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シリーズ対談 田原節子のもっと聞きたい ゲスト・幡野和男さん
さらに副作用を少なく! 放射線の最先端治療 IMRTのこれから
幡野和男
はたの かずお
1956年生まれ。1981年日本大学医学部卒業。国立病院医療センター(現:国立国際医療センター)、榛原総合病院放射線科医長、米国ペンシルバニア・ハーネマン医科大学放射線腫瘍科フェローを経て、1993年千葉大学医学部放射線医学教室講師、1994年千葉県がんセンター放射線治療部部長。がん放射線治療一筋に歩んできた。
田原節子
たはら せつこ
エッセイスト。1936年東京に生まれる。早稲田大学文学部卒業後、日本テレビに入社。結婚・出産を経てアナウンサーとして17年、CMプロデューサーとして10年勤務した後退社。現在は田原事務所代表を務める。乳がんを中心に医療、そして女性問題をテーマに各方面で執筆講演活動を行っている。98年10月に乳がんを発症、再発転移はあるが、満5年生存を超えた。
コンピュータ技術の発達で可能になった新しい治療
田原 昨年の6月、右目の*脈絡膜に乳がんからの転移が出て、放射線治療を考えることになったときに、大事な場所ですから、最新で精密な調整のきく放射線治療が必要だと思いました。そのときに初めて、IMRT(強度変調放射線治療)という言葉を聞きまして。今日はその第一人者の幡野さんに、いろいろ教えていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。これはまだ、本当に新しい治療法ですよね?
幡野 はい。アメリカで始まったのが、1994年ですので、まだ10年、日本では、我々の千葉県がんセンターが初めてなのですが、まだ2年なんです。
田原 たった2年ですか。
幡野 ですから、正直に言ってまだ未知の部分もありますが、アメリカでは前立腺がんの分野で5年間のデータが出ています。前立腺は、前に膀胱、後ろに直腸という、放射線に弱い臓器に囲まれています。外からの放射線照射では、どうしてもそこを通ってしか前立腺に当てられないので、前立腺がんを攻めるのに必要な量の放射線をかけたくても、ほかを避けてかけるということができませんでした。
田原 その必要な部分に必要な量をかけるということが、IMRTではできるということですね。
幡野 かけたくない部分には最大ここまで、という放射線量しかあたらないように、コンピュータで制御できるのです。これまでは、人間はコンピュータに、線量と照射方向だけを指示していましたが、今度は逆に、この部分にこれだけの線量を当てたいという指令を入力して、コンピュータにかけ方を考えさせることができるようになりました。
田原 コンピュータ技術が発達しないと、こういう方法はあり得なかったわけですね。そのほかに、具体的にこれまでの放射線治療と違うところはどういうところですか?
幡野 大本は、原体照射といって、がんの形に沿って放射線を当てる方法でした。これもアメリカで始まった治療ですが、アイデアは1965年に、名古屋大学の高橋信次教授(故人)が考え出されたんです。でも、当時はまだコンピュータが発達していませんでした。
田原 放射線治療は、いままで1方向からのものが2方向、3方向と当てる方向が増えてきましたよね。それでさらに、がんの形に合わせると。
幡野 方向を増やすことによって、患部以外の場所に当たる線量が減ってきました。今までの放射線は、四角い輪郭でした。原体照射では、輪郭を腫瘍の形に合わせます。それでもまだよけいに当たるところがあります。IMRTは、さらに、放射線が強く当たるところと弱く当たるところを作り出すことによって、よけいに当たる部分を減らせるんです。
田原 どうやってその強弱を作り出すんですか。
幡野 マルチリーフコリメータという、タングステン製の遮蔽物を使います。腫瘍の断面の形に沿うように何枚ものマルチリーフを動かしていくと、切り抜かれたところはずっと放射線が当たっていますから、強く放射線が当たることになります。遮蔽された部分は弱く当たるようになっています(図1参照)。
マルチリーフコリメータ
タングステン製の遮蔽物で、がんの形に添って数十~百数十枚あり、
切り抜き部分から放射線が当たる。その動きによって、放射線の強弱が決められる
放射線の強弱を三次元的に表した棒グラフ
放射線の強弱を平面的に表したグラフ
田原 どれぐらいの大きさのものですか。
幡野 一番小さいものは、5ミリの幅です。腫瘍の大きさなどに応じて枚数がありますが、一番細かいものでは、120枚あります。
田原 コンピュータ制御だから、緻密で、なんでも処理できるのかと思ったら、このマルチリーフの考え方を見ると、具体的にここを遮蔽して、あそこを遮蔽してという具合に、なんだかとてもプリミティブに思えますね。
幡野 考え方そのものはとても単純なんです。ただ、マルチリーフをどのように動かしたらいいかという計算は、人間にはできない。それをコンピュータにやらせるわけです。
*脈絡膜=眼球の網膜と、外側の強膜の間にある血管に富んだ膜
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