精神腫瘍医・清水 研のレジリエンス処方箋

実例紹介シリーズ第2回 がん治療中の父に認知症のような症状が。今後どう対応したらいい?

構成・文●小沢明子
発行:2021年6月
更新:2021年6月

  

がん治療中の父に認知症のような症状が。今後どう対応したらいい?

75歳の父は、進行した肺がんで抗がん薬治療を受けています。元来、父はとてもしっかりしていて、これまでは毎日散歩をかかさず、預貯金の管理なども自分で行っていました。ところが、抗がん薬治療を受けに行った日に高熱を出して、急遽入院になりました。PCR検査は陰性でしたが、肺炎を起こしていることがわかり抗生剤で治療を行いました。

入院してから急に、自宅と病院を間違えたり、いつも歩いている道で「ここはどこだ?」と言ったり明らかに様子がおかしいのです。もしかしたら認知症になったのかもしれないと、父に同じ病院の認知症外来を受診しようかと勧めたのですが、「大丈夫だよ。心配ないから」と言って、聞き入れてくれません。

夜もあまり眠れないらしく、昼間はボーッとしていることが多くなったように感じます。がん治療を優先させて、このまま様子を見ているだけでいいのでしょうか。家族はどう対処したらいいですか。

(50代 女性)

認知症ではなく「せん妄」の可能性が高い

しみず けん 1971年生まれ。精神科医・医学博士。金沢大学卒業後、都立荏原病院で内科研修、国立精神・神経センター武蔵病院、都立豊島病院で一般精神科研究を経て、2003年、国立がんセンター(現・国立がん研究センター)東病院精神腫瘍科レジデント。以降一貫してがん患者およびその家族の診療を担当。2006年、国立がんセンター中央病院精神腫瘍科勤務、同病院精神腫瘍科長を経て、2020年4月よりがん研有明病院腫瘍精神科部長。著書に『人生で本当に大切なこと』(KADOKAWA)『もしも一年後、この世にいないとしたら』(文響社)『がんで不安なあなたに読んでほしい』(ビジネス社)など

高齢者が日時や場所がわからなくなったりすると、「認知症では?」と思いがちですね。ですが、あなたのお父さんは、認知症ではなく「せん妄」である可能性が高いです。

せん妄とは、病気や薬の影響など、なんらかの理由で一時的に意識障害や認知機能の低下が起こる状態のことです。認知症かせん妄かの鑑別は難しいのですが、いくつか特徴的な違いがあります。

まず、一般的な認知症はゆっくりと発症し(月・年の単位)、一過性ではなく継続的な認知力の低下がみられます。一方、せん妄は急に症状が出て(時間・日の単位)、1日の中でも症状が大きく変化します。例えば、昼間はしっかりしていたのに、夜になったら訳のわからない行動をしたりします。

また、せん妄では注意力が低下したり、反応が鈍くなったりする意識障害がよくみられ、眠っていて急に起こされたときのように、ぼんやりしています。認知症では、このような意識の低下はあまりみられず、言葉ははっきりしていて、よくしゃべります。しかし、そのおしゃべりの内容は事実ではなかったりします。

「症状の変動」と「注意力の低下」は、せん妄を見分けるときのポイントです。

せん妄は体の異常が原因となり、それによって脳の機能が影響を受けることで起こります。肺炎のような感染症のほか、脱水症状(熱中症)や栄養障害、がんに伴う疼痛や呼吸困難など、さまざまな体の異常がせん妄を引き起こします。

さらに、睡眠薬や抗不安薬、オピオイド系の鎮痛剤などの薬物の影響によって、せん妄が起こることもあります。

せん妄には、活動が低下するタイプのほか、感情の起伏が激しくなったり、徘徊したり、幻覚や妄想などで活動が活発になるタイプ、1日のうち両方の症状がみられるタイプがあります。患者さんの反応が鈍く自発性が低下するタイプは、「うつ病」と間違えられることも少なくありません。いずれにしても、医師による正しい判断が必要になります。

あなたのお父さんの場合、急に症状が出たことや症状が変動すること、日中ぼんやり過ごしていることなどから推測すると、やはりせん妄が疑われます。お父さんの場合は、肺炎が引き金になったのではないでしょうか。

進行したがん患者さんの約3割にせん妄

せん妄が現れた場合には、まず身体的な問題を取り除く必要があります。なので、急に様子に変化が現れた場合は、担当医と速やかに相談したほうがよいでしょう。

お父さんはすでに診察を受け、肺炎の治療をされていますから、しばらく様子を見てください。認知症は一度発症すると、基本的には認知機能が戻らず、症状が進行していきます。一方、せん妄は一時的で、もとの状態に戻ることができます。お父さんの場合も、肺炎が改善すれば、せん妄が回復する可能性が高いと考えられます。

せん妄では、イライラが強かったり、幻覚が見えたりして日常生活に支障をきたしてしまう場合には、症状を緩和する方法として抗精神薬が有効なときもあります。

患者さんにせん妄がみられると、自分で自分のことが理解できないので、ご家族は対応に苦労されることがあるかもしれないですね。

本人のペースに合わせ、寄り添った対応をすることが必要です。理屈が通らないことを言っても、そのことを否定するとストレスになるのでうまく話を合わせたり、話題を変えたりするとよいでしょう。

また、感情の起伏が大きいので、なるべく機嫌のよいときに病院に行き、せん妄を起こした原因などを評価してもらいましょう。

ただ、せん妄には取り除けるものとそうでないものがあります。がんの場合、進行するほど併発する症状も増えていきますが、せん妄もそのうちのひとつです。

がんの進行に伴い体が衰弱すると、神経もバランスを崩してせん妄が生じます。進行したがん患者さんの約3割にせん妄がみられ、また、脳腫瘍や脳転移がある場合にも起こることがあります。そして、終末期になるとさらにせん妄の割合が増加し、亡くなる直前の数日間はほとんどの患者さんがせん妄になります。病気が進行してせん妄が出現するのは自然な経過であり、お別れが迫っているサインとも理解できます。

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