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適切な治療を、適切な患者に、適切な時に行うことが重要 個別化が進む世界のがん医療

取材・文●中西美荷 医学ライター
発行:2009年11月
更新:2019年7月

  
写真:アメリカ フロリダ州オーランドで聞かれたASCO2009
アメリカ フロリダ州オーランドで聞かれたASCO2009

がんの特徴に合わせた、よりターゲットを絞った治療へ――。 分子標的薬の登場に加え、遺伝子変異による薬の効き方の違いなどが明らかになってきたことで、がん医療は今、個別化の時代を迎えた。 世界最大規模のがん専門学会ASCO(米国臨床腫瘍学会)から、その最前線をレポートする。

腫瘍の生物学的特徴に合わせた個別化治療の時代へ

今年の集会で、会長のシルスキーさんをはじめ複数の研究者が指摘したのが「適切な治療を、適切な患者に、適切な時に行う」ことの重要性である。患者の遺伝的特徴や環境因子などを考慮して治療法を選択する個別化医療は、がん以外の疾患においても重要な課題である。がんという疾患では、さらに考慮すべき要因として、腫瘍そのものの生物学的特徴が加わる。それらが明らかになるに従い、その特徴を利用した分子標的治療が可能となり、がん医療は個別化の時代を迎えた。

新たな分子標的薬 PARP阻害剤が登場

これまで、グリベック(一般名イマチニブ)などのチロシンキナーゼ(チロシンというタンパク質を構成するアミノ酸をリン酸化する酵素で、細胞の分化、増殖などに関わるシグナル伝達に関与する)阻害剤や、ハーセプチン(一般名トラスツズマブ)などのモノクローナル抗体製剤を中心とする数々の分子標的薬が開発され、治療に応用されている。今年の集会では、新たな分子標的薬・ポリADPリボースポリメラーゼ(PARP)阻害剤についての有望な成績が報告され、大きな注目を浴びた。

PARPは多くの重要な細胞プロセスに関与している。その1つがDNA修復である。正常組織のDNA修復は、PARP-1とともにがん抑制因子のBRCA1、BRCA2が担っている。しかしBRCA1/BRCA2遺伝子変異のある腫瘍細胞では、DNA修復はPARP-1に依存することになり、PARP-1が活性化する。

トリプルネガティブ乳がんでも、その多くでPARP-1が活性化している。トリプルネガティブ乳がんは乳がん全体の15パーセントを占め、ホルモン療法の標的であるエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体がいずれも陰性で、抗HER2治療の標的であるHER2の過剰発現もない治療困難な乳がんである。今回、PARP阻害剤によって腫瘍細胞のDNA修復を阻害して細胞死に導くことで腫瘍を縮小させ、転移性トリプルネガティブ乳がん患者の生存予後を改善しうるかどうかが検討された。

ベイラー・チャールズ・A・サモンズがんセンターのジョイス・オショーネシーさんによれば、化学療法〔ジェムザール(一般名ゲムシタビン)+パラプラチン(一般名カルボプラチン)〕にPARP阻害剤BSI-201(開発コード)を加えることで、無増悪生存期間(治療後から再発までの期間で、病態の進行がない生存期間のこと)は6.9カ月対3.3カ月(図1)、奏効率(腫瘍が消失あるいは半分以上縮小した症例の割合)48対16パーセント、臨床ベネフィット率(奏効率+6カ月以上病態が進行しなかった患者の割合)は62パーセント対21パーセントと、いずれも統計学的に有意に改善した。また予備的な成績だが、全生存期間も9.2カ月対5.7カ月と延長した(図2)。

[図1 トリプルネガティブ乳がんに対するBSI-201の効果]
図1 トリプルネガティブ乳がんに対するBSI-201の効果

[図2 トリプルネガティブ乳がんに対するBSI-201の効果]
図2 トリプルネガティブ乳がんに対するBSI-201の効果

また小規模な試験ではあるが、キングス大学のアンドリュー・タットさんから、BRCA1/2遺伝子が変異している乳がんにおいて、別のPARP阻害剤オラパリブ(一般名)が、単独で腫瘍縮小効果を示すことも報告された。

これらの成績は、PARP阻害剤が腫瘍細胞のDNA修復を阻害することによって抗腫瘍効果をあらわすことを示している。したがってPARP阻害剤は、これ以外のがん細胞においても、DNAに損傷を与えることで効果を発揮する化学療法や、放射線療法の効果を増強することが期待される。

また、この基本的な考え方が検証されたことで、PARP阻害剤についての研究は今後急速に進むものと予想される。残念ながらジェムザールもパラプラチンも、日本ではまだ使うことができないが、これらの2試験は、いずれも第2相試験であり、最適の用量や、どのような化学療法との併用が効果的であるのかなどは、今後の課題である。その答えが得られ、PARP阻害剤が臨床応用される時には、日本でも世界に遅れることなく使えるようになることを期待したい。

ハーセプチンがHER2陽性胃がんにも有効

ToGAと呼ばれる臨床試験では、進行胃がんに対する個別化標的治療の第3相試験として初めて、生存期間の延長が認められた。用いられたのは、HER2陽性乳がんの治療薬として知られているハーセプチンである。

ベルギーのガストゥイスベルク大学病院のエリック・ヴァン・カッツェムさんによれば、胃がんにも乳がんと同程度の割合でHER2が発現している。ToGA試験では、こうしたHER2陽性の進行胃がん患者にハーセプチンを投与し、約3カ月の有意な生存延長を認めたという(図3)。

卵巣がん、膀胱がんなどもHER2発現率が高いことが知られており、ハーセプチンは今後、これらのがんの治療にも応用される可能性がある。

[図3 胃がんに対するトラスツズマブの効果]
図3 胃がんに対するトラスツズマブの効果


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