ドイツがん患者REPORT 63 映画から生まれた「モナコ フレンツィ」

文・写真●小西雄三
発行:2020年1月
更新:2020年1月

  

懲りずに夢を見ながら」ロックギタリストを夢みてドイツに渡った青年が生活に追われるうち大腸がんに‥

「モナコ フレンツィ」(Monaco Fränzy)は、自主製作映画『シュムックロス』(Schmuckloss)に登場する架空のバンドでしたが、「映画のプロモーションに併せて作ったら面白いのでは」というわけで、実際に結成されました。

映画の舞台「シュムックロス」という名のパブは、酒は1種類の蒸留酒、食事は1種類の茹でたソーセージ、そして、店内で流れる音楽は1枚のCDで、演奏しているのが「モナコ フレンツィ」。監督の妻で映画にも出演しているボーカルのフレンツィから付けたバンド名ですが、バイエルンに住む中年以上の人ならすぐ「モナコ フランツ」を思い出します。ミュンヘンのレジェント俳優ヘルムート・フィッシャー主演の有名なテレビドラマで、彼の銅像と共に今もバイエルンの人々に親しまれています。

映画のプロモーション用バンド結成

CD「SCHMUCKLOS」。左から僕、デーブ、フランツィー、カティ、ベネ

2019年6月のミュンヘン映画祭に『シュムックロス』の参加が決まって急遽、4月にバンド「モナコ フレンツィ」を作りました。メンバーは、僕のバンド「INCS」(インクス)の4人と知り合いのドラマーの5人で、3カ月で10曲演奏ができるよう練習に入りました。

僕は映画主題歌の作曲、メンバーのカティも挿入歌作りにかかわっていたし、時間がないなら気心の知れた者同士のほうがやり易いと考えてのことでした。ところが、カティを除きロックバンド経験者だからと高を括っていたのですが、どうもうまくいきません。

挿入歌の録音は、映画撮影と同時進行ですでに終わっていました。しかし、途中からプロデューサーがヒットを狙って、全ての録音をやり直すことになってしまいましたが、遅々として進ません。理由は、プロデューサーの作るCDとバンドの練習が同時進行になり、お互いがまったく別々の趣味嗜好で進んでいたからでした。

「INCS」はアコースティック楽器で演奏していますが、ギターのデーブはハードロック一筋。カティは、1人でピアノの弾き語りをするようなシンガーソングライター。かくいう僕も、この10年ロックをやっていないので勘が戻らない上、本来はギター担当。そんなパッチワークのようなバンドですが、細かなところに目をつぶれば、人前で演奏できるようには仕上げることができました。

3度のプロモーションライブ

ミュンヘンには〝トルウッド〟という文化祭りがあります。夏と冬の2回行われる大きなイベントで、多くのバンドが演奏します。そのうちの1つのステージでトルウッド初日に演奏して好評を得ることができました。映画祭を挟んで3度のライブで、世間の注目を引くという目的は達成しました。このために、3カ月間も練習をしてきたのですから。

映画も高評価を得て、バイエルン州内で40館の配給先も決まり、ほっと一安心。僕としては「やり終えた!」という達成感と共に、これで「モナコ フレンツィ」も解散。「映画の封切りに合わせ、バイエルンツアーを各地の映画館でやろう」という話が出ていましたが、本気にはしていませんでした。

4月からバンドの練習を初めて、ラストライブが8月1日。長かったですが、とにかく無事に終わり、僕は休養に入るつもりでした。

まさかのバイエルンツアー

9月に入り、CD用の写真撮影があり、録音も完成。しかし、封切りはバイエルン州の40館という話だったのに、実際にはたった8館だけ。しかも配給先は、宣伝活動を全くしているように見えない。冗談で言っていたバイエルンツアーが、現実化していきました。フランツィーは映画の事務処理だけでなく、ツアーの企画を始め大奮闘。イソップ童話のひばりの親子ではありませんが、他人に頼っているうちは何も起こらず、自分でやる意思と行動を示すときが、何かを起こすときです。

ツアーを行うといっても、僕らのバンドは自前のPA(音響機器)も持っていないし、楽器を運ぶ車もない。みんなの安全を考えれば、僕も今はとても運転できる状態ではない。そんな中、女性たちは音響をプロに頼み、良い音を出したいと言い張ります。そこにコストをかけるなら自前のPAと演奏のレベルを最低限上げることのほうが将来的にも大事と思っていたのですが、体力のなさを実感している僕は目をつぶりました。

フランツィーの頑張りでレーゲンスブルグ、ヴァルドクライブルグ、ミュンヘン、アンスバッハでライブツアーを実現させました。ライブは毎日ではなかったので僕としては大助かり。それでも、12時間の拘束は、他人にはわからない大変さがありました。

当日は朝から食事をとらず、出すものは出し切って、腹痛を抑え下痢を止める薬も最近は効きにくくなっているので、かなりの増量が必要でした。帰宅時間を考慮して、演奏前の服用も演奏に支障があるのを承知で服用しました。食事は帰宅後、午前3時頃になることも。すると食後は明け方まで腹痛に悩まされても、そこで食べておかないと翌日は、次のライブに向けて食事制限をしなくてはいけないので、睡眠を削っても食事をせざるを得ませんでした。

マスコミなどに紹介されバイエルンツアーは成功

ライブで提供した蒸留酒とビールとCD

バイエルンツアーは成功、僕の体調なら大成功と言えるでしょう。レーゲンスブルグは有名とはいえ名画座のようなところ。素晴らしい映画館ですが収容人数があまりにも少ない。70の席に300の予約希望というもったいないことになり、僕の友人も予約できませんでした。

圧巻はミュンヘンでした。地元でもあり、出演した有名俳優のほとんどがプレミアに登場。ミュンヘン市長も来ていました。新聞やテレビをはじめ多くのメディアも協力的でした。それは僕らのバイエルンツアーライブを、各地の地方紙に写真入りで取り上げてくれたことからもわかります。

ミュンヘンでは上映後に、大きな店でライブを行いました。映画の名を冠したラベルをビールに貼って提供、同様にミニ瓶の蒸留酒も500本用意し(僕も記念に持って帰りました)、プレミアに来た俳優や観客の多くがライブを楽しんでくれました。

翌日もライブがありまだダウンするわけにはいかない僕は、早々に引き上げましたが、他のメンバーは相当飲んで騒いだようで、翌日集合したときはみんな二日酔い。残念ながらそういうわけで、最後のライブは、ちょっと手抜きになりました。

その翌日は国営放送地方局バイエルン3の情報番組へ出演。監督とフレンツィのインタビューがあり、バンドは演奏しているふりだけでしたが、映画の紹介に10分提供してくれました。最近になってプロデューサーが力を入れ始め、テレビ出演も彼の持ち込み。「最初からやってくれていたら」というのは僕の嘆きです。

 

国営放送地方局バイエルン3の情報番組で

ツアーが終わってからの体調

「僕はもう老衰の域に達してるんだよ」とよく冗談で言っていたのですが、バイエルンツアーが終わって2週間以上経った今も、体調は思うように回復しません。これまでなら、2〜3日もすれば元に戻ったのですが……。見かけは実年齢通りの50代ですが、長年の抗がん薬治療と毎日の腹痛や下痢のせいで、体力は落ちています。

「体力はなくても、頭は大丈夫」と楽観視していたのですが、今の眠くて起きていられないような体調を笑っていられなくなっています。それでも「早く復調しないかな」と思えているんだから、まだ大丈夫。

今も、発売されたCDの販促のために週1回のライブが続いています。会場が自宅近くなので体への負担は少ないのですが、それでも息が上がって大変です。それがクリスマス前まで続き、2020年はバンドの飛躍を目指そうと、すでにライブの予定が入ってきています。

他のメンバーのモチベーションはライブごとに上がっています。しかし、僕はいつまでみんなと一緒にやれるのだろうか? 僕の現状を考えれば、迷惑をかけない状態での交代ということを視野に入れる必要があります。

最初からわかってはいても残念なこと

フランツィーは10年以上前、ひとりで北のビールフェルドから、住むところの当てさえないままトランク1つでミュンヘンにやってきました。その頃、彼女と出会いましたが、その後すぐ大腸がんが発覚して闘病生活に。彼女は僕を支えてくれた1人、音楽ができるのも彼女のおかげで、心から感謝しています。

彼女は、今までいくつものバンドに参加したりしましたがうまくいきません。僕は、何も助けてあげられない自分が歯がゆくもありました。しかし、今回は、彼女の生涯で最大のチャンス。彼女の夢、バンドのボーカリストとして成功するという夢の実現に、命を削ってでも「恩返しできる機会は今しかない」と決意しました。

彼女が最高の成功を得るときに、一緒にできないことも最初からわかっていたこと。彼女の望む商業的な成功には、僕の体力ではついていけません。

本来ならギター担当の僕がベースを選んだのも、ロックバンドはギターとドラムが変わらない限りバンドの音は変わらないから。「いつ抜けても大丈夫なまでに仕上げたい」というのが、僕の最初からの望みです。残念ながらそれはまだまだですが、メンバーのモチベーションは高く、本気モードになっています。

寂しいことではありますが、フランツィーの飛躍の礎(いしずえ)になれたのなら、少しは恩返しができたと思います。

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