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高齢者のがん治療をどのように進めるか 新たな指針『高齢者がん診療ガイドライン』

監修●石黒 洋 埼玉医科大学医学部国際医療センター乳腺腫瘍科教授
取材・文●柄川昭彦
発行:2023年9月
更新:2023年9月

  

「高齢者はがんになったときのためにも、インフルエンザや肺炎球菌ワクチン、そして帯状疱疹ワクチンなどの予防接種を事前に受けておくようにするとよいでしょう。それが高齢者のがん治療を安全に、かつ効果的に進めるのに役立ちます」と語る石黒さん

高齢のがん患者さんには、体力が低下している人や、複数の病気を抱えている人が多いため、一般のがん患者さんと同じようにがんの診療を進めるわけにはいきません。

そこで、『高齢者がん診療ガイドライン』2022年版が作成され、2022年12月に公開されています。高齢のがん患者さんにはどのような特徴があり、治療はどのように進められるべきなのでしょうか。ガイドラインの作成委員長を務めた埼玉医科大学医学部国際医療センター乳腺腫瘍科教授の石黒洋さんにお話を伺いました。

65歳以上のがん患者は65歳未満の2~3倍もいる

がんは高齢者に多い病気です。そのため、日本では社会の高齢化が進むのに伴い、がんによる死亡も増えています。また、がん患者全体に占める65歳以上の患者割合も、増え続けているそうです。

埼玉医科大学医学部国際医療センター乳腺腫瘍科教授の石黒洋さんは、がん患者さんの高齢化が急速に進んでいると指摘します。

「とくに男性では高齢化が進んでいて、65歳以上のがん患者さんの数は、65歳未満の約3倍です。女性の場合でも、約2倍となっています。つまり、がん患者の半数以上は高齢者が占めるようになっているのです」(図1)

高齢のがん患者さんには、一般のがん患者さんとは異なる問題があります。

「一般のがん患者さんですと、がんになったとしても、他に大きな病気を持っていないことが多いのですが、高齢のがん患者さんは違います。がんの他にも、いくつもの病気を抱えているのが普通です。当然、がんだけを診るというわけにはいかなくて、いろいろな疾患を全部含めて、ケアしていくことが必要になります」

がんという病気だけでなく、その患者さんが持っている多くの病気に対処していくことが、高齢のがん患者さんを診る医師には求められているわけです。

東京慈恵会医科大学の創設者である高木兼寛(1849~1920年)は、「病気を診ずして病人を診よ」という言葉を残しているそうです。また、ジョンズ・ホプキンス大学の創設者の1人であるウィリアム・オスラー(1849~1919年)は、「良い医師は病気を治療する。偉大な医師は病気の患者を治療する」という言葉を残しました。

「どちらもほぼ同じことを言っているわけですが、現在の日本の(がん)医療でそれができているかというと、残念ながらそうではありません。そこが問題なのです」

原因となっているのが、医療制度の構造的な問題だといいます。

日本の医療は臓器別の縦割りで、消化器内科、呼吸器内科、循環器内科、血液内科といった具合に分かれていて、患者さんはいずれかの診療科で診察を受けます。一般の患者さんはそれでも問題ないことが多いのですが、複数の病気を抱えた高齢の患者さんは、十分に対応してもらえないケースも起こり得るからです。

「一方、米国の医療では、『一般内科』という大講座が土台にあって、その上に、消化器内科、呼吸器内科、循環器内科、血液内科、腫瘍内科などのサブスペシャリティ(細かな専門分野)が乗る構造になっています。入院する場合も、一般内科に入院し、必要に応じてサブスペシャリティの診療科がコンサルテーションとして診察に関わり、診療報酬が支払われるので、基本的には全身の病気を診てもらうことができる(責任の所在が明確)のが米国のシステムなのです」(図2)

また、日本は高齢の患者さんが増えているのに、「老年医学」に関する十分な教育が行われていないという問題もあります。

「2019年に報告された日本国内の医学部・大学院・がん診療連携拠点病院を対象としたアンケート調査によれば、日本の大学医学部で老年医学講座があるのは29%でした。また、がん診療連携拠点病院で老年科が設置されている施設はわずか3%、老年病専門医がいる施設は13%しかありませんでした」

高齢者を対象にしたエビデンスが少ないのはなぜ?

高齢者の診療ガイドラインを作成する上で大きな壁となったのが、エビデンス(科学的根拠)が少ないということでした。臨床試験が行われてエビデンスが作られるわけですが、多くの一般的な高齢者に当てはまるような、有用なエビデンスがほとんどないのです。

かつては年齢制限を設けた臨床試験が多く、そもそも高齢者は対象となっていませんでした。しかし、最近は年齢制限を設けない臨床試験が一般的になってきています。それでも、実際に役に立つ高齢者のエビデンスが得られているわけではないようです。

健康状態を「Fit」(健康)、「Vulnerable」(脆弱)、「Fraill」(虚弱)の3つに分類すると、65歳未満の年代は多くが「Fit」ですが、65歳以上の高齢者になると、大部分が「Vulnerable」と「Fraill」で占められています。

臨床試験の対象となるのは、健康状態が「Fit」の人たちなので、たとえ年齢制限が設けられていなくても、臨床試験の対象となる高齢者は多くはないのです。

「高齢者で臨床試験に入れるのは、若い人と同じ治療が受けられるような、ごく一部のFit高齢者だけです。こうしたFitな人たちで得られたデータを、そのままFitでない高齢者に当てはめて考えることはできません」(図3)

高齢者のがん治療では、患者さん1人ひとりの状態を把握することが重要になります。

「たとえば、がんの薬物療法を行うかどうかを、年齢だけで判断することはできません。Fitな高齢者なら、どのような効果が得られるか、臨床試験のデータを当てはめて考えることができるでしょう。しかし、Fitでない高齢者の場合、臨床試験で示されている効果が得られるかどうかは不透明ですし、逆に副作用によるマイナスがあるかもしれません。高齢者は個人差が大きいので、その患者さんの現在の状態を把握し、それに基づいて適切な診療を進めることが大事なのです」

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