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悪性脳腫瘍に対する緩和ケアの現状とACP 国内での変化と海外比較から考える

監修●青木友和 独立行政法人国立病院機構京都医療センター緩和ケア科長・脳神経外科医長
取材・文●植田博美
発行:2020年4月
更新:2020年4月

  

「どんなに治療が進化しても、終末期は誰にでも必ず訪れます。QOL(quality of life:人生の質)とともにQOD(quality of death:死の質)を考えることも大切です」と語る青木友和さん

希少がんである原発性脳腫瘍のうち、最も悪性度が高いのがグリオーマの一種である膠芽腫(こうがしゅ)だ。膠芽腫の生存期間中央値は14~16カ月で、高齢者では12カ月にも満たず、5年生存率も極めて低い。脳腫瘍には他のがん種のようなステージ(病期)分類はないが、生命予後から考えると、膠芽腫は診断がなされた時点でステージ4相当と考えられるという。

厳しい現実ではあるが、だからこそアドバンス・ケア・プランニング(ACP:Advance Care Planning)を含む緩和終末期ケアについて冷静に考えておくことが重要となる。では、脳腫瘍における日本の緩和ケアの現状はどうか。国立病院機構京都医療センター緩和ケア科長・脳神経外科医長の青木友和さんに伺った。

 

原発性脳腫瘍=脳の細胞や膜、神経などから発生した腫瘍。他臓器のがんが脳に転移した転移性脳腫瘍とは区別される
グリオーマ=悪性脳腫瘍の1つで神経膠腫(しんけいこうしゅ)ともいう。グリオーマはさらにいくつかの種類に分けられるが、そのうちの1つ膠芽腫(こうがしゅ)は最も悪性度が高く、脳腫瘍全体に占める割合も比較的多い
アドバンス・ケア・プランニング(ACP)=今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセス

緩和ケアは予後を改善する

京都医療センター(京都市)脳神経外科で脳腫瘍治療に取り組みながら、緩和ケア科長として終末期患者と接している青木友和さんは、現状把握のため2018年に国内の脳腫瘍治療医を対象にアンケートを実施。2007年に国内で行われたアンケート調査結果との国内比較と、欧米での調査結果との国際比較を行った。そこから見えてきた日本の脳腫瘍に対する緩和ケアの現状と問題点を、青木さんに教えてもらった。

最近では、がんの緩和ケアは治療と並行して行うものであり、決して治療を尽くした最後に受けるものではない、という認識が広まりつつある。

それを裏付けるものとして有名なのが、2010年にアメリカで発表された論文だ。

「このデータは進行肺がんのケースですが、標準治療だけを行った患者さんより、早期から緩和ケアを併用した患者さんのほうが、QOL(生活の質)の状態が良く、長生きしたことがわかっています。もちろん、悪性脳腫瘍を含めた他のがん種でも同じような効果が期待できると思われます」と青木さんは語る。

悪性脳腫瘍の緩和ケアに関する情報は世界的にまだ少ないのが現状だ。

「一番進んでいるのはヨーロッパで、2017年に欧州脳腫瘍学会(EANO)が成人神経膠腫(グリオーマ)の緩和ケアガイドラインを発表しました。しかし、日本での研究報告はまだほとんどありません」

<アンケート調査結果>

青木さんは、2018年に全国の日本脳腫瘍学会所属医師に緩和ケアに関する37項目のアンケートを実施した。約2割の154人から回答があり、集計して数値化。EANOと北米脳腫瘍学会(SNO)の2012年のデータおよび、2007年に行われた日本脳腫瘍学会のアンケート調査結果と比較した。その中からいくつかを紹介してもらった。

①圧倒的に男性医師が多い

まずは日本と欧米の国際比較を見ていこう。

脳腫瘍の治療を行っている医師の男女比だが、これは日本・欧州・北米いずれも男性が圧倒的に多い。特に顕著なのは日本で、男性が94%を占めた。欧州と北米はともに男性が約7割である。

②日本では脳神経外科が治療を行っている

次に、どの科の医師が治療を行っているかについて。日本と欧米では大きな違いが出た。

日本では93%が脳神経外科である。ところが欧州では脳神経内科が4割を占め、腫瘍内科・脳神経外科・放射線腫瘍科がそれぞれ約2割。北米では脳神経外科と脳神経内科が約3割で並び、各科の専門医がバランスよく治療を行っているという印象である。

「悪性脳腫瘍の治療は手術に放射線や抗がん薬治療を組み合わせますが、日本ではこれらを脳神経外科医が行っているということです。海外では手術は外科、抗がん薬治療は腫瘍内科というように専門分化が進んでいる。日本でもがん種によっては専門分化が広がっていますが、脳腫瘍治療ではまだそこまで進んでいないのです」

③日本はベテラン医師が多い

医師の経験年数については、それぞれ特色が出た。日本では15年以上の診療経験を持つ医師が73%と突出。欧州では15年以上が45%と一番多いものの、経験年数に比例して段階的に割合が増えている。対して北米は、経験年数5年以下の若手医師が41%と最多を占めた。日本ではわずか1%にすぎない。

「日本はベテランが頑張っていると言えなくもないですが、脳腫瘍の分野においては若い医師が育っていないのが現状です」と、青木さんは顔を曇らせる。

④この10年でより詳しく説明するように

次に、2007年に行われた日本脳腫瘍学会会員132人のアンケート調査結果と比較してみよう。

膠芽腫の患者さんに対して、どのような説明を行うかを問うた結果では、注目したい変化は、2007年当時は「具体的な数字を説明しない」と答えた医師が41%いたのに対し、2018年では13%に減っていることだ。

2018年の回答では、80%の医師が生存期間中央値(MST)を、53%の医師が5年生存率を説明。無憎悪生存期間(PFS)や晩期合併症についても40%の医師が説明を行っている。

また、患者本人に説明する医師は2007年では20%だったが、2018年には39%に倍増している。

「この10年間で、数字的な指標をきちんと説明する医師が増えています。説明する相手は今でも家族が中心ですが、患者さんに説明する医師も2倍に増えています。時代が変わってきているということでしょう」

晩期合併症=治療後に、がんや治療の影響によって生じる合併症

⑤終末期の人工呼吸器

終末期の患者に対する人工呼吸器の装着は、2018年では74%の医師が「しない」と答えている。

「ただし、」と青木さんは言う。

「時々行うと答えている医師がまだ25%もいます。10年前から比べると減りましたが、私はまだ多いと思っています。海外の状況を調べたところ、欧米では脳腫瘍の終末期に人工呼吸器は使いません。ほぼ0%です。日本でも、他のがん種ではほとんど行われていないと思います。ではなぜ脳腫瘍にこの習慣が残っているのかというと、治療しているのが脳神経外科医だからではないか。脳卒中の治療と同じ感覚で装着してしまうのでは、というのが私の解釈です」

⑥経鼻栄養を行う医師はいまだ6割

脳腫瘍の終末期に口から食べられなくなった患者さんに、どのような栄養補給を行うかという質問に対し、2007年・2018年ともに約6割の医師が経鼻栄養を行うと答えている。これに関しても、青木さんは否定的な意見だ。

「人工呼吸器と同じく、経鼻栄養をする医師が多いのは脳卒中治療の影響ではないかと思っています。意識がなくなっても体は元気なので、つい行ってしまうのです。しかし脳腫瘍は進行性ですから、すでに意識がなくなっている患者さんに経鼻栄養をする意味が果たしてあるのか…。それがご本人にとって本当に過ごしたかった最期なのかを考えると、疑問です。欧米では点滴のみで、経鼻栄養は行いません。これも考え方の違いでしょう」

⑦在宅での看取りはわずか1割

2007年では、96%の人が病院で亡くなり、自宅で最期を迎えた人は3%に過ぎなかった。それが、2018年には10%に増えている。

「けれどよく見ると、2018年でも約8割の患者さんが病院で亡くなっています。まだ圧倒的に多いのですね。では、あとの1割の方はというと、老人ホームで亡くなっています」と青木さんは指摘する。

「戦後は、ほとんどの人が自宅で亡くなっていました。それが90年代には約2割にまで減り、今はもっと少ない。病院での看取りはここ10年で少しずつ減ってきてはいますが、在宅看取りは横ばいです。その分、老人ホームが徐々に増えています」

海外と比較すると、その違いが浮き彫りになる。高悪性度グリオーマの患者が最期を迎えた場所をみると、日本は8割以上が病院なのに対し、欧州(イタリア・オランダ)では自宅が、アメリカではホスピスがそれぞれ7割近くを占めている。

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