通算約2,800例の腹腔鏡下手術を実施
婦人科悪性腫瘍 腹腔鏡下手術で根治を目指す
金尾祐之 がん研有明病院婦人科医長
骨盤内の狭いところで、正確かつ安全な手技を発揮しなくてはならないのが婦人科がんの手術だ。そんな手術に対して、腹腔鏡下というアプローチで、全国屈指のクオリティによる手術を実践するのが、がん研有明病院婦人科医長の金尾祐之さんだ。この日は、午前と午後、2例の手術を執刀した金尾さん。午前中に行われた子宮体がんの手術現場に迫った。
かなお ひろゆき 1971年香川県生まれ。97年大阪大学医学部卒業。同年、同産婦人科教室入局。98年、大阪労災病院産婦人科、2000年大阪大学医学部附属病院産婦人科、03年同科助手。04年倉敷成人病センター婦人科。14年10月より現職
子宮頸がんでは 限られた施設でのみ実施
腹腔鏡下手術は、開腹することなく、腹部に4~5カ所の穴を開けて、内視鏡や手術器具を入れて、内視鏡で映し出された術野をモニターの画面を通して見ながら、手術器具を操作して行う手術だ。
消化器(胃・大腸など)の分野では、かなりポピュラーになってきた手術だが、その一方で、症例を慎重に選ばないとがんの取り残しや、出血、神経の損傷などの事故が起こることもある。
婦人科の分野では、良性疾患においては定着しているが、悪性腫瘍については、2014年にようやく、早期の子宮体がんの手術に対して、保険適用されるようになった。そして、まだまだ限られた施設でのみ実施すべき手術であると認識されている。
子宮頸がんにおいては、さらにハードルが高く、現在、先進医療として腹腔鏡下手術が実施されているのは、全国でわずか11施設にすぎない。
そんな婦人科疾患に対して良性、悪性を含め、通算約2,800例の腹腔鏡下手術を実施してきたのが、がん研有明病院婦人科医長の金尾祐之さんだ。
患者さんを根治に導くことが第一
金尾さんは、婦人科の腹腔鏡下手術の全国随一の症例数と実力を誇る、倉敷成人病センター(岡山県)の婦人科で、10年間、手術経験を積み、昨年(2014年)10月、同院に赴任した。
「婦人科医としての方向性を模索していたときに、この手術の達人である安藤正明先生と出会いました。腹腔鏡下手術の最大のメリットは、骨盤の奥深くまで、よく見ることができ、細かい操作ができる点です。そのため神経や血管ギリギリのところを切らなくてはいけないような場合にも、正確な手術が可能となります。
がんの手術における到達目標は、がんを治すことですから、本来、腹腔鏡下手術か開腹手術かということは、あまり問題ではありません。ただ、腹腔鏡下手術は研鑽を積めば、開腹手術と同等かそれ以上の安全で確実な手術ができると確信しています。もちろん出血が少ないし、傷が小さくて済むことも患者さんにとっての大きなメリットです」
金尾さんは、腹腔鏡下手術の長所について、そう説明する。
信頼するスタッフと よいコンディションで手術
取材当日午前の手術は、骨盤内のリンパ節郭清を伴う子宮体がんの手術だった。
患者さんは70歳代の女性。数年前に、胃がんの開腹手術の既往がある人だった。
8時48分、金尾さんは、術式、予定手術時間、予定出血量などを、スタッフに丁寧に告げ、手術を開始した。
執刀医である金尾さんと、第1助手である的田眞紀さんと第2助手の長島稔さんは、同院で金尾さんが手術を始めて以来、常に一緒に手術に取り組む、信頼できるチームメイトだ。
この日、器具出しは、新人の看護師さんだったが、金尾さんは、実に丁寧に的確な指示を出していた。
名医は自分にとって最良のコンディションを整えて手術に臨む。金尾さんは、スタッフへの指示はもちろん、室温や音楽の音の大きさにまで気を配り、手術台の高さや向きなど、手術がやりやすい環境を1つひとつ整えていた。
「よいコンディションで手術ができるのは、麻酔科医の先生をはじめ、スタッフの皆さんのお陰と感謝しています。僕は海外や他の病院で手術をすることが多々ありますが、慣れない環境では、やはりやりにくいですし、余計な時間がかかることもあります」
病院全体でのサポート体制が整う
腹部に開けられた4つの穴から順次、内視鏡、メス、鉗子などの手術器具が挿入され、モニターに術野が映し出された。
腸を避けながら骨盤奥深くへと分け入り、重要な血管や神経などを傷つけないようにしながら、電気メスで丁寧に骨盤内のリンパ節を脂肪組織とともに剥がしていく。その手さばきは鮮やかだ。
時折、助手と談笑しながら、スムーズに進んでいく。腹腔鏡下手術によるリンパ節郭清は細心の注意が必要だが、高い手技によって行われると、むしろきれいに確実に郭清されていく様子がわかる。
子宮の右側、そして左側と順次郭清し、10時頃リンパ節郭清は終了した。
次に、尿管や直腸を避けながら、子宮を幅広く取る、準広汎子宮全摘術へ移る。その最中に、病理から、迅速診断に出した細胞診の結果が来た。腹水の中にがん細胞が認められたようだ。
「細胞診プラス(陽性)です」
看護師のひと言に、金尾さんたちは、一瞬色めきだった。
「ショックでした。手術後に化学療法をしなければならないなと。診察時に化学療法はやりたくないと言っていた患者さんの顔が浮かびました」
そのしばらく後に、細胞診の結果は、胃がんの腹膜転移だったと判明。
看護師が消化器外科へ連絡すると、間もなく消化器外科医の布部創也さんが手術室に現れ、モニターで腹腔内の状況を把握していった。
「当院は非常に風通しがいいのです。手術中に要請すれば、他科の先生がすぐにサポートに来てくれます。病院全体で患者さんを治していこうという姿勢があるのです」