凄腕の医療人
卓越した技術で肝がんのラジオ波治療を牽引
椎名秀一朗 しいな しゅういちろう
1982年東京大学医学部卒業。同大学第二内科医員、助手などを経て、2004年同大学消化器内科講師。エタノール注入療法など、肝がんの低侵襲治療を実施してきたが、米国のベンチャー企業が開発したラジオ波治療に注目、1999年に日本に導入し、約9000例とその実績は世界一となっている。2012年より順天堂大学大学院医学研究科画像診断・治療学教授、医学部附属順天堂医院消化器内科教授(併任)
肝がんは病巣の多発や肝硬変、高齢のため、手術の適応になる患者さんは限られている。さらに、切除をしても5年以内に70~80%の患者さんで再発が起こる。ラジオ波という低侵襲治療で肝がんに挑み、世界を牽引してきたのが、順天堂大学消化器内科教授の椎名秀一朗さんだ。
治療困難例が多数紹介される
ラジオ波治療は、がんに径1.5mmの電極針を刺入し、100度Cの高熱でがんを壊死させる治療法だ。全身麻酔や開腹手術が不要なため、負担が少ないのが最大の利点。
この日、最初にラジオ波治療を受けるのは65歳の女性(Aさん)。C型肝炎ウイルスによる慢性肝炎から肝がんを発症。他院でラジオ波治療を受けたが、別の場所に再発した。
病巣は1cmと小さかったが、肋骨弓直下の見えにくい位置に存在した。また、肝臓の表面に存在するため、そのまま治療すると病巣に接する腹膜の熱傷が起こる恐れがある。このため、まず人工腹水を作成した。病巣と腹膜との間にスペースを作ることで、腹膜に熱が伝わるのを防止すると同時に、病巣の確認がしやすくなる。その後、患者さんの体位を坐位とした。
どこからどういう方向に電極針を刺入するか、前日のプランニングで治療計画はできている。超音波で病巣を同定し、局所麻酔をし、皮膚を2~3mm切開する。超音波で観察しながら電極針を病巣に挿入し、通電を開始する。治療が進むにつれ、病巣の部分が熱せられ、発生したガスで白くなっていく。6分間の治療で病巣を含む約2cmの範囲が焼き切られた。
患者さんの体位を自在に変えられる手術台も、電極針を正確に刺入するための穿刺用超音波探触子も、椎名さんがメーカーと共同開発したものだ。
次の患者さんは56歳の男性(Bさん)。がんの大きさは3cmだが、肝臓が肝硬変で萎縮して脂肪組織で覆われ見えにくい上に、がんが下大静脈という太い血管と心臓に接するという極めて危険な部位にある。肝機能が悪く切除はできないため、がんを兵糧攻めにする肝動脈塞栓術を繰り返したのだが、同じ部位からの再発を繰り返していた。 ラジオ波治療以外に方法がなかった。「他の施設ならラジオ波治療は危険なので無治療のまま放置するケースです」と椎名さんが言うほど難しい例だ。
しかし、約9000例の治療をしてきた椎名さん。まず心臓側に、次に心臓から離れた側にと、電極針を2回挿入し、がん全体を焼灼した。
手術できない患者さんを何とかしたい
椎名さんは、肝がんの低侵襲治療では世界一の症例数を誇る名医だ。椎名さんが局所療法に注目したのは1985年頃、研修医時代だという。「勤務していた病院では多くの肝がんの患者さんがみつかりました。しかし、肝機能が悪かったり、がんが多発していたりで、手術できない人が多かったのです」発見時に手術可能な人はわずか20~30%。手術ができた場合でも、微小転移や異時性の多中心性発がん(最初のがんが根治したにもかかわらず別の部位に新たにがんが発生すること)で、5年以内に70~80%が再発する。再び手術することは難しい。
これを何とかしたいと椎名さんが注目したのが、当時始まったばかりのエタノール注入療法だった。これは、高濃度のアルコールを病巣に注入して、がんを壊死させる方法だ。エタノール注入の適応は3cm3個以下のがんとされていた。
しかし、がんがそれより進行していても局所療法を受けたいという患者さんは多かった。椎名さんはできる限り患者さんの願いに応えたいと考えた。針先の深さを変えて注入したり、注入針を2本あるいは3本同時に刺入したりするなど、技術的な工夫を重ねていった。
当時、椎名さんは10cmを越えるがんにもエタノール注入を行い、成果を上げていった。
「そういう症例を報告しているうちに、だんだんと認めてもらうようになり、患者さんも増えていったのです」と椎名さんは語る。
研究熱心で誠実な椎名さんの人柄もまた、周囲に認められる一因だろう。この頃から、椎名さんは局所療法の第一人者として知られるようになっていく。