がん治療とEBM(実証医療)
EBMの基本は「無作為割付臨床試験で証明される」ことだが……

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2009年4月
更新:2015年9月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

今回はEBM(エビデンス・ベイスド・メディスン)とがん、とくにがん治療との関係を探ります。EBMは日本語訳がまだ決まっていません。「実証医療」という訳語が単純明快ですが、採用する人はあまりいません。英語の原語にこだわった「証拠に基づく医療」「事実に基づいた医療」「科学的根拠に基づいた医療」などが提案されています。

EBMの詳しい解説

まず、優れた解説を2つ紹介します。

1つは中川仁(医師)さんのホームページで、EBM自体をタイトルにしています。その中で「EBMについての理解進行度」*1)という頁があり、EBMを「どう理解すべきか」を段階的に解説しています。もう1つはtanu(老年病内科リサーチフェロー(研究員))さんの「放浪医者日記」*2)で、見事な解説なのでこちらを抜粋します。

「(名前を巡る)騒動が示唆するように、この考え方の以前には、医師はきちんとデザインされた研究に頼らずに医療を行っていました。『これまでこうやっていたからそれで』とか『論理的に効くはずだから』とか『偉い先生が薦めるから』など考えてみると必ずしも根拠のないことを理由にして治療法を選択していたのです。ちょっとビビリますね。

EBMの考え方で、新しい発見が次々ともたらされました。実際に無作為二重盲検法(偽薬と対象薬で比較対照試験を行う手法)で研究すると、従来の治療が実は有害と判明し(心筋梗塞後の抗不整脈薬)、直感的に有害そうな治療が実は有効(心不全に対するベータブロッカー(薬)など)なことが判りました。

医学教育にも変化をもたらしました。治療方法を、はっきりとした証拠に基づいて教えることが可能になったからです。

患者さんに治療方法を伝える際にも、効果と有害作用を示しやすくなりました。証拠のはっきりしない領域については、患者さんと効果と有害作用について話し合って治療方針を決める方針が提唱されています」(後略)

EBMと無作為割付臨床試験との関係

EBMの基本は、「無作為割付臨床試験(RCT)で証明されている」ことで、これで明快に結論が出ていれば治療法として採用します。

RCTとは問題手法(新しい治療法など)とプラセボ(偽薬)とを組み合わせ、しかも「問題手法」群と「プラセボ」群の割付を判らないようにして試験を進め、結果が全部判明してから、個々の対象がどちらの群に所属するかを示して、それで問題手法の有効性を証明する方法です。

ところがこの「無作為割付試験」は実行に困難が伴うことがあるので、実際には研究データが十分にそろっていない場合も多く、「実証のレベル」として、次のようにランク付けするルールがあります。レベル1が1番有力で、レベルが下になるほど信頼度が低下します。

レベル1 RCTとその系統的レビュー。「系統的レビュー」とはRCTの論文を探してまとめて解説したものです。

レベル2 前向きコホート研究(未来に向かって追跡調査し、後から発生する疾病を確認する手法)、追跡率80パーセント以下の低質のRCTとそれらの系統的レビュー。「追跡率80パーセント以下の低質のRCT」の条件がきびしく、「がん治療」で追跡不能例が20パーセントを越えるとこのレベルに落とされます。

レベル3 ケース・コントロール研究(症例と対照に対し、疾病要因を、過去にさかのぼって調査し、両者で比較)、後向きコホート研究(過去を研究してから未来に向かって追跡調査)とそれらの系統的レビュー。症例毎に類似の例で対応の異なるものを対照として比較検討します。

レベル4 対照群のない症例シリーズ報告。ふつうの症例報告で、1例のものは除外。

レベル5 エキスパート(専門家)の見解。「偉い人が言っている」だけはこの最低ランクです。

レベル1の研究が困難とか、データがそろわず、3、4の研究も実地臨床家には重要です。

ところで、一流医学誌に掲載された論文で、「膝関節症に対する鏡視下洗浄や傷の除去術とプラセボ手術の比較」があります。プラセボ手術は皮膚切開だけで関節鏡を挿入しません。「処置するほうが悪いかもしれないから皮膚切開だけが有利かも」との論もあり、だからこその「対照試験」です。この類の問題は決着がついていません。

引用で、文章に手を加えて短縮したことをお断りします

EBMとがん、がん治療との関係

歴史的にはいろいろ行われ、たとえば乳がんのハルステッド手術が否定されて現在の縮小手術に変更されました。しかし、この変更も正確なRCTによる検討ではなくて、論理的な解析も含めた実績を積み重ねる方式で確立したものです。がんを対象にする場合、時間の制約とやり直しができにくい点から、「RCTを行いにくい」のは無理もありません。

有吉寛(医師)さんは「がんの新しい薬(分子標的治療薬)の治療」*3)の中で、「分子標的薬の開発にも臨床試験は必要で、医学の進歩は臨床試験によってのみ支えられる」と宣言しています。

医学会では、日本緩和医療学会がん疼痛治療ガイドライン作成委員会から「EBMに則ったがん疼痛治療ガイドライン」*4)が発表されていますが一部しか公表されていません。学会のガイドラインは、「無料公開」が当然で、その方針をとっている学会も数多くあります。

EBMに対する批判

EBMに対する批判を、2つ紹介します。

1つは理念的な批判で「EBMは患者をグループとして扱うゆえに、個々の患者間の差を無視する傾向が否めない」との指摘で、論理的には正当です。とはいえ、EBMはそもそも「有効性を統計学の手法で証明する」ことを狙っているので、基本的に「群の比較を中心に据えて証明しようとする」のですから、仕方がないというか、それに不足を述べるのは無いものねだりというべきでしょう。

もう1つは不勉強な人たちが医療を決める、いわば「悪貨が良貨を駆逐する」問題です。アメリカの実例で、A医師がPSA検査(前立腺がんのスクリーニング検査)を行うかを患者さんと話し合い、結局EBMの結論どおり避けました。ところが数年後に患者さんは進行前立腺がんと診断され、患者さんと家族がA医師を訴え、医師は敗訴しました。PSA検査に利点なしとのEBMの結論が裁判では負けたのです。

EBMが生み出した例として、がんではありませんが、脳ドックの問題を考察した文章がみつかりました。

前述の中川仁さんの頁で、従来の脳ドック推奨派の主張は、無症候性の動脈瘤の破裂の危険率を不当に高く評価し、一方で手術の危険を不当に低く評価しており、再考が必要と指摘しています。

EBMとがん治療の関係記事は量はなかったものの、EBM自体の勉強にはなりました。

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