シリーズ対談 田原節子のもっと聞きたい ゲスト・西尾正道さん
初期治療から緩和ケアまで、がん治療に大活躍する放射線治療のすべて

撮影:岡田光次郎
発行:2004年4月
更新:2019年7月

  
西尾正道

西尾正道
にしお まさみち
1947年北海道函館市生まれ。札幌医科大学卒業後、国立札幌病院で、がんの放射線治療一筋に30年。現在、同病院放射線科医長、札幌医科大学臨床教授、京都大学医学部非常勤講師、北海道大学歯学部非常勤講師。日本医学放射線学会専門医、日本放射線腫瘍学会認定医。03年12月から「市民のためのがん治療の会」の協力医代表として活躍。著書に『がん医療と放射線治療』『がんの放射線治療』『放射線治療医の本音』の他、専門書多数。

田原節子

田原節子
たはら せつこ
エッセイスト。1936年東京に生まれる。早稲田大学文学部卒業後、日本テレビに入社。結婚・出産を経てアナウンサーとして17年、CMプロデューサーとして10年勤務した後退社。現在は田原事務所代表を務める。乳がんを中心に医療、そして女性問題をテーマに各方面で執筆講演活動を行っている。98年10月に乳がんを発症、再発転移はあるが、満5年生存を超えた。

放射線が効く・効かないは、発生する臓器の性質による

田原 私は今、抗がん剤も使えるのが少なくなってきていて、もちろん手術もできない。こうなると、放射線治療が頼みの綱のようになります。今日は先生にお会いできて嬉しい!いろいろお教えいただけたらと。
最初に、放射線治療のいろはになりますが、放射線が効くがんと効かないがんはどう違うのですか?

西尾 まず放射線のしくみから説明が必要ですね。放射線は、細胞のDNAを破壊して、次々に分裂できなくさせます。一度に大量の放射線を全身に被曝すると、最初に、放射線に対する感受性が高い細胞分裂が盛んな臓器が影響を受けます。骨髄や睾丸、腸の上皮、目の水晶体などです。
がんに放射線が効くかどうかも、がんが発生したもとの臓器や組織の感受性が大きく関係します。骨髄の中の細胞から出る悪性リンパ腫などの血液のがんは放射線が非常に効きます。反対に、成人するとほとんど分裂しない脳細胞から出た脳腫瘍や、骨や筋肉から出た肉腫は効きにくいんです。

田原 乳がんは腺がんですよね。腺がんは扁平上皮がんに比べて効きにくいといいますね。

西尾 確かに、頭頸部がん、食道がん、子宮頸がん、肺がんの3割は扁平上皮がんで、放射線が比較的効きます。胃がん、大腸がん、乳がんは腺がんです。この中で乳がんは、乳房の周囲に放射線の影響を受けやすい臓器が少ないので、比較的たくさんの線量をかけて、治療することができます。けれども胃や腸は放射線に弱く、がんが治る線量よりも、障害が出てしまう線量のほうがずっと低いので、放射線治療そのものがほとんど成立しません(図参照)。

[扁平上皮がんと腺がんの放射線治療と障害発生の曲線]
扁平上皮がんと腺がんの放射線治療と障害発生の曲線
扁平上皮がんでは治癒する線量より障害が発生する線量は低いが、
腺がんは治癒する線量よりも、障害が出る線量のほうが低い

田原 転移したがんも、原発巣と同じ性質だといいますが。

西尾 原発巣が放射線の効きやすいがんなら、転移巣も効きやすいのが一般的です。

放射線の副作用を誤解しないで

田原 どうしても、放射線に対する恐怖のイメージがありますね。

西尾 全身被曝の場合と、がんにだけかける治療とは、分けて考えなければなりません。みなさん、そこを誤解しています。人は、一度に全身に5グレイぐらいを被曝するとほとんど死んでしまいます。ところが、肺がんでは60グレイぐらいかけます。
これは、照射範囲が部分的であることと、少しずつ何度かにわける分割照射という形でかけているからです。1日1回、2グレイなら、それほど副作用がなくかけられます。

田原 それは、昔からわかっていたことですか?

西尾 1920年代からですね。照射と次の照射の間に、正常細胞はわずかにダメージから回復しますが、がん細胞は回復しません。何回にも分割すれば、このわずかな差がどんどん開く。これが、分割照射の根拠なんです。

田原 細かく分割するほどいいんですか?

西尾 分割しすぎると、今度は1回にかける線量が少なすぎて、がん細胞に与えるダメージが少なくなります。それに、正常組織は、5~6週間目ぐらいから、線維化ということが起こってきて、硬くなって引きつり、血流が悪くなるので、放射線が効きにくくなります。

田原 放射線で火傷をすることもありますね。

西尾 放射線の副作用は照射中や照射直後におこる急性期の障害と、1~2年以降に発生する晩期の障害があります。
急性期の障害は、基本的には照射による炎症反応です。皮膚では火傷となりますが、一過性のものです。皮膚がただれても必ず4週間ぐらいで治ります。また、骨盤の中の臓器にかけると、下痢をすることがありますが、これは放射線に弱い腸の上皮が影響を受けたためで、腸の上皮は2~3日で元に戻りますから、下痢もそこで止まります。急性期の副作用は、時間がくれば必ず治ることが特徴です。
一方、晩期の障害は、かけすぎた場合に起こるもので、基本的には血流障害が原因です。血管が萎縮したり、細くなったり詰まったりします。腸の血管が詰まれば潰瘍ができ、悪化すれば腸に穴があきます。またリンパ管や静脈の場合は、浮腫が出ます。こうした血流障害により組織が壊死して腐ってしまうのが、放射線の後遺症、晩期障害と呼ばれるものです。

田原 死んじゃった組織は戻らない?

西尾 戻りません。扁平上皮がんや腺がんを治す線量は、同時に正常組織が障害を起こしても不思議ではない線量ですので、障害を起こさずに、どうやってがん治療をするかという幅の狭いところで勝負している。いわば、隙間産業です(笑)。
そのために放射線治療の歴史は、がんの周囲の正常組織にはできるだけ照射しないで、がん病巣にだけ集中的に照射する工夫の歴史でもあります。

田原 私の目の脈絡膜の転移は、網膜の後ろの、何ミリもないようなポイントですよね。

西尾 網膜とくっついていますからね。もちろん、1、2ミリの余裕を見てかけているはずですが、何年か後には、放射線網膜症といって、網膜の血管が細くなったり詰まったりして失明する可能性はあります。それは、60グレイほどの量を照射した場合ですが。もしも、田原さんが失明するとすれば3年後か5年後です。

田原 まぁ、「予定として」入れておけばいいと(笑)。

西尾 患者さんには、晩期の障害のことがすごく頭にこびりつくようですが、冷静に考えると、照射せずに放っておけば、腫瘍がどんどん進んで、3カ月ぐらいで失明する。晩期障害は、さしあたって考える必要はない場合も多いんです。

グレイ=物質や生体に吸収された放射線の量の単位
脈絡膜=眼球の網膜と、外側の強膜の間にある血管に富んだ膜

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