確定診断のプロ、病理医が患者の前で語り始めた
日本医科大学付属病院
病理部教授の
土屋眞一さん
これまで、患者の前に姿を見せることがなかった病理医。しかし、病理医の診断によって治療方針が決まるなど、病理医は非常に重要な役割を果たしている。そこに着目した患者側の要請もあって、いよいよ病理医が表舞台に出てきた。患者の素朴な疑問に答えようと、患者の前で説明をしだしたのだ。
「これがあなたのがんです」
「へえー 初めて見ました」
東京・文京区にある日本医科大学付属病院1階の「特別診療室」。ここで03年から、「セカンドオピニオン(*)外来」「遺伝外来」「看護相談」などとともに開設されたのが「病理外来」だ。
患者の体から採取した組織や細胞を顕微鏡で調べて診断するのが病理診断。この病理診断の専門医が病理医だが、日本で病理医が専門外来を開設するのはまだ新しい試みだ。
ある日の午後、東京在住の主婦、Aさん(60歳)が病理外来を訪れた。応対したのは病理部教授の土屋眞一さんだ。
Aさんは半月ほど前に同病院で乳がんの手術を受け、右乳房を全摘。「自分のがんはどんながんだったのか」を知りたくて受診したという。
土屋さんは、テーブルの上にAさんの病変部から採取した組織のガラス標本(*)を広げた。その1枚1枚を顕微鏡で拡大して画面に写し出し、説明する。
「これが標本です」
「初めて見ました」
「これががんです」
「はぁ~」
「どのくらいの大きさかというと……。小さくしてみましょうね。(顕微鏡の倍率を小さくして)ほら、こんなに広い中のこれくらいですね。乳腺のクダの中なんですよ。乳管といいますが……。がんがこの外に出る(浸潤)とよくないんですが、中にとどまって(非浸潤)いますね。この中にある限り転移はしません」
「そうなんですか。よかったー」
「センチネル(見張り)リンパ節も調べました。ここにがんがあれば、腋窩といってわきの下のリンパ節へ転移している可能性がありますが、Aさんの場合はリンパ節転移もありません。とてもタチのいいがんですね」
「それでも全摘でしたが……」
「Aさんのがんは石灰化で見つかっていますね。これがそうです。石灰は固いので、標本を顕微鏡で見るとメスが刃こぼれしているのがわかります。ホラ、この横の線が刃こぼれのあとです。石灰化が広範囲に及んでいると全摘の可能性が高くなります。石灰化は非浸潤がんのことが多いのですが、放っておくと浸潤がんになることがありますが、検診のおかげで早く見つかって、ラッキーでしたね」 土屋さんの説明は1時間近く。Aさんは納得がいった表情で帰っていった。
*セカンドオピニオン=「第2の意見」として病状や治療法について、担当医以外の医師の意見を聞いて参考にすること
*標本=採取した組織をスライドガラスに貼り、プレパラートの形にして保存したもの
「影」ではなく「本物」をみる病理診断
標本をもとに、病理医によるがんの診断書が作成される
がんかどうか、がんだった場合に治療をどうするかを含め、診断の結果は普通、臨床医が患者に伝える。このため、一般の人たちは「診断するのは臨床医」と思っている人も多いかもしれないが、最終判断をするのは実は病理医だ。
問診に始まり、血液検査などの生化学検査、超音波やCT(コンピュータ断層撮影)、MRI(核磁気共鳴画像法)など画像検査をもとに臨床医が臨床診断を行う。さらにその後、患者の体から採取した病変の組織や細胞を顕微鏡で観察し、良性か悪性か、つまりがんかどうか、がんだとしたらどんなタイプかを調べて病理診断を行い、ようやく最終的な診断、つまり「確定診断」となるのだ。
土屋さんは、画像などで調べる臨床診断と病理診断の違いを、「影」と「花」にたとえて説明する。
「コスモスの花が咲いていたとしたら、太陽に照らされて地面に写る影の部分が画像診断です。しかし、実際に私たちが見ているのは花そのものであり、それがコスモスの真の姿。影ではなく、真の姿を観察して結論を出すのが病理診断です」
体の外から超音波を当て、その反響を映像化して調べるのが超音波検査であり、やはり体の外からX線を当て、コンピュータ処理によって断面画像を得るのがCT検査。もちろん、その有効性はたしかなものがあるが、外から見るのでどうしても病気の核心に迫ることができない。
これに対して病理診断は、組織や細胞を取り出して、病変そのものを調べるので、より信頼度は高いといえるだろう。
そこで、病気と向き合う患者から聞かれるようになってきたのが、「病理診断の結果、治療法を選択したのだから、診断の責任者としての話が聞きたい」「がんと診断されたが納得がいかない。病理の専門家としてもう1度チェックしてもらえないか」という声であり、こうした声に応えて、病理診断のプロの立場から、直接患者に説明しようと始めたのが病理外来だ。
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