シリーズ対談 田原節子のもっと聞きたい ゲスト・竹中文良さん
『がん』と『心』の深い結びつきにさらなる注目を!!

撮影:板橋雄一
発行:2004年9月
更新:2013年5月

  
竹中文良

竹中文良
たけなか ふみよし
1931年、和歌山県生まれ。日本医科大学卒業。医学博士。日本赤十字社医療センター外科部長、日本赤十字看護大学教授を経て、現在同大客員教授。1986年、大腸がんに罹患し、手術を受ける。そのときの経験に基づいて書いた『医者が癌にかかったとき』(文芸春秋社)は有名。2001年、がん患者のメンタル・サポートを目的にジャパン・ウェルネスを設立し、理事長に就任した。

田原節子

田原節子
たはら せつこ
エッセイスト。1936年東京に生まれる。早稲田大学文学部卒業後、日本テレビに入社。アナウンサーとして17年、CMプロデューサーとして10年勤務した後退社。現在は田原事務所代表を務める。乳がんを中心に医療、そして女性問題をテーマに各方面で執筆活動を行っている。98年10月に乳がんを発症、再発転移はあるが、満5年生存を超えた。

「がん友達」だから本音を話せるし共感できる

田原 竹中さんは3年前に、がん患者を精神面から支えることを目的としたNPO「ジャパン・ウェルネス」を立ち上げたわけですが、ジャパン・ウェルネスは具体的にどんな活動をなさっているのですか?

竹中 活動の中心はがん患者の方たちが集まって話し合うグループサポート(グループ療法という一種の心理療法)という活動です。これは、7人から10人くらいのがん患者の皆さんに集まっていただき、1時間半ないし2時間、とくにテーマは設けず、病状や不満など自分の話したいこと、訴えたいことを好きなように話していただくのです。これを週2回のペースで行っています。

田原 がんの経験がない方は、それがどうしてがん患者の精神面でのケアになるのかピンとこないのではないかと思います。でも、私は、それがどんな効果があるかよく理解できます。自分が、がん患者になって初めてわかったことは、がん患者が抱える不安や不満は、がんに罹ったことがある者でなければ、到底理解しえないと思います。
たとえ家族であっても、がん患者が健康な人に自分のもやもやした気持ちを理解させるのは、至難の技です。しかし、患者同士だと、相手の言いたいことが手にとるようにわかるし、こちらの言いたいことも、すんなり伝わっていきますね。だから、話が自然に弾んで、すっきりした気分になるのではないかと思います。

竹中 まさにその効果を狙っているのです。がん患者の多くは、人に相談したくてもできない孤独感を常に感じています。それを解消するには、同じ病気を抱えている者同士が集まって、ふだん言いたくても言えないことを言葉に出せば、分かり合えるし、連帯感も生まれるのです。

手術・抗がん剤の「攻めの医療」に疑問を感じる

田原 外科のお医者さんである竹中さんが、外科的な手段ではなく、精神面でサポートする必要を感じたのはなぜなんでしょう?

竹中 19年前に自分自身が大腸がんになり、患者の立場に立たされたことで、何かが欠けているなと思うようになったのです。
例えば、何年後の生存率は何パーセントという言い方も、患者の側に立つと、まったく意味合いが違ってきます。私の大腸にできたがんは進行度「デュ―クスB」という4つあるうちの2番目に軽い段階でした。5年後の生存率は70パーセントです。
手術を担当する同僚の外科医は、このくらい高い確率で助かるという感じで気軽に使っているのですが、患者である僕のほうにしたら、「もし30パーセントのほうに入ったら誰が責任とってくれるんだ」と言いたいわけですよ。

田原 医者がふだん何の気なしに使っている言い方が、患者を傷つけたり、ものすごく不安な気持ちにさせた例は無数にあるように思います。わたしも、そんな経験をした一人ですが、どれも、ちょっと患者の立場に立って考えれば、防げることなんですけどね。

竹中 その通りです。がんを三人称ではなく一人称で考えれば、無神経な言い方で患者さんの心を傷つけたり、ぞんざいな言い方で患者を困惑させるようなことは起きないのです。がんになって痛感したことは、患者がいかに大きな不安の中で毎日をすごしているかということです。不安は入院中だけでなく退院したあとも続きます。再発を恐れる気持ちは医者を職業とする僕だって同じなんです。

田原 そのような、がん患者になって初めて見えてきたものが、がん患者を精神面からサポートする組織をつくる原点になっているのですね。

竹中 そうです。当時はとことん手術、とことん抗がん剤の「攻めの医療」一辺倒の時代でしたので、何か違うのではないかという気持ちを持つようになったのです。

田原 がん患者を精神面でサポートする組織を作る計画を具体化させたのはいつ頃ですか?

竹中 がんから復帰したあと、定年までの約10年間、現場で医療活動にあたったのですが、攻めの医療だけでいいのかという思いは消えませんでした。そこで、日赤(日本赤十字社医療センター)を定年になったあと、ほかの病院からのお誘いを断って、日本赤十字看護大学に移り、このテーマに取り組んでみることにしました。
ジャパン・ウェルネスの設立は、看護大学の先生方とアメリカ各地を回って精神面でがん患者を支援している組織を視察したとき、「ウェルネス・コミュニティ」の活動内容に感銘を受けたからです。

田原 それからジャパン・ウェルネスを立ち上げるまで、クリアしなければならない問題がたくさんあったのではないですか?

竹中 運営面はウェルネス・コミュニティの創始者であるハロルド・ベンジャミン博士のお取り計らいで、サンタモニカにある本部で2カ月間研修させていただいたので、きめこまかい活動の一つひとつをつぶさに観察することができました。
当てが外れたのは、応援してくれると思っていた医者仲間が無関心だったことです。みんな、それは医者の領分ではないと思っているようで引いてしまうのです。結局立ち上げの資金は看護大学の退職金を充てるしかありませんでした。

絶対にセカンドオピニオンは受けるべき

田原 ジャパン・ウェルネスの活動に参加しているのはどんな方ですか?

竹中 これまでに、950名のがん患者さんが正会員として登録していますがその多くは再発、転移を繰り返している人たちです。すでに130名あまりが帰らぬ人となっています。逆に100名くらいの方が、完治して会を去っていきました。残りの方が、現在も会員として登録されている方たちです。

田原 ジャパン・ウェルネスはアメリカのウェルネス・コミュニティをお手本にして創設された組織だということですが、国民性の違いや組織に対するニーズの違いなどにより、すべてアメリカと同じスタイルでやっていくのは困難だと思うのですが。

竹中 違う点はいくつかあります。その一つが、ジャパン・ウェルネスの発足後にスタートした「セカンドオピニオン相談」です。これは、私と3人の医師が患者さんや家族からの相談に対応するもので、週2回行っています。

田原 これは画期的な企画ですね。私は自分がセカンドオピニオンによってずいぶん助けられたという思いがあるので、ほかの人たちにも、絶対セカンドオピニオンを受けるべきだと言ってるんです。
乳がんを告知されてしばらくの間、私は主治医からも家族からも何一つ教えてもらえませんでした。セカンドオピニオンを求めた先生からさまざまなことを教えてもらって、自分の病気のことを、自分が何も知らないに等しいことに気が付いたんです。

竹中 これを始めるきっかけになったのは、いま田原さんがおっしゃったように、何も知らないに等しい状態におかれている患者さんが多いことに気が付いたからです。
ジャパン・ウェルネスをスタートさせてすぐ気がついたのは、グループになって話をするとき、日本では医学的な質問がやたらに多いのです。これは、日本では診療時間が短いため、医者から病気のことや治療のことを満足に聞くことができないからなんです。そんな人に心のケアばかりしていても意味がありません。

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