罹患数増加が予想される食道胃接合部がん 手術での胃全摘は極力避ける方向へ
瀬戸泰之さん
食道と胃の境界領域に発生する食道胃接合部がん。これまで1つのがん種としては捉えられていなかったが、この部位のがんに改めて注目しようという動きが強まっている。「胃癌治療ガイドライン」(日本胃癌学会編2014年5月改訂・第4版)にもようやく登場した。
胃がんなのか、食道がんなのか
口から摂取した食べ物の通り道となる消化管は、胃、十二指腸、小腸、大腸などそれぞれ特徴と機能の異なる臓器で形成されているが、どの部位でもがんは発生し得る。しかし、臓器をまたいで現れるのは食道と胃の境目だけだ。この部位のがんを食道胃接合部がんという(写真1)。
「これまでは胃がんあるいは食道がんとして扱われてきましたが、胃でも食道でもない領域のがんを1つの疾病単位として扱おうという流れが進んでいます」と、東京大学大学院医学系研究科消化管外科学教授の瀬戸泰之さんは、医療界でも注目分野であると話す。
食道胃接合部とは、日本では食道と胃の筋層の境目から上下2cmの範囲を指すが(図2)、欧米では境界部から食道側1cm、胃側2cmまでと考え方が違っている。さらに境界線から上下5cm以内という定義もある(図3)。
増えている食道胃接合部がん
がんの組織上の性質は、食道にがんの中心があるのか、胃側に中心があるのかにより違っている。食道の粘膜を構成するのは扁平上皮(へんぺいじょうひ)なので、こちらに中心があれば扁平上皮がん。一方、胃の粘膜を構成するのは円柱上皮(えんちゅうじょうひ)なので腺(せん)がんとなる。基本的にはこれにより、扁平上皮がんなら食道がんとしての治療、腺がんなら胃がんとしての治療とされていたが、そのように単純なものではなく、ほかのがんであったり、食道側に腺がんがあったりすることに加え、悪性度の見極めも難しいという厄介ながんだ。
瀬戸さんは「解剖学的にも機能的にも環境が異なるところの境目なので、どちらにも分けられない種類のがんもあると思う」としているが、まだ解明されていない部分だ。
統計上でも扱ってこられなかった領域(エリア)のため、これまで「食道胃接合部がん」という分類はなく、罹患数や死亡数は食道がん、あるいは胃がんとして処理されてきたのだ。
「例えば胃がんの何%を占めるとか、患者数が増加傾向にあるといったことはデータがないのでわかりませんが、現場の医師たちは増えてきていることを感じています」
胃酸の逆流も原因に
食道胃接合部がんが〝増えている〟理由は、境目にできるがんという特徴にも由来する。胃液が食道の方に向かって逆流することが、がん発症のきっかけ(原因)になり得るということだ。構造上、本来は食道から胃へは一方通行で消化物を送っており、胃はそれを強い酸性の胃酸などの消化酵素が含まれた胃液で消化する。胃自体は酸性に耐えられる粘膜に覆われているために、胃酸によって自身が傷つくことはないが、食道の扁平上皮は酸に弱い。
通常なら一方通行である上に、食道と胃をつなぐ噴門部(ふんもんぶ)には下部食道括約筋(しょくどうかつやくきん)があったり、その外側では横隔膜が食道を締め付けるという逆流防止システムがあるが、この力が弱まったり、胃酸が増えすぎると強酸性の胃液が食道の中に逆流(侵入)して食道に炎症を起こすことになる。
さらに瀬戸さんは「食道のある胸は呼吸するために大気圧よりも低い陰圧状態にありますが、胃は陽圧です。寝た姿勢でも胃の中の物は逆流しがちですが、肥満により腹部の圧力が高まることも逆流の要因の1つです」と説明する。
ピロリ菌は胃酸を中和させていた
また瀬戸さんは「将来的に胃がんは減っていくが、食道胃接合部がんは増えていくでしょう」という。そこには胃がんの大きな原因とされるピロリ菌の存在がある。現代の日本では衛生環境の改善や除菌技術が飛躍的に進歩したために、若者を中心に胃にピロリ菌がいない人が増加している。これで胃がんは減るのだが、一方でピロリ菌は胃酸を中和させるとともに、胃粘膜を委縮させるので胃酸の分泌自体が減る。そのピロリ菌がいなくなると、胃酸が強くなり、それが逆流して接合部を刺激してしまう可能性がある。
「むしろピロリ菌がいない人たちが罹患してしまうと言われています。食道胃接合部がんは胃がんに似ているかもしれませんが、違う概念で考えなければなりません」(瀬戸さん)
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