精神腫瘍医・清水 研のレジリエンス処方箋
実例紹介シリーズ第5回 医療過誤を疑い、いつまでも苦しい
Q 医療過誤を疑い、いつまでも苦しい
私は2年前に29歳で娘を亡くした父親です。娘は6年前、湿疹のように皮膚が赤くなり、皮膚科クリニックでアトピー性皮膚炎と診断されました。
治療を続けていましたが、ひどくなってきたようなので、しっかり検査をするために大学病院を受診するように強く勧めました。そこでもアトピー性皮膚炎との診断で、ひとまず安心しました。
しかし、湿疹が全身に広がり、その後潰瘍のようになってリンパ節も腫れたため、入院となりました。皮膚の生検なども行いましたが、やはりアトピー性皮膚炎の悪化との診断でした。その後、悪化の一途をたどり、苦しんで亡くなりました。
「アトピー性皮膚炎で亡くなった」ことにどうしても納得できず、色々調べた結果、娘の本当の病名は皮膚T細胞リンパ腫で、誤診されたのでは、と考えるようになりました。
病院側と面談を持ち、誤診ではなかったかと問いただしましたが、取り合ってくれず、苦しんで亡くなった娘のことを思うと無念でしかたありません。いつまでもその思いが消えず、医療過誤裁判も考えています。
(59歳 男性)
A 怒りの感情は抑え込まなくていい
ご質問から、あなたの激しい怒りと強い悲しみが伝わってきました。娘さんの病状が実際はどうだったのか? あなたが疑われているとおり誤診だったのか、あるいは適切な医療を受けたうえでの結果だったのかは私にはわかりませんが、少なくともあなたは病院側の落ち度を疑っていて、2年たった今もその思いが消えないのですね。
かけがえのない娘さんの病気の経過、そして病院を相手取って裁判を考えられるようになるいきさつについて書かれた文章を拝見し、あなたの気持ちを想像しました。
娘さんを亡くされたとてつもないやりきれなさと、医療に対する激しい怒りを感じましたし、恐らく娘さんが亡くなった時点から、そのことがご自身の心の大部分を占めているのではないかと想像しました。
ここから先は、あくまでもあなたのこころのケアという視点から、書きますね。
怒りを誰かに話せることが大切
私のところには、どうしようもない悔しさを抱えてたくさんの方が来られます。そのようなときにはまず、怒りの感情を無理に消そうとしり、抑え込んだりしなくてもよいということをお伝えします。怒りという感情は、「自分の大切な領域が理不尽に侵された」、あるいは「こうあってほしいという期待が裏切られた」と感じるときに発動し、自分のこころを守る役割があります。
怒りを感じないように無理に抑え込もうとすることは、自分の大切な領域が侵されることに無抵抗になることと同じであり、結果的に自分が何者かわからなくなってしまいます。
かといって、怒りを暴発させるとさまざまなトラブルに発展して後で後悔することもありますので、まずは傷ついているご自身をいたわりながら、どのようなこと対して理不尽だと思っているのかをしっかり整理できるとよいでしょう。
そのためにどうしたらよいか?
まずは信頼できる誰かにきちんと自分の気持ちを洗いざらい話されるとよいと思います。あなたのこころに積もっていることの大きさを考えると、一度だけでなく、何度も同じことを繰り返して話す必要があるかもしれません。
話を聞いてもらって、自分の想いを相手に理解してもらうことは心が安らぐだけでなく、「自分が何に対して腹をたてているのか」ということを、より詳細かつ具体的に理解することにつながります。
身近に話を聞いてくれる方がいらっしゃらない場合は、遺族会に参加されるのもひとつですし、医療者の助けを受けたり、カウンセリングを利用するのもよいと思います。
感情が少し落ち着き、俯瞰的に状況を振り返ることができたとしたら、その後は「あなたがどうしたいか」という想いに沿って行動されたら良いと思います。
きっとカルテ開示はすでにされていると思います。一般的に医療訴訟は原告にとって簡単なことではないと思いますし、あなたを含めていろんな人が傷つくことになるかもしれません。
しかし、どうしてもあなたの病院に対する疑念が晴れず、何度考えてもそのことに時間をかけていきたいと思われたとすれば、訴訟について検討されていくことを私には止められません。そのことを経て、今のやりきれない気持ちは形を変えていくでしょう。
怒りを手放したいと思われたら
一方で、「もうどうやっても娘は帰ってこないのだから、できれば過去のことにとらわれるのはやめて、これからの人生に進んでいきたい」とういお気持ちもあるかもしれません。
「怒りを手放すこと」は、過去のとらわれている事象から自由になるという積極的な意味もあります。そう思われたのであれば、あなたが取り組む課題は、娘さんとの記憶(今はつらいことばかり思い出されるかもしれませんが、きっと素晴らしい想い出がたくさんあるでしょう)を、医療機関への怒りも含めて、あなたの記憶のタンスにきれいにしまうことです*。
この課題を心理学では「喪の仕事」と言います。
「仕事」というだけに積極的に取り組まなければならないこともありますし、人によってはかなり骨の折れることもあります。亡くなった方とのなれそめ(娘さんが奥さんのおなかに宿ったとき)から、つらい別れに至るまでの物語を何度も語ることになるかもしれません。そして、娘さんが亡くなってから、その先を書き続けることができなくなっているあなたの物語を、再び紡ぎだすのです。
あなたの場合は、そこに至るまでにはかなり困難な道のりがあるような印象を受けましたので、ひとりで取り組むのではなく、もし可能であれば、遺族ケアのためのカウンセリング(グリーフケア)を受けるとよいと思います。
*娘さんとの記憶を忘れることは決してありませんが、つらい記憶に常にとらわれて苦しむのではなく、大切な想い出を取り出したいときに取り出せるようになるということです
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