先端医療の現場
超音波を集めて焼く前立腺がんのHIFU治療は、体にやさしい
帝京大学医学部付属病院
泌尿器科准教授の
武藤智さん
手術や放射線などで、排尿障害などの悩ましい副作用が引き起こされる前立腺がんの治療。その副作用が少なく、高いQOL(生活の質)が維持できる治療として期待されているのが、現在承認が待たれているHIFU(高密度焦点式超音波療法)による治療だ。HIFUがどのように効果を上げているのか、その現場を取材した。
前立腺がんの治療室に入れてもらった。室内の穏やかな空気に驚く。低く唸るモーター音こそ聞こえるが、誰もが静止している。全身麻酔で眠っている患者さん。その脇で、腕を組んで見守る担当医。後ろに控える麻酔科医。
医師の隣に小型コンピュータのような液晶ディスプレイを載せた装置があり、そばに技師が立っている。彼もただ画面を見つめているだけだ。
「治療はコンピュータ制御によって行われます」
画面を指さしながら教えてくれた。画面には前立腺付近の超音波画像。超音波が照射された領域を示す赤い網掛けが画像上にゆっくりと広がっていく。装置から伸びるケーブルは、野球のバットを一回り小さくしたような棒に繋がっていて、細くなった先端が患者さんの肛門に挿入されている。治療はその先端から照射される超音波によって行われているという。
技師が囁いた。
「あと15分ほどで終わります。この治療では出血は極わずかですよ」
正常な組織を傷つけずがんだけを焼き殺す
画像検査でおなじみの超音波を使って、がんを焼く治療法が、HIFU(高密度焦点式超音波療法)である。
虫メガネで太陽の光を集めると、光の集まる焦点では紙が発火するほどに熱くなる。同じ原理で、超音波の集まる部分だけを瞬間的に98度まで加熱し、体の他の部分を損傷することなくがん細胞を壊死させる。
HIFUはもともと前立腺肥大症の治療法として開発された技術だったが、10年ほど前から日本やヨーロッパで前立腺がんの治療に転用されて発達してきた。これまでに世界で約2万例が施行されている。日本では2001~2004年にかけて、全国15施設で臨床試験が行われ、2005年に治療装置の輸入元が薬事承認を申請。しかし、承認には至っていない。現在、全国で40施設で実施されているが、本格的な普及は承認を待つことになりそうだ。
副作用の少ない簡便にできる治療法
根治療法と経過観察の間を埋める簡便な治療法――帝京大学医学部付属病院泌尿器科准教授の武藤智さんはHIFUをそう位置づける。
「日本での前立腺がん治療は現在、全摘除術(手術)がゴールドスタンダードです。あるいは、放射線療法。しかしどちらも合併症やQOL(生活の質)を下げるリスクが少なからずあります。一方で、前立腺がんは悪性度が低くて、腫瘍も小さい場合には、“死なないがん”の可能性があり、前立腺がんを抱えながら天寿をまっとうする方は大勢います。そうした高齢の患者さんが、副作用などのリスクを冒して手術や放射線治療を受ける必要があるのか。極めて疑問だと思います」
では、どうすればいいのか。
「欧米では経過観察を選択することが多いのですが、日本人は患者さんもご家族も『治療しなきゃ』という思いがとても強く、無治療という選択がストレスになってしまう。そうしたときに選択肢を与えてくれるのが、簡便に実施できて、副作用の比較的少ないHIFUなのです」。
HIFUで起こる副作用の確率はどの程度か。
「当院は2003年に開始してから100人ほどの患者さんを治療してきました。副作用の確率は、失禁が5パーセント未満、尿道狭窄が15パーセント、尿道直腸瘻が1パーセント。感染症はありません」
尿道直腸瘻は直腸壁に穴が空いて、尿が直腸に漏れてしまう障害だが、尿道にカテーテルを3カ月留置しておくだけで自然に治癒するという。
勃起障害(ED)については、「報告では2、3割と言われています。おそらく根治治療法の中では1番低いでしょう。手術なら神経を温存しても4割、放射線療法は4~5割ですから。ただし、きちんとした報告が少ないので明確なことは言えません。患者さんに高齢者が多いこともあり、当院でも調査していません」
現在、アメリカでは臨床試験の最中だ。
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