクがやや低い傾向がみられました。しかし、差はごくわずかです。次に、個々のがんへの影響を検討します。男性では胃がんは無関係ですが、H群で結腸がん0.58倍、膵がん0.55倍、肝がん0.62倍と著しいリスクの低下がみられました。一方、女性のH群は胃がん0.63倍、肝がん0.54倍、結腸がん0.82倍とやはりリスク低下がみられましたが、肺がんと乳がんは0.91倍と差は小さく、膵がんは逆に1.29倍と上昇していました。

身体活動の度合いががんを防止するメカニズムは不明ですが、「大腸がんでは身体活動増加が予防につながることは、世界的に確立している」由です。理屈をいろいろつけていますが、さして説得力はありません。なお、元のグラフをみると男性の肺がんのT群、前立腺がんのS群はいずれもL群よりリスクが1.4倍高く、女性の膵がんのH群も1.29倍と高値です。

一方、がんと無関係に死亡率全体をみると、身体活動度の高い人ほど男女とも低下しているのはたしかで、こちらのほうが説得力があるでしょう。なお、この報告書では「激しい運動は活性酸素やフリーラジカルを増加させ、脂質やタンパク質、DNAの損傷につながる一方、中等度の運動では、抗酸化物質の損失を抑制するため、そのバランスによって、運動は有益とも有害ともなり得る」と極度な運動に警告を発しています。

学術報告(英文)を読むにはアクセス権が必要ですが、東海学園大学の今井氏が「身体活動とがん」というタイトルでホームページ(HP)で要約しています。

前立腺がんと運動の研究

たとえば南カリフォルニアの航空宇宙エンジンと原子力システムの検査施設で働いている男性を調査対象とした研究では、前立腺がんの発生率が運動で低下すると報告しています。

また、野菜や果物の摂取量が多く、身体活動度が高い女性は、肥満でも乳がん治療後の成績が良好とのアメリカ論文が爽秋会クリニカルサイエンス研究所のHPで紹介されています。

いくつかの自治体が、「身体を動かしてがんを防止しよう」というキャンペーンをしていますが、「がん」よりは生活習慣病全体や「活発な暮らし」のほうに重点を置いています。

厚生労働省の「健康づくりのための運動基準2006~身体活動・運動・体力~報告書」は、全26頁の充実した力作です。「運動とがん」については何箇所も記述があるものの、「運動ががん予防に効果がある」との明確な記述は見当たりません。

がんセンターHPに興味深い表

国立がん研究センターのがん対策情報センターがん情報サービス(HP)に、興味深い表(米国人のがんの原因 確立したがんの要因のがん死亡への推定寄与割合(%)など)がありました。それを引用します。表には「運動」はありませんが、「肥満」や「座業」があります。これは、がんセンター自体の研究ではなく、アメリカ人を対象にイギリスの疫学研究者が行ったもので、多数の論文のデータから「アメリカ人のがん死亡に、各種要因が寄与する割合を推定」したもので、1981年の発表です。尺度は、「がん発生」ではなくて「がん死亡」です。

食生活の改善で予防できる割合が35パーセントで、喫煙の寄与する割合が30パーセントです。運動で結腸がんのリスクが低下すること、過体重と肥満で食道・結腸・直腸・乳房・子宮体・腎がんのリスクが高くなることを指摘しています。

次に、慢性感染に起因するがん全体を100パーセントとして数値の高いものを選び出すと、ヒトパピローマ・ウイルス感染症が子宮頸部がんを起こす率が6.1パーセントと最高で、次はピロリ菌感染症が胃がんを起こす率の5.4パーセントです。

一部のがんは運動で防止できる

一部のがんは運動でがんの発生を防止できそうですが、他のがんは運動で危険が増すなど運動の強度も影響しそうです。いずれにせよ、運動ががんの発生を防止する効果はあるとしても、さほど大きくはありません。「大腸がんを防ぐことは確実」でも、他のがんを増やすなら、運動の種類や処方などが詳しくわからない限り、採用困難です。けれども、運動がその他の面で体によいこと、高血圧、動脈硬化、狭心症、心筋梗塞、糖尿病などを防止して、寿命を延ばす効果は確実です。ですから、たとえ「がんの発生を防止する効果は明確ではない」としても活発に運動し、身体活動度の高い生活をおくることは生活や生命全体からみて合理的です。

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