治療の手がつきたと言われても、あきらめるのはまだ早い
進行・再発大腸がんの進行を抑える血管新生阻害剤
厚生労働省が承認していない抗がん剤の1つにアバスチン(一般名ベバシズマブ)がある。世界標準のがん治療薬として大きな期待を集めている世界初の血管新生阻害剤だ。
「がんは自ら栄養補給路である新生血管をつくり、分裂・増殖に必要な栄養と酸素を引き込むのですが、アバスチンはその血管新生を阻む薬なのです」
と癌研究会付属病院化学療法科医局長の水沼信之さんは指摘する。
がんは自分専用の血管をつくるためのホルモン様物質を分泌し、それが血管内皮細胞と結合し新たな血管を造り出す。しかし、アバスチンはがんから分泌されるホルモン様物質といち早く結合し、両者の結合を阻み、血管新生を阻害する。
「アバスチンはカンプト(一般名イリノテカン)+5-FU(一般名フルオロウラシル)+ロイコボリン(一般名リコボリンカルシウム)のIFL療法か、5-FU+ロイコボリンのFL療法のどちらかと組み合わせて使用します」(水沼さん)
米デューク大などの臨床試験では、925人の再発大腸がんの患者を対象に、アバスチンを投与した場合としない場合で治療効果を比較したところ、投与したほうが生存期間が4カ月も延びて20カ月に達した。加えて、投与後、がんの勢いが盛り返すまでの非再燃期間は投与したほうが5カ月も延び、QOL(生活の質)の向上に役立つことも実証された。
アバスチンの副作用としては腹痛や高血圧、血栓症、無症候性タンパク尿などがあげられる。
「とくに注意すべきなのは手術の傷痕からの出血です。『術後1カ月以内の投与は控えること』という警告が出されています。また、胃などの消化管に穴が開き、出血することもあります」(水沼さん)
アバスチンは大腸がんの進行が止まっている限り、投与を継続する。IFL療法はカンプト(イリノテカン)による重い副作用を招くこともあるが、アバスチンの副作用はそれと重ならないので併用は十分に可能だ。
アバスチンは米バイオ・ベンチャーのジェネンテックが開発し、今年の2月に米国食品・医薬品局(FDA)から進行・再発大腸がんの治療薬として認可された。加えて、その作用メカニズムから、再発予防のための術後補助化学療法にも役立つと期待され、臨床試験も進められている。
「アバスチンは月に1~2回、5~10ミリグラム(体重1キログラムあたり)を静脈へ10~30分以内に点滴投与するのが一般的な方法です。IFL療法を受けているところとは別の病院で投与してもらえれば、自費診療はアバスチンのみですみます」
と千葉健生病院内科科長の今村貴樹さんはアドバイスする。
実際、今村さんの千葉健生病院では、15人ほどの患者がアバスチンのみを自費で支払い、それ以外の抗がん剤治療は他の病院で保険診療扱いとして受けている。
大腸がん以外の多種多様ながんにも効果が期待
注目したいのはアバスチンが大腸がん以外の他の進行・再発がんにも有効と考えられ、臨床試験が進められていることだ。具体的には肺がん、乳がん、腎臓がん、膵臓がんなどがあげられる。
とりわけ目を見張るのは、2003年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)で報告された進行膵臓がんに対する優れた治療成績だ。
「進行膵臓がんの患者16人にジェムザール(一般名ゲムシタビン)+アバスチンを併用投与したところ、6人の腫瘍のサイズが半分以下に縮小し、7人の腫瘍が不変のままで、両者を合わせて16人中13人の膵臓がんの進行が止められたのです」(今村さん)
現在、進行膵臓がんに対する化学療法としてジェムザールの単独投与をはじめ、ジェムザールに5-FU、TS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)、ゼローダ(一般名カペシタビン)、カンプトなどを組み合わせた2剤併用療法が広く試みられているが、ジェムザール+アバスチンはそれらに勝るとも劣らない治療成績があげられると期待されている。
坑エストロゲン剤後の無病生存率を改善
乳がんの再発を予防するフェマーラ(一般名レトロゾール)も未承認薬の1つだ。ホルモンレセプター陽性の早期乳がん患者が、閉経後の再発を予防するための新たなホルモン治療薬である。
周知のように女性ホルモン(エストロゲン)を餌にして増殖するホルモンレセプター陽性の早期乳がんの場合、再発予防の標準的補助化学療法は抗エストロゲン剤であるノルバデックス(一般名タモキシフェン)の服用である。
「ノルバデックスはがん細胞がエストロゲンを食べるのをブロックし、50~70パーセントの患者の再発を抑えます。ただし、その効果は術後5年間までで、その後、ノルバデックスを引き続き服用しても再発率の上昇を招きます。5年目以降も再発を抑えられる薬が切実に求められてきたのですが、フェマーラこそ待望の再発予防薬なのです」(今村さん)
フェマーラの有用性が確認された臨床試験結果
閉経後の女性は卵巣からのエストロゲンの供給が止まり、副腎皮質から分泌されるアンドロゲン(男性ホルモン)をエストロゲンに変換するルートがエストロゲン供給の主軸となる。その際、アンドロゲンからエストロゲンに変換するのがアロマターゼと呼ばれる酵素である。フェマーラはこの酵素の働きを阻んでエストロゲン不足に陥らせ、乳がんの再発を抑えるアロマターゼ阻害剤である。
「今年のASCOではフェマーラの再発予防効果を確かめるMA17試験という大規模な比較試験の中間報告が発表され、大きな反響を呼びました」(今村さん)
ホルモンレセプター陽性で、術後にノルバデックスを5年間服用した閉経後の早期乳がん患者5187人を対象に、(1)フェマーラを毎日服用したグループと(2)偽薬(プラシーボ)を服用したグループの治療成績が明らかにされたのである。服用開始2年6カ月後(観察期間中央値)の再発患者は、前者が後者(132人)より57人も少ない75人にとどまり、フェマーラによる43パーセントの再発率減少が明らかにされた。
「つまり、術後5年目以降に生じる再発のリスクを、フェマーラの服用で約2分の1に減らせることが実証されたのです」(今村さん)
フェマーラの優れた再発予防効果が立証されたことから、プラシーボ服用者のフェマーラ服用の許可と、MA17試験そのものの中止が勧告された。
優れた治療効果で摂取も手軽、副作用も軽微な薬剤
フェマーラは1日1回服用するだけですむ経口薬だ。ほてりや関節痛、筋肉痛、腰痛、寝汗などの副作用をあげられるが、いずれも軽度で安全な薬であることも認められた。
製造・販売元はノバルティス(スイス)。アメリカではすでに3年前の2001年に承認され、世界80カ国以上で販売されている。名実ともに世界標準薬としての地位を確立しているのだが、日本ではいまだに未承認のまま放置されている。
再発した急性骨髄性白血病患者を再び寛解へ導く
日本に個人輸入される血液腫瘍関係の抗がん剤の中で、意外に多いのがマイロターグ(一般名ゲムツズマブ)だ。急性骨髄性白血病の再発患者を再び完全寛解へ導き、長期の完全寛解期間の延長をはかれるからである。
「急性骨髄性白血病の初回再発患者142人にマイロターグを投与したアメリカの第2相臨床試験では、白血病細胞の消失した完全寛解の患者は30パーセントにのぼり、完全寛解期間の継続が平均7.2カ月に達しました。ほとんどは抗がん剤が効かなくなった患者さんなので、この優れた治療成績は衝撃的なものといえます」
と東京女子医科大学付属病院血液内科講師の増田道彦さんは指摘する。
とくに重要なのは従来の抗がん剤より副作用が比較的軽く、高齢者の再発患者に投与しやすいことだ。60歳以上の患者は肝臓や腎臓等の臓器機能や病原菌に対する免疫力の低下などから、再発時の強力な抗がん剤治療の副作用に耐えられない患者が少なくないが、マイロターグはそうした高齢者の再発急性骨髄性白血病の患者を対象とした臨床試験で、28パーセントの奏効率と13パーセントの完全寛解が得られたのである。
マイロターグは米製薬大手のワイスが開発し、2001年にFDAから60歳以上の再発急性骨髄性白血病患者の治療薬として承認された。
「マイロターグは白血病細胞のCD33と呼ばれるタンパク(抗原)に結合する抗体(モノクローナル抗体)に、カリキアマイシンという抗がん剤を組み合わせたものです」(増田さん)
急性骨髄性白血病の大半(約90パーセント)はCD33が発現しているため、確実に白血病細胞を狙い撃つことができる。加えて、抗体による免疫反応と抗がん剤との相乗作用から、白血病細胞を死滅させるという新タイプの分子標的治療薬なのである。
「マイロターグは点滴で静脈へ投与する静注薬です。副作用としては発熱や悪寒などが60パーセント近くの患者さんに認められます。白血球の減少があり、肝障害も少なくありません。遺伝子組み換え技術を用いて製造されますが、一部にネズミのタンパクを使用しているためショックなどの過敏反応が生じることもあります」(増田さん)
従来の抗がん剤治療と比べ副作用は少ないと先述したが、それでも医師の厳重な管理の下に使用しなければならない。
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