シリーズ対談 田原節子のもっと聞きたい ゲスト・渡辺 亨さん
知れば知るほど奥の深い抗がん剤、もっともっと知りたい

撮影:岡田光次郎
発行:2004年2月
更新:2013年5月

  
渡辺亨

渡辺 亨
わたなべ とおる
1955年生まれ。80年北海道大学医学部卒業。北海道大学医学部第一内科、国立がん研究センター中央病院レジデント、米国テネシー州ナッシュビル・ヴァンダービルド大学内科フェローを経て国立がん研究センター中央病院内科医員、90年同病院内科医長。03年より国際医療福祉大学教授、山王メディカルプラザオンコロジーセンター長。一貫してがんの内科的治療とその研究に従事してきた。

田原節子

田原節子
たはら せつこ
エッセイスト。1936年東京に生まれる。早稲田大学文学部卒業後、日本テレビに入社。結婚・出産を経てアナウンサーとして17年、CMプロデューサーとして10年勤務した後退社。現在は田原事務所代表取締役を務める。乳がんを中心に医療、そして女性問題をテーマに各方面で執筆講演活動を行っている。98年10月に乳がんを発症、再発転移はあるが、満5年生存を超えた。

乳がんを治療する抗がん剤の歴史

田原 今日は、抗がん剤について徹底的に勉強したいと思っています。最初に、抗がん剤が「毒」から生まれたというのは、本当ですか?

渡辺 第二次大戦中に、毒ガス(マスタードガス)を積んだ船が爆破され、港にガスがあふれ出たことがありました。そのとき被害にあった人たちに、リンパ球が猛烈に減るという症状が出たことからヒントを得て、リンパ球が増える病気、つまり白血病や悪性リンパ腫の治療に使えそうだということになりました。これが細胞毒性抗がん剤、エンドキサンなどのアルキル化剤の始まりでした。これらは子どもの急性リンパ性白血病や、リンパ腫の治療に、60年代には大人のがんにも使われるようになり、乳がんに対しても、併用化学療法が行われるようになりました。

田原 その主役は、アドリアマイシンですか?

エンドキサン=一般名シクロフォスファミド。多くの血液腫瘍、固形腫瘍の治療薬として使われている
アルキル化剤=抗がん剤の種類。DNAを合成する塩基をアルキル基というものに置き換えてDNA合成を阻害する薬
アドリアマイシン=一般名ドキソルビシン、商品名アドリアシン。アドリアマイシンは通称。抗がん性抗生物質と呼ばれる種類で、アルキル化剤と並び、重要な薬剤

渡辺 乳がんでは、CMFのほうが早いんです。ミラノトライアルといって1973年に、イタリアのG. ボナドンナという乳がん治療の偉人が、手術だけの患者と術後にCMFを受けた患者のランダム化比較試験を行いました。
85年にはCMFとAC(ドキソルビシン、シクロフォスファミド)の比較が始まりました。この結果が出たのが1990年です。

田原 海外での臨床試験の結果が出ると、日本の治療も同じレベルで行われるようになったのでしょうか。

渡辺 日本では90年代の初めでは、CMFもACも、まだまだ使いこなせる状況ではありませんでした。

田原 それが使いこなせるようになったのは?

渡辺 95年ごろからです。標準治療として使用されていたCMFのM(メソトレキセート)の、乳がんに対する使用が日本で承認されたのが、95年です。その頃から点滴の抗がん剤が使われるようになりました。

田原 CMFの効果はどの程度なんでしょうか?

渡辺 図1はミラノトライアルから20年後のフォローアップ結果が95年に発表されたデータです。下のグラフは、再発がおこったかどうかを見ています。再発の相対危険度は0.65、つまり再発する方を1年ごとに見ていった場合、手術だけでは最初の年に100人再発するはずのところが、CMFを行うと65人になる、ということです。再発が減っても、先延ばしにしているだけではないかという見方もあったのですが、右のグラフを見ると死亡のデータもあきらかに減っています。

ミラノトライアルから20年後CMFの治療効果(図1)
ミラノトライアルから20年後CMFの治療効果

田原 再発と同じようなラインですね。アドリアマイシンはどうなんでしょうか。

渡辺 24週間のCMFと、12週間でおわるACを比較したアメリカの臨床試験では、CMFの半分の期間、3分の1の点滴回数で終わるACは、CMFと再発抑制効果は同じ、という結果がでました。よく、CMFは副作用が軽い、といわれます。確かに脱毛は軽いですが、全身倦怠や白血球減少などで、12回の点滴を最後まで、予定の分量と期間を続けられる患者さんは6~7割です。脱毛は、点滴が終われば、数週間で元に戻ることを考えると、一概にCMFは、副作用が軽い、とは言えないです。あと、CAF、CEFなど、アドリアマイシン、エピルビシンなどが含まれた18~24週間の点滴では、CMFよりも優れた再発抑制効果があることがわかっています。

CMF=エンドキサン(シクロフォスファミド)、メソトレキセート(メトトレキサート)、5-FU
CAF=エンドキサン、アドリアシン、5-FU
CEF=エンドキサン、ファルモルビシン(エピルビシン)、5-FU

初発と再発では根本的に違う抗がん剤治療

田原 5年前炎症性乳がんがわかったとき、抗がん剤治療からはじまりました。今は、抗がん剤治療を先にすることもありますが、当時はそれがおかしく感じられて。その人それぞれの病気の状態に応じて、何が先になるかという選択はあるんですか?

渡辺 転移というのは、タンポポの綿毛にたとえて考えるとわかりやすいかもしれません。タンポポの綿毛が風に吹かれて遠くの土地に着地して、翌年花が咲くように、乳房にしこりがみつかった時点で、他の臓器に、すでにがん細胞が移っている可能性があるのです。そうすると、大元のしこりを取ってしまっても、飛んだ種から、次の芽が出てきてしまう。だから、大元だけでなく、飛んだ種も処理しようというのが、手術後の抗がん剤の考え方です。
タンポポの種が飛んでいなければ、そこだけを取ればいいし、あきらかに種が飛んでいて、手術や放射線をそこだけに行っても意味がないというときには、抗がん剤・ホルモン剤だけをやる。病気がより全身的か、より局所的かで、治療方法の使い分けをしないといけないのです。
手術の前や後に行う抗がん剤治療を初期治療と呼びますが、これと、再発してから行う治療は本質的に違います。初期治療は野球でいえば「先発完投型」で、目標は完全治癒です。だから抗がん剤の分量や期間は、ある程度きっちり使わなければならない。一方、再発の場合、投与スケジュールや分量を調節して、抗がん剤の効果を引き出しながら、体調を良く整えてQOLを保つことが治療の目的です。

医師の説明、患者の理解が必要な三つのこと

田原 抗がん剤のあつかいが、しっかり手の中に入っているドクターは、少ないですよね。

渡辺 すべての患者が十分な治療を受けるだけの医者はいない、というところでしょうか。

田原 女は乳房に、できるだけ傷はつけたくない。手術を避けたいのに避けられない病気だと思っていたのに、もしかしたら切らなくても済むかもしれない、という選択肢がでてきた。だから抗がん剤治療を手の内に十分持っている先生に、自分の病気についてのご意見を聞きたくなるんです。

渡辺 詳しい説明を求める患者は多いのですが、十分に説明されていない場合が多いですね。

田原 患者自身は医師に何を聞かなければいけないかが、よくわからないんです。

渡辺 抗がん剤治療を考える場合、基本的にはベースラインリスク(基本リスク)、リスクリダクション(リスクの抑制)、ハーム(治療を行った場合の害)の3点を考えます。手術だけでどれぐらいの人が再発するか=ベースラインリスク。次に、抗がん剤やホルモン剤を使った場合に、どれぐらいリスクが押さえられるか=リスクリダクション。この恩恵に対する代償として、どのくらいの副作用があるか=ハームです。この3点セットを、ちゃんと医師が理解して患者に説明できていれば、患者もどんな治療をすればよいのか判断ができるわけです。
こういう説明をしないで、「ホルモン剤だけでいい」とか「抗がん剤はいらない」と言うと、「治療した場合としなかった場合にどれぐらい違うのか」という情報が、多くの場合、患者に伝わっていない。
情報提供というものは、不確実性があります。絶対大丈夫とか、まず必要ないでしょうというのは、どちらにしても言えません。不確実性の中で患者と相談して、やってみましょうか、ということが多いです。

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