薬の思わぬ副作用、主作用
バイアグラで視力障害、一方で肺線維症などに有効例

文:諏訪邦夫(帝京大学幡ヶ谷キャンパス)
発行:2009年2月
更新:2015年9月

  

すわ くにお
東京大学医学部卒業。マサチューセッツ総合病院、ハーバード大学などを経て、帝京大学教授。医学博士。専門は麻酔学。著書として、専門書のほか、『パソコンをどう使うか』『ガンで死ぬのも悪くない』など、多数。

バイアグラ(一般名シルデナフィル)は、男性の勃起不全の治療薬ですがこの薬がまれに視力障害を招くことがあるらしく、最近話題になっています。このテーマは、一見「がん」と関係ないようですが、薬の副作用と主作用を示すテーマとして取り上げました。

バイアグラの副作用とその発生率?

視力障害が掲載されているホームページの1つで、解説には”NAION:non-arteritic anterior ischemic optic neuropathy”と書かれています。このまま訳すと、”non-arteritic”は「非動脈炎性」、”ischemic”は「虚血性」。つまり血流が悪化することによる、”optic neuropathy” 「視神経疾患」です。こちらの病名を採用しているホームページ(ONLINE LAWYER SOURCE、CAMBRIDGE INSTITUTE FOR BETTER VISION、Azman Color Vision SpecialistThe Health Sciences Institute)が圧倒的に多く、“non-arthritic”(非関節炎性)と命名するホームページもありますが、前者が本来の命名と推測します。この名前から見て、明確な動脈炎の所見がないのに、神経への血流が乏しくなって視神経障害が発生すると解釈します。視力障害には、光学系のレンズの障害(例は白内障)・フィルムの障害(網膜の異常、例は網膜はく離)などがありますが、バイアグラはもっと奥の視神経異常です。以前、スモンという病気があり、これは視神経がおかされるパターンでした。

最終的な結果は視力障害で、完全な失明の例もあります。しかし発生率が低い点は確かで、たとえばバイアグラの使用者はアメリカで2,000万人と推測されるのに対して、視力障害が確実に診断されたのは38例ですから50万人に1人未満です。

以前、「薬物治験の段階:タミフルの副作用の予知の問題」で説明したように、こういう発生率の低い合併症や副作用は一般使用以前には見つかりません。治験(薬の臨床試験)の段階で一般使用以前にテストする人数は100~数100人のレベルです。バイアグラは例外的に数が多く、3,700人にテストしたと言いますが、それでも50万人に1人はそれより2桁下とまれな副作用で、治験段階では見つからなくて当然です。

脳障害は大丈夫か?

拡張解釈「過ぎる」と承知のうえで、次のようなことを考えます。この視力障害が、もっと重要な問題を示唆しているかもしれないという点です。

現時点で、この視力障害は網膜への血流障害と考えられています。そもそも、バイアグラは「血管拡張作用」があるゆえに勃起不全に有効ですが、「網膜への血流障害」をなぜ招くのでしょうか。それは、バイアグラの血管拡張作用で、静脈還流が悪くなるからであると考えられます。

バイアグラの副作用のリスト(RxListおくすり110番)を見ると、視覚異常(視野がかすむ、物の色が異常に見える)の他に、頭痛・ほてり・鼻づまり・めまいなど頭部や顔面関係の症状があげられています。

脳の動脈硬化を判定する検査は、網膜の血管を観察します。逆に言えば網膜血管に異常が起こるということは、脳血管にも異常が起こる可能性を示唆すると解釈できます。そこで、「もしかすると脳血管にも障害を招くかもしれない」と推測するのは不自然ではありません。そのうえ、「視神経」は他の末梢神経と性質が異なり、「中枢神経系の一部」とも考えられ、脳への障害が更に懸念されます。

脳血管の障害があるとして、なぜそれが見つからないのでしょうか。理由は多分2つ考えられます。

1つは、脳は眼と異なって多機能なので障害もいろいろな種類に分かれるために特定されにくいと推測できます。

もう1つは、脳血流障害は他のいろいろなメカニズムで発生しますから特定の薬物と関連付けられにくいかもしれません。

ただ、バイアグラの副作用として脳障害を探してみましたが、明確なものは見つかりませんでした。

ただ、バイアグラの副作用として冠状動脈障害が発生する問題はよく知られています。

一方で、亜硝酸化合物系の薬剤を摂っているとバイアグラの作用が強く出て血圧が低下し、場合によって死にいたることがあります。報告例の数では上記の視力障害数を上回りますが、この点は使用の当初から知られていたことではあります。

バイアグラの別の有用性

薬は時に思わぬ副作用を招くと同時に、場合によっては思いもよらなかった効果が見出されることもあります。サリドマイド(一般名)製剤がつわり(妊娠初期の悪心)の特効薬として開発されたのに、胎児の四肢の重大な奇形を招いて使用不可になりました。ところが、この薬が最近多発性骨髄腫の治療薬として有効と判明。外国ではすでに使われており、外国から輸入して使用する場合を対象に厚生労働省が使用ガイドラインを発表しています。類似のことがバイアグラに関してもあり、この点は「血管拡張」の性質から推測もつきます。まず肺高血圧症や肺動脈障害に関係する病態に使われている報告が少数ながら見つかりました。1つは、がん治療でも発生する間質性肺炎と肺線維症の予防に有効かもしれないというレポート、もう1つは 小児の肺高血圧症への使用(ukmedix news)で、後者は実際に200例の小児に使っているとあります。この記事には「成人の肺高血圧への適用は何千例も使用されている」と書いてあります。

似た病態で、妊娠に関係した高血圧症にも使われている報告が見つかりました。1つは妊娠中毒症で、妊娠に関係して主に腎障害が発生し、高血圧・浮腫・タンパク尿などが見られる病気です。重くなると障害が脳にも及んで「子癇」となります。もう1つは、妊婦と胎児に高血圧症が起こる病態(Medical News TODAY、Science Blog)で、妊婦の高血圧だけでも胎盤の血流が悪くなって危険ですが、とくに胎児に高血圧が起これば更に重大です。この2つの報告はそういう病態にバイアグラが有効だと述べています。

バイアグラは、基本的にはがん治療とは無関係な薬物ですが、視力障害の報告をきっかけに調べてみると作用が結構複雑で、「薬の作用は複雑」「副作用と主作用との鑑別は困難」なことが判明しました。意外にも、肺線維症や肺高血圧症、更には妊娠に関係する高血圧にも効果があるという報告まで見つかりました。このように、がんと関係する病態もあります。

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