がんに対する通算腹腔鏡下手術症例数は約1,500例に

胃がん腹腔鏡下手術のパイオニア 日々難症例にチャレンジを続ける

取材・文●伊波達也
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2016年3月
更新:2019年7月

  

福永 哲 順天堂大学医学部消化器・低侵襲外科教授/順天堂大学附属浦安病院外科教授

順天堂大学医学部消化器・低侵襲外科教授の福永 哲さん

胃や食道・大腸など消化器に対する腹腔鏡下手術を、黎明期である1994年から手掛けてきた順天堂大学医学部附属浦安病院外科教授の福永哲さん。がんに対する通算腹腔鏡下手術症例数は約1,500例にものぼる。数多くの患者を救い、数多くの消化器外科医に腹腔鏡下手術の手技を伝え続けてきた。現在も全国から福永さんの手術を見学に来る医師は引きも切らない。

ふくなが てつ 1962年鹿児島県生まれ。88年琉球大学医学部卒。同年順天堂大学医学部附属順天堂医院外科入局、92年同浦安病院外科。94年米ピッツバーグ大学留学。96年順天堂大学医学部附属浦安病院外科、2004年癌研究会有明病院消化器外科、10年聖マリアンナ医科大学消化器・一般外科。15年順天堂大学消化器・低侵襲外科教授に就任、現在に至る

可能な限り腹腔鏡下手術を

「我々の施設が他施設と一番異なるのは、かなり進んだ進行胃がんにも腹腔鏡下手術を行っているということです。当科で治療する胃がん症例の9割に適応しています。もちろん、かなりの難症例や予測しないところにがんが浸潤していたりする場合には開腹手術を選択します。

しかし、基本的な考え方として、がんの根治性が担保できるのであれば、患者さんのQOL(生活の質)も良くなりますし、社会復帰も早く、患者さんにやさしい手術ですので、できるだけ腹腔鏡下手術を行います」

そう話すのは順天堂大学医学部附属浦安病院外科教授の福永哲さんだ。

福永さんのもとには、全国各地から紹介患者が日々訪れる。また、前任地の聖マリアンナ医科大学病院でも定期的に手術と指導に当たる。

取材当日の手術は、胃体上部の小彎(しょうわん)にあるT3N1の進行がんに対する手術だった。患者は73歳の女性、貧血があり、脳梗塞の後遺症である血管性認知症が若干ある人だった。

昨今、高齢者の胃がんがますます増えているため、胃がん以外に心疾患や脳疾患、糖尿病など併存症を持つ患者も多くなり、他科との連携も含め、細心の注意を払って手術をするケースが多くなっている、と福永さんは説明する。

術式の普及のため様々な創意工夫

「福永方式」とよばれる左側アプローチ

手術室に入った福永さんは、まず、手術台のセットアップや看護師の器械出しの位置まで、スムーズにいくように細かく気を遣っていた。

午前10時13分、福永さんは、患者の左側に立ち、2人の助手の医師とともに手術を開始した。

開腹手術の場合には、執刀医がお腹の上から見下ろすアプローチになるが、福永さんの場合は、腹腔鏡下手術の利点を活かし、胃に対して水平方向で、脾臓側からのモニターの映像を見ながら手術を進める左側アプローチを取る。このアプローチ法は福永さんが考案し、〝福永方式〟と呼ばれる。福永方式はその後も進化を続けており、腹腔鏡下手術を安全で確実に行うための手技として普及し続けている。

「腹腔鏡下手術ならではの術式を考えようとしたのは、当初、開腹手術に比べ腹腔鏡下手術は手術時間が長いのがデメリットだったからです。いかに手技を簡素化して、腹腔鏡下手術の利点を活かしながら短時間で確実な手術をできるか、さらに標準治療である開腹手術と遜色のない手技を提供できるか、これが実現できないとこの術式は普及しないと思ったからです」

福永さんは、そのために術式に対して様々な創意工夫を続けてきた。

「腹腔鏡下手術は、拡大視できることにより、開腹手術で見えていた以上の解剖が見えます。したがって、より精緻な手術ができる方向へ向かっています。だからこそ、術式もどんどん進化してやりやすくすることが大切なのです」

納得できるまでメスを置かない

お腹に手術器具を挿入するポート(穴)が5つ開けられ、胃の病巣へ向けてのアプローチが開始された。

重要な血管や神経を避けながら、腹腔内を分け入っていく。その間、福永さんは血管や神経の走行など解剖を1つひとつスタッフに説明しながら、ずっとしゃべり続けていた。気をつけるべき血管や神経について、教科書には出ていないような微細な血管や神経についても指摘し、手術器具の取り回し方なども、事細かに指示していく。

胃への視野を確保するために、オーガンリトラクターという器具で肝機能を侵襲しないように肝臓を軽く持ち上げた。

そして、胃周囲のリンパ節郭清が行われていった。自らのメスの動かし方を説明しながら進めていく。

できるだけ患者の胃を残すため、いろいろと模索していたが、最終的には胃全摘の適応となった。食道と十二指腸から胃が切離され、ポートからお腹の外へ胃が摘出された。准教授の山澤邦宏医師により、摘出した胃が切り開かれ、病巣が確認された。

次に、腹腔内から引っぱり出された小腸を使っての空腸(小腸)パウチという代用胃を作る胃再建術が行われた。

「空腸パウチは、食物を滞留させながら、徐々に通過させていくことができる点で、唯一エビデンス(科学的根拠)がある再建法で、胃を全摘すると通常なかなか食べられないのですが、ラーメンも食べられるようになるのです」

空腸パウチは、ルーワイ(Roux-en-Y)法という吻合方法で、十二指腸と吻合され、お腹の中に戻された空腸パウチは、麻酔医により、口腔の側から挿入されたアンビルという小さな器具を食道の下端に到達させると、食道と吻合された。

この間、丁寧だが実に迅速な吻合術だった。ここまで手術開始からわずか2時間半程度。その後、腹腔内が洗浄・点検され、器具が外され、ポートが縫合されて手術は無事終了した。

モニタリングしながら手術は進む。手前右が福永さん

作製された空腸パウチ

「手術は術前の準備が大事なのです。事前に見る内視鏡画像やCT画像をもとに、皆で検討を重ねます。患者さんの体力や全身状態(PS)も考慮し手術に臨めば、術前にほぼ手術の結果は予測できます。いつも心掛けているのは、外科医にとって手術はワンチャンスで、患者さんにとっては一生に一度のことなので、どんな些細なことにも細心の注意を払い、何度も確認し間違いないと納得できるまでメスを置かないということです。それは後輩や部下にも繰り返し言い聞かせています」

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