高齢者機能評価ツールを用いて判断できる可能性 進行再発がんの薬物治療〝進め方と止めどき〟
長島文夫さん
昨今、抗がん薬や分子標的薬の開発が進み、たとえがんが進行再発した場合でも、治療選択肢は増えてきた。そうした中、新たな問題も生じてきている。それが「いつまで治療を続けるか」という点だ。ここでは、実際にがん患者の多くを占める高齢者を対象に、機能評価の指標を用いて治療を行う専門医に、薬物治療を進めていく上での考え方について話をうかがった。
急増する高齢者がん患者に対する治療の進め方とは
高齢化社会が加速度的に進む中、国民病として死亡率第1位のがんは、現在65歳以上の患者が全体の約3分の2を占め、ますますその比率が高まることが予想されている。
「高齢者のがん治療について早急な対策が望まれるのは、患者さんの比率が高いことはもちろんですが、全世代に共通する問題点もあるためです。将来のがん治療への対策を考えていくために、高齢者のがんに対する研究を進めることは非常に重要です」
そう説明するのは、杏林大学医学部内科学腫瘍内科准教授の長島文夫さんだ。長島さんたちの研究グループは、5年ほど前から高齢者のがん治療に対する臨床研究に着手し、様々な観点から高齢者の多様性を評価することで、治療やサポートの個別化法について検討している。
長島さんたちの高齢者のがん治療に対する研究の詳細については、本誌の2015年12月号で紹介した。その内容を踏まえつつ、高齢者のがん治療、とくに進行再発がんに対する薬物治療を進める上での考え方、さらには治療の止めどきについて考えてみたい。
治療法を決定する上で理想的なプロセス
昨今、殺細胞性の抗がん薬や分子標的薬の進化により、手術などの局所治療ができない進行再発がんでも生命予後が延長し、いわゆる〝がんサバイバー〟と言われる人々が増えてきた。そうした中、徐々に顕在化してきた課題がある。それが〝薬物治療の止めどき〟だ。1次治療、2次治療、がん種によっては3次、4次治療と、治療選択肢が多くなってきたことは、患者・家族にとって喜ばしいことではある。しかし、その一方で「どこまで治療を続けるか」ということを考えたとき、患者・家族は非常に難しい判断を迫られることになる。
高齢者において治療法を決定する際に、そのプロセスはどうあるべきなのか。長島さんはアメリカのNCCN(全米総合がん情報ネットワーク)のガイドラインをもとにこう説明する(図1)。
「第1に、余命を考慮します。例えば85歳の男性で元気な人は10年ほど生きられますが、色々な持病がある人は数年で亡くなってしまう可能性があります。国立がん研究センターが公表している、日本人の年齢・全身状態別余命データを参考にすると、同じ年齢層でも健康状態によってばらつきがあることが分かります。患者さんの健康状態に対する余命を考慮し、そもそも治療をするべきか、ということを考える必要があります。また、高齢者の場合は、治療による合併症なども考慮に入れ、治療方針を相談する必要があります」
その上で、患者(家族)の意思決定能力を確認するという。
「患者さんにはご自分で治療に対しての意思決定が可能な方もいらっしゃいますが、認知機能が低下しているなど本人が決定できない場合、ご家族による決定が必要になります。可能な限りの治療を積極的に望む方もいらっしゃれば、抗がん薬は使用せず、緩和治療を含めたその他の治療を望む方もいらっしゃいます。治療に対する価値観を把握した上で、治療目標を決定する必要があります。また、患者さんの背景(併存症の有無、周囲のサポート環境、経済状況など)も踏まえて、どのような治療を行っていくかを考えるべきなのです。しかし、我が国ではまだそこまできちんと評価して治療を行っている施設は多くはありません」
理想的には、こうしたプロセスをきちんと踏んだ上で治療法を決定すべきだが、実際にはそこまで行うことが難しいのが現状だという。
治療開始する際には 様々な観点からの評価が必要
(国際老年腫瘍学会のコンセンサス)
では、実際の臨床現場では、治療法を決定する際、どのような判断基準で行っているのだろう。
「通常、臨床の現場では、全身状態(PS)と臓器機能(肝機能、腎機能、心機能、呼吸機能など)の状況により、薬物治療に入るべきかを判断します。ただ、高齢者の場合、その項目だけで判断をするのは単純すぎるのではないかと我々は考えています。認知機能の問題やどういう生活環境なのかなどの社会的背景も加味するべきです。それらの情報は、実際に治療を始めるかどうかを判断する際には、必要な情報になります」
世界的にも、高齢者の治療を開始する際には、疾患の評価に加え、❶機能(ADL:日常生活動作やIADL:手段的日常生活動作)❷併存症(薬剤を含む)❸認知機能❹精神機能(抑うつなど)❺社会的環境、支援体制❻栄養❼老年症候群――について評価すべきだという考え方が広まりつつあるという(図2)。
こうした中、杏林大学医学部付属病院腫瘍内科では、高齢患者の心身の状況を客観的な指標で評価し、治療を実施することが可能かどうかを臨床研究と日常の実地臨床を通じて検証中だ。具体的には、「G8」(表3)と「VES-13」という、高齢者の身体機能、認知機能、精神面の機能などを評価するツールを日本語版として開発し、治療を開始する際に受診患者全員にそれを基に独自に作成した質問票でスクリーニングを実施。その上で、機能が低下して注意を要する患者については「CSGA」という、「G8」や「VES-13」よりも詳細なスコアで、リスク評価を行っている(写真4)。
「全身状態が良ければ、例えば85歳でも一般年齢層と同様の標準治療ができるかもしれませんし、状態が悪ければ緩和治療の対象となるかもしれません。問題は、その間のグレーゾーンの患者さんです。この患者さんは全身状態が少し悪いけれど、標準治療ができるかもしれない。ただ、強い治療を行ってしまうと、かえって具合が悪くなってしまうかもしれない……。その線引きは非常に難しいし、線引き自体できないかもしれません。ただそれを判断する指標として、『CSGA』などといったアセスメント(評価)ツールが参考になるかもしれないと考えています」
治療を進めていく上で、これまでいわば〝医師のさじ加減〟に任されていた部分をこうしたデータを集積することによって、より客観的指標に基づいて行うことが期待されている。
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