4月1日「骨髄腫アミロイドセンター」センター長に就任
「長く生きる」から「治癒」へ トータルテラピーで骨髄腫に挑む
鈴木憲史 日本赤十字社医療センター副院長・血液内科部長
多発性骨髄腫(MM)は治療法の開発が遅れて1990年代までは余命が短いがんの代名詞でもあったが、相次ぐ新薬の開発や自家末梢造血幹細胞移植により、患者を取り巻く状況は格段に良くなった。この領域で39年間にわたって治療を続けてきた日本赤十字社医療センター副院長・血液内科部長の鈴木憲史さんは、さらに「延命」から「治癒」に向けた取り組みを続けている。
すずき けんし 1950年埼玉県生まれ。76年新潟大学医学部卒業、日本赤十字社医療センター内科入局。82年東京医科歯科大学医学部大学院専攻科修了、84年東京大学医学部第3内科(血液学専攻)研究生修了。95年同医療センター第2内科(血液)部長、2012年から副院長。役職は、日本骨髄腫学会理事、日本免疫治療学研究会理事、レブメイト第三者評価委員会委員長、厚労省医薬品安全対策調査会参考人など多数
笑顔がトレードマーク
スポーツで鍛えた細身の体に白髪が良く似合う白衣の紳士が病棟の廊下をきびきび歩くと、いろいろな人が声を掛けてくる。看護師だったり、医師だったり、出入り業者だったりと様々だが、1人ひとりにあいさつを返していく。そして、一番の笑顔を見せたのは患者さんとすれ違ったときだった。
「先生、いよいよ明日、移植になりました」
50代の男性は姿勢よく立っている。
「大丈夫ですよ。しっかりやりましょう」
〝先生〟は優しい声で応えた。
白衣の紳士は日本赤十字社医療センター副院長・血液内科部長の鈴木憲史さん。患者さんや周囲を和ませる温かい表情をトレードマークに39年間、この病院で多発性骨髄腫の研究と治療を続けてきた。
多発性骨髄腫は、血液中の形質細胞ががん化して骨髄腫細胞となることで発症する。正常な赤血球や白血球などが作れなくなったり、骨が溶けて脆くなったり、骨髄腫細胞が作る異常なタンパク(Mタンパク)により腎機能や免疫機能が低下したりする。
「私が大学を出て骨髄腫の分野を選んだときには先輩や先生たちから『体力勝負の大変な領域だよ。出世もできないし』と珍しがられました。血液がんの中でも花形は白血病で、骨髄腫に取り組む医師は日本全体でも20~30人くらいでした」
大きな理由は、治療法が確立しておらず、患者が短期間で死亡してしまう時代だったからだという。
ではなぜ、鈴木さんはこの分野を選んだのか。
「治らないのを治す」ために骨髄腫領域へ
「自分がやりたい病気を専門とするのも1つの選択肢ですが、私は『治らないのを治すのが面白いだろう』と思ったのです」
1976年日本赤十字社医療センター血液内科に入局すると、一貫してこの病院で治療してきた。その間、いくつもの新薬や治療法が開発され治療成績もぐんと良くなった。全国の骨髄腫医師の数も増えていき、今では500~600人に上る。
「いい薬が出るとみんな関心を持ち始めるんです。そんな中で随分長くやっているものだから、いつの間にかオピニオンリーダーみたいになっちゃいました」と笑うが、大切なのは経験の長さだけではなく、治療法の研究や成果が評価されていることだ。
鈴木さんが入局したときに新築2年目だった病院の建物は、2010年に新築された。
「古い建物と朽ちようかなと思っていた」と笑う鈴木さんは今年65歳。3月末に定年を迎える。一区切りつけて血液内科部長を退任し、4月1日からは施設内に新設される「骨髄腫アミロイドセンター」のセンター長となる。新組織では、東京大学や理化学研究所などとコラボレーションしながら、臨床と基礎研究を行い、世界に発信していく。まだまだ、現役最前線は続く。
そんな鈴木さんに骨髄腫治療の過去、現在、未来を聞いた。
新薬をアメフトの作戦のように操る
「新薬の相次ぐ開発は大きな力ですが、1つの薬やレジメンで対応できないのが骨髄腫。骨髄腫治療はアメリカンフットボールに例えられます。相手は100通りの方法で攻めてくるので、それを撃退するにはこちらもたくさんのいい〝選手〟が必要です。
2000年代に入って*レブラミド、*ベルケイドというツートップが出ましたが、まだ足りない。いいコマが足りないと優秀なクオーターバック(レブラミド、ベルケイド)がいても負けてしまうんです。最近、*ポマリストと*ファリーダックという新薬が出て来て、ようやく戦えるようになったという感じです」
ポマリストは2015年3月に日本で承認された免疫調節薬、ファリーダックは同年7月に承認されたHDAC(ヒストン脱アセチル化酵素)阻害薬だ。さらに承認が待たれる薬剤もいくつか控えている。もちろん、鈴木さんも指導的立場で関わっている。
*レブラミド=一般名レナリドミド *ベルケイド=一般名ボルテゾミブ *ポマリスト=一般名ポマリドミド *ファリーダック=一般名パノビノスタット
患者に感謝されて喜んではいけない
鈴木さんが1994年に行った研究では、骨髄腫の10年生存率は3~4%だったが、今では20%に達しているという。鈴木さんはある病室を訪れた。
「どうですか」
「痛みはありません。怖い薬ですが、頑張って飲んでいます」
そう語る高齢の女性に、鈴木さんは、「これまで続けられたのだから、大丈夫ですよ。ここに来てどれくらいだっけ?」
「もうすぐ14年になります。鈴木先生と一緒だから頑張れます」
鈴木さんは病室を出て次の回診に向かいながら言った。
「骨髄腫による骨の痛みは大の男が泣くほどのひどさです。そんな患者さんが『痛みがうそのようになくなった。痛みがない世界はこんなに素晴らしいのか。先生は俺にとって神様だ』って言うんです。うれしいのですが、そこで喜んでいてはいけません。治してあげなければ」
家族の負担も考える
鈴木さんは、患者さんとのコミュニケーションだけではなく、家族とのコミュニケーションも大切にする。
「患者さんが夫婦で外来に来ることはいいことです。同世代ですから。しかし、最近多いのが、20代の娘さんがお父さんの通院に付き添って来るようなケースです。昔は3年後に泣いて、その後は自分の人生を歩めば良かったのですが、生存期間が長くなると娘さん自身の人生の大切な時期が過ぎてしまうことがあります。
子供さんたちには自分たちの道を考えなさいと言います。こちらも家族の様子を見て、経口薬に変更して通院回数を減らすなどプロトコルにアレンジをして、本人の負担、家族の負担を考えなければなりません」