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わずかな副作用で延命効果を得る極少量抗がん剤療法

監修:梅澤充 町田胃腸病院外科医師
取材・文:菊池憲一
発行:2005年2月
更新:2019年7月

  

町田胃腸病院外科医師の
梅澤充さん

通常量の10分の1の抗がん剤で延命効果が

毎週月曜日と木曜日、町田胃腸病院(東京都町田市)外科医師の梅澤充さんが担当する「がん外来」には、がん患者が抗がん剤治療に訪れる。患者の約7割は再発がん患者だ。再発がんの患者は外来で採血と梅澤さんの診察を受けたあと、「極少量の抗がん剤を組み合わせた治療」を受ける。

現在、少量の抗がん剤を用いた治療は、全国で1つの大きな流れとなっているようだ。例えば、少量の5-FU(一般名フルオロウラシル)とブリプラチン(またはランダ、一般名シスプラチン)を用いた「少量FP療法」(前回紹介)はすでに全国各地に普及し、よく知られている。また、金沢大学医学部教授の高橋豊さんも「がん細胞の休眠状態」「患者の延命」を軸に「休眠療法」を提唱している。これも少量の抗がん剤を頻回に投与する治療法である。例えば、通常2週間に1回投与するトポテシン(またはカンプト、一般名塩酸イリノテカン)という抗がん剤を6分の1の量にして、2週間に6回投与する。少量ずつなので副作用もほとんど出ない。こうした「休眠療法」で良好な治療成果を得ているようだ。

ところが、同病院のがん外来では「少量FP療法」「休眠療法」よりもさらに少ない抗がん剤を用いて再発がん治療に取り組み、かなり良い延命効果を得ている。再発がん患者の病状や体力に応じて、通常量の10分の1、50分の1という極少量の抗がん剤を用いることもある。この極少量抗がん剤療法は、これまでに約83名の再発・進行がん患者を対象に行われている。がんの種類では乳がん55名、肺がん6名、膵臓がん7名、大腸がん4名、胃がん5名、卵巣がん3名、その他3名などあらゆるがんを含む。

「約83名のうち、残念ですが19名が亡くなっています。ですから、生存期間中央値(MST。患者が生存した中央値)はまだ発表できない状態です。言い換えれば、多くの再発がん患者さんが長生きをしているということです。現在、5年を超える方も数名います」と梅澤さん。

多発転移・腹水のたまった患者にも効果を確認

梅澤さんは極少量の抗がん剤療法と同時に患者自身の免疫力を高めるために、経済的な事情が許される範囲で健康補助食品の摂取を勧める。「例えばパン酵母から抽出した食品イミュトールなどは免疫活性を示すサイトカインの産生が高いことが証明されていますし、安価なので勧めています」と梅澤さん。

梅澤さんが取り組んでいる治療は、極少量の抗がん剤治療に免疫力を加えた「がん免疫化学療法」と言えるのかも知れない。ともかく、この治療法で元気な生活を続けている2人の患者を紹介しよう。

Aさん(現在53歳)は2000年、乳がんと診断され、左乳房の全摘手術を受けた。02年、同じ左胸壁に局所再発。このときは、再切除して、術後はホルモン剤を用いた内分泌療法を受けた。しかし、04年1月、同じ左胸壁に2回目の局所再発と肝臓・肺の多発転移を起こした。通院中の病院では「治療法はありません」と言われた。断食免疫療法などを行ったが、Aさんの体調はむしろ悪化した。腹水がたまり、だるくなった。04年3月、「腹水だけでも抜いてほしい」と言って、町田胃腸病院に駆け込んできた。CT画像では肝臓が腫れ上がり、肝不全だった。

[乳がんの肺と胸膜への転移にタキソール60mg/2週間を投与]

治療前は左の胸膜に転移がありギザギザに写っているが、治療後は
ギザギザがなくなり、転移巣が縮小しているのが分かる

[文中Aさんの腫瘍マーカー(CA15-3)の変動]

梅澤さんは、Aさんにタキソール(一般名パクリタキセル)を15ミリグラム(通常は1回250~300ミリグラム、3週間ごと4サイクル)ずつ、毎週の点滴を始めた。「肝不全でしたから通常量はとても使えません。肝臓にダメージを与えない最少量として15ミリグラムを処方しました」と梅澤さん。通常の10分の1以下の量にもかかわらず、投与して1カ月後、入院時の腫瘍マーカー(CA15-3)は3分の1に低下し、2カ月後は10分の1以下に、さらに3カ月後には約50分の1にまで低下し、腹水も消えた。通常量のタキソールを使用すると脱毛が起きるが、10分の1以下の量では起こらない。ところが、Aさんの場合、通常の10分の1の量でも脱毛が起きた。「タキソールの多くは肝臓で分解されます。ところが、Aさんは肝不全状態でしたから薬が分解されず、身体中をグルグル回って、薬の濃度が濃くなって、脱毛が起きたのだと推測されます」と梅澤さん。ともかく、Aさんは3カ月間の入院生活を終えて無事に退院できた。退院後は、毎週1回、外来でタキソール30ミリグラムの点滴を続けた。退院してから3カ月間、腫瘍マーカーは低下したままで抑え込むことができた。

しかし、04年9月から腫瘍マーカーが上昇し始めた。そこで梅澤さんは、タキソールを中止してハーセプチン(一般名トラスツズマブ。分子標的薬)に切り替えた。ハーセプチンは有効だった。腫瘍マーカーは10分の1に低下し、現在に至る。

04年暮れ、外来を訪れたAさんに取材した。上品で快活そうなAさんは次のように語る。

「入院時は腹水と胸水がたまり、辛かったです。入院中は熱が出て、1回だけ気持ちが悪くなりました。副作用で苦しんだのは髪の毛が抜けたのと発熱だけです。退院して3カ月後に、我慢できる程度でしたが味覚がおかしくなり、腫瘍マーカーも上昇しました。今、ハーセプチンの治療を受けていますが、私にはこの薬のほうが楽ですね」

Aさんは夫の強い勧めで、梅澤さんが勧めた食品以外にも免疫力を高めるために何種類かの健康補助食品を食べたり、飲んだりしている。梅澤さんは「ごく少量のタキソールでもよく効いたのは、Aさんが健康補助食品を摂取していたことも大きく影響していると思う」と言う。

抗がん剤に抗原提示作用との仮説

梅澤さんが少量の抗がん剤療法の効果に気がついたのはBさん(現在49歳)との出会いがきっかけだった。Bさんは、2000年4月の夕方、呼吸の苦しさ、背中の痛み、不眠を訴えて救急外来を訪れた。肺転移を伴う進行乳がんで胸水もあり、ステージ4と診断された。 すぐに入院したが、すでに手術不能の状態で化学療法を行うしかなかった。タキソールを標準量(250ミリグラム、3週間に1回)処方したところ、肺の病変と胸水は消えた。背中の痛みは麻薬を用いてコントロールした。1カ月間の入院中、副作用は髪の毛が抜けた以外にはなかった。CT画像では「問題なし」だったが、腫瘍マーカー(ST439。CA15-3)は高く、骨転移の疑いがあった。しかし、Bさんが骨シンチ検査を拒んだため、症状を見ながら治療を続けた。

退院後、Bさんは外来で2週間に1回、タキソール120ミリグラムの点滴治療を受け続けた。「治療を長く続けるために、タキソールの量を半分ほどに減らしました」と梅澤さんは言う。Bさんは経済的に余裕があったため、入院中から免疫力を高めるためにパン酵母などの健康食品も飲み続けている。少量のタキソールの点滴を続けただけで、Bさんの症状は徐々に改善した。

ところが、退院して約1年半後の02年2月頃、腫瘍マーカーが上昇した。そこで、梅澤さんは120ミリグラムを90ミリグラムに減らしてみた。減らした途端に、腫瘍マーカーが下がった。さらに、90ミリグラムを60ミリグラムにするとさらに下がった。現在、Bさんは2週間に1回、45ミリグラムの点滴治療を受けている。腫瘍マーカーの上昇もなく、CT画像では病変もなく、がんの進行を抑えている。

「抗がん剤の量を減らせば、がん細胞を殺す力は確実に下がります。しかし、何かの力で腫瘍マーカーが下がったのです。それは免疫力だと思います。120ミリグラムでは抑え込まれていた免疫力が生かされたのではないかと思います。抗がん剤ががん細胞をちょっとでも傷つけて、抗原を認識させるように作用し、これまで抑え込まれていた免疫力ががん細胞に働いたのではないかと思います。これはあくまで仮説です」と梅澤さん。

Bさんにも外来で話を聞くことができた。「4年半前の入院時、背中が痛くて、眠れなくて大変でした。1年半近く、痛み止めの麻薬を飲み続けてきました。今は痛みもなく、ごく普通の生活を送っています」と元気そうに語る。顔色も良く、がん患者には思えなかった。


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