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ドイツがん患者REPORT 48 「MRIの造影剤」
CTは、ドイツでもCTと呼び、文字通りComputer Tomographie(断層撮影)の略です。しかし、MRIについてはMRTと呼び、Magnetic Resonance Imaging(磁気共鳴画像)ではなく、Magnet Resonance Tomographieの略です。Imagingではなく、Tomografieという言葉を当てはめるあたり、僕はドイツらしい硬さを感じてしまいます。
今でも腫瘍内科で年に4回の定期検診と2回のCTの検診を受けている僕は、2、3年前まで、1.5Lの造影剤を1時間半以内に飲まなくてはならず、それが本当に苦痛でした。僕の場合、造影剤を飲んだ後には消化器官が空っぽになるまでの酷い下痢と腹痛が半日以上必ず続きます。それが技術の進歩によって、造影剤を少量注入するだけで済むようになり、体への負担は大幅に減りました。
MRI検査では、画像のコントラストを得るために、ガドリニウム(Gadolinium)という金属物質を含む造影剤を静脈に注射するだけです。ですから造影剤を大量に飲まなければいけないCTのほうが嫌でしたが、その負担がなくなった今、検査時間が長く、ヘッドフォンが苦手な僕はMRIのほうが苦手になっています。
1,000万ドルの訴訟
ハリウッドのアクション映画俳優チャック・ノリスの妻ジーナは、ごく短期間にMRIの検査を何回も受けた後、ガドリニウムが体内に大量に蓄積されていることがわかり、造影剤による〝ガドリニウム中毒〟と言えるような状態になりました。
彼女の症状は、全身の脱力、筋肉痛、呼吸障害で、それは「体の中が燃えるような」と彼女が言うような我慢できないレベルのもので、ジーナは5カ月間も寝たきりとなってしまい、死さえも覚悟したそうです。
ジーナは、アメリカでの治療ではなく、重金属中毒に詳しく実績もある中国で、酸素と圧力窯による治療を受けた結果、病状はすっかり良くなりましたが、医療費は200万ドルもかかりました。
アメリカでは、MRIの造影剤中のガドリニウムとの因果関係は確定していません。とはいえ、ジーナ以外にもガドリニウム中毒と呼べる患者が存在します。「もし、ガドリニウムが要因で同じ病状になったと確定されなくても、被害者を救済したい」、それが訴訟に踏み切った理由だとチャック・ノリスは公表しました。
ドイツでのガドリニウム被害者の話
ドイツ人のカルステン・ツァーンは、Schwarz Hautkrebs(メラノーマ)の治療のため、15回もMRI検査を受けました。それは15回ガドリニウムを注入するということでした。幸いにして、彼のがん治療は成功しました。ところが、ジーナと同様の症状が現れ、普通の生活を送ることが困難となってしまったのです。
医師から「原因不明」と言われた彼は、ネットで病状を検索していくうちにジーナの件を知り、彼の病因と思われることに初めて辿り着きました。
「もし知らなければ、今でも〝認知症〟のために、引きこもったまま人生を終えることになっていたでしょう」「ゾンビのようになっていました、精神的にも肉体的にも。そこに一縷の望みがでてきました」と、49歳で障碍者年金受給者となった彼は、当時のことを述懐しました。僕と同じように、労働力がゼロになってしまったわけです。
ジーナの件を知ってからは、ネットでガドリニウム被害者を検索して、彼と同じような問題を抱えて訴えている人たちや、支援グループの存在を知りました。そして、Gadolinium deposition diesease(直訳するとガドリニウム堆積病)というアメリカの研究者による病名も発見し、確信を持つようになりました。
毒物学者の手による検査で、彼の尿と血液からかなり高濃度のガドリニウムが検出されました。しかし、「造影剤はコーラを飲むように、飲んだものは体外に排出されるので、無害ですよ」と言う医師の反対意見も聞きました。
ガドリニウムとは?
ガドリニウムは、銀白色の金属。希土類・金属の1種で水溶性、カドミウムのような毒性を持ち、造影剤に使用する際には、体内に残留しないよう、尿として排出しやすいように加工します。
90年代に造影剤の研究をしていたベルリンの研究者は、「すべてが体外排出されるのは事実ではない、と当時の研究から思います」と言い、「一定量のガドリニウムが体内、皮膚、骨、内臓に残ると当時のレポートに記されている」と、インタビューに答えていました。
2006年に、MRIの造影剤は、腎臓に問題のある患者は死に至るような重大な副作用を引き起こすリスクがあると発表され、それ以降は腎臓病患者へは使用不可となりました。
「このときすぐに、どういう濃度でどういう問題を引き起こすかという研究をすべきだったのではないか」と前述の研究者は述べていました。
2016年には、日本の放射線科医からの報告で、健常人でも体内に残留する可能性があり、とくに脳への残留の可能性が指摘されました。
MRI検査を受ける人へのリスク説明
カルステン・ツァーンは、造影剤で使用されているガドリニウムについて、何も知らなかったし、知らされてもいなかった。それ以上に彼が問題に感じることは、彼が症状を訴えても、医師たちは無反応であり、MRI検査後に出た彼の症状との因果関係を否定されることです。
カルステンと同様の経験を持つ看護師は、ウェブ上で彼の病状を告知し、同様の経験を持つ人を募ったところ、200人を超える患者たちと知り合うことになりました。彼らが共通して最大の問題として取り上げていることは、「医者が信じてくれず、話を真剣に聞いてくれない」ということでした。
彼らが感じ思うのは、「医師がわからないことの説明を嫌がり、事実を隠す。だから信じられない」。その結果、余計に医療に不信感を募らせている。
それについて、ドイツ・レントゲン協会のDr.ヘンリック・ミヒャエリー教授は、「ガドリニウムが副作用として体内に残るかの研究を進めてはいる」と話すが、「なぜ、危険性が重視されないのか?」の問いには、「ガドリニウムとの因果関係が明らかではないから、危険性の可能性や濃度に対する注意度が低い」と答えました。
カルステンの治療
カルステンは、金属毒物学者ペーター・イェンリッチのもとに治療に通って、ガドリニウムに吸着して体外に排出する薬剤を、点滴で注入してもらっています。ペーターは、MRI検査後の尿及び血液検査の必要性を説き、それに基づき解毒処置の必要性を訴えています。
カルステンの治療費は、1回125ユーロ。保険適用外なので、障碍者年金で暮らすカルステンにはかなりな負担でしょう。しかし、大きな効果が初回からあり、20回の治療を終えた今では会話や運動もできるようになってきました。しかし、治るまでにあとどのくらいの回数が必要なのか、わかりません。
2種類ある造影剤
ガドリニウムは有害なので、造影剤に使うときには加工しますが、加工の仕方が2種類あります。1つはリニア造影剤に使われる、直線的にガドリニウムの分子にくっつけるシンプルなもの(線状型)。もう1つはマクロサイクリックという大環状にして分子を取り囲む形態のもの(環状型)。
ドイツでは、今はガドリニウムが残りやすい線状型の使用が禁止されていています。しかし、アメリカでは、因果関係が認められていないからと、注意喚起に留まり、現在も使用されているそうです。
環状型の造影剤でも、脳にガドリニウムが残る可能性があると、チャリティ・ベルリン病院放射線科医のマティアス・タウピッツは言います。その対処として、高濃度での使用を禁止、短期間での連続使用の禁止など、使用状況の改善はされてきているとも。
では、「何故ガドリニウムを使用しない造影剤が開発されないのか?」について、彼の意見は、「まずは、開発費が約1億ユーロはかかり、それに見合うだけの大きさのマーケットとなる期待がもてない」と言うことで、企業の事情が大きいようです。
新しい安全な造影剤の発売に期待が持てないのなら、もっと安全で有効な新しい検査機器の出現を待つしかないのかもしれません。
本来なら、使用前にせめて造影剤の危険性の説明だけでもして欲しいと、カルステンのように僕も望むべきなのでしょうが、それによって「万が一の危険」の不安をあおられるのも嫌かも知れないと、いろいろと考えさせられました。(参考資料:Gefährliche Kontrastmittel im MRT“ 04.07.2018 MDR Plusminus)
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