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- 吉田寿哉のリレーフォーライフ対談
本邦初のチャリティレーベルに10人のプロミュージシャンが参集
音楽、アートを通して白血病患者支援の輪を拡げたい
おおはし ひろし
音楽プロデューサー、サウンドクリエーター、ボランティア活動家として活躍。レイラ・ハサウェイ、イバン・リンス、ジョー・サンプルなど、海外の優れたアーティストたちと育んだ、良質な音楽を生み出すプロデュース・センスは評価が高い。自己のアンビエント・ソロユニット「ハードロマンティック」では8枚のアルバムをリリース、クラシック、ジャズ、ポップスを超越した大人向けの心地よい音楽を提供している。音楽仲間と立ち上げたボランティアグループ「ミュージック・オブ・ザ・ハート」では、病院やこどもたちの施設で無償のコンサートを行っている。日本初の白血病研究基金チャリティレーベル「ヴィタリテ・ミュージック」の総合プロデュースを務める
よしだ としや
1961年北九州市生まれ。84年一橋大学卒業後大手広告会社入社。89年アメリカ国際経営大学院(サンダーバード)でMBA取得。2003年秋に急性骨髄性白血病発病、臍帯血移植を行い、05年6月復職、現在部長。著書に『二人の天使がいのちをくれた』(小学館刊)
全員が同じ方向を向いて楽曲をつくった
吉田 大橋さんは、広告関係を中心にさまざまなジャンルの音楽制作を手がける音楽家でありプロデューサーでもありますよね。その大橋さんが、俳優の田中健さんをはじめとする錚々たる顔ぶれの方々に呼びかけて、ボランティアで白血病研究基金の支援CDを制作なさっています。私自身、白血病患者の1人ですが、あのCDを聞いて、心が癒されると同時に体の奥からエネルギーが湧き上がってくるようにも感じました。しかし、なぜ大橋さんがあのCDをつくられたか、その経緯から聞かせてください。
大橋 直接的なきっかけになったのは、私自身のホスピスでの体験ですね。実は私の母が胆管がんで、何年か前にある大学病院のホスピスに入所したんです。症状は末期段階で話すこともままならない。そんな母に何とか自分の気持ちを伝えたいとコミュニケートの方法を考えたときに、自然に頭に浮かんだのが音楽でした。幸い母は、私が作る音楽を好んでいてくれました。
そこで自分がつくった音楽の中から、癒しにつながるものをピックアップしてCDに編集し、他の患者さんの迷惑にならない程度のボリュームで母親に聞いてもらうことにしたんです。すると、他の患者さんや看護師さんたちが、部屋からかすかに聞こえてくるこの音楽に興味を示し、次第に癒されていったんです。それで私自身が音楽の持つ力を再認識しました。音楽の人を癒し、元気づける力を医療のなかでもっと活用できるんじゃないかと考えはじめたわけです。
吉田 なるほど、よくわかりました。しかし、今回はなぜ、白血病に焦点を当てられたのですか。
大橋 母が他界した後になって、医療の場に音楽を持ち込もうとまず手がけたのが、院内コンサートだったんです。すべてを無償で行うチャリティコンサートです。それで3年前、最初に虎の門病院で開催したのですが、そのときに東京医科歯科大学付属病院の小児科教授の水谷修紀先生がやってこられたんです。それがきっかけで水谷先生と懇意になり、白血病の現状についてもいろいろ教えていただいたんですね。
子どものがんの50パーセントが白血病であること、現在では特効治療と呼べる治療が存在しないこと、そのために生を受けてまだ間もない子どもたちが命を落とすこともあること……。そうして話を聞いているうちに、何とか協力しなくてはと思うようになり、白血病について多くの人に理解してもらいたいと考えるようになったんです。ちなみに、日本白血病研究基金は水谷先生がイギリスで民間で行われている同様の基金を参考に創設されたものです。
吉田 病気の難しさとは別に、抗がん剤治療にしても骨髄移植にしても、白血病は治療も苛酷そのものです。小さな子どもたちがよくあの治療を乗り越えられるものだと、いつも感心させられます。ところで、今回のこのCDでは、10人のプロミュージシャンがそれぞれ曲を持ち寄っているのも特長ですね。
大橋 そのとおりです。私の呼びかけに賛同してくれて参集してくれたミュージシャンには私から白血病の現状について説明し、自分の子どもが白血病になったとき、どんな音楽を聴かせたいか、白血病と闘っている人々やご家族にどんなメッセージを音楽に込めたいかなど、じっくり考えたうえでの曲作りをお願いしています。で、じっさいに話をしてみると、ミュージシャンの方たちの周囲にも白血病を含めたがんで苦しんでいる患者さんや命を落とされている人がいるんですね。
田中健さんの場合はテレビドラマで医師の役を演じたときに、静岡の病院で白血病に苦しむ子どもたちとじっくり話し込んでいます。そうした経験がうまく作用したのでしょう。全員が素晴らしい曲を作ってくれ、演奏してくれました。優しく子どもに語りかけるおとぎ話のような曲もあれば、素晴らしい明日をイメージさせてくれる曲もある。
このCDのタイトルは『ビューティフルギフト』というものですが、『ギフト』という言葉には、贈り物の他に才能という意味もある。私はこのCDはピュアな心を持ったミュージシャンたちの美しい才能の結晶であるとも思っているんです。
吉田 なるほど。1人ひとりのミュージシャンがきちんとテーマ・コンセプトを理解しているからこそ、あれほど全体の完成度が高められているんでしょうね。
院内コンサートでは演奏家も感動する
大橋 これまでにもチャリティの趣旨でつくられたCDは多々あります。しかし、忌憚なくいわせてもらえば、その多くは既存曲の編集ものでしょう。今回のCDは参加したミュージシャン全員が同じ方向を見て、同じ意図で1から曲をつくり演奏しています。これだけコンセプトをしっかり持ったチャリティCDは今までなかったかもしれません。ですから私は、この白血病の研究支援レーベル「ヴィタリテ・ミュージック」を、ずっと継続するつもりで作りました。
だからこそ第1弾のこの作品には持てる力を100パーセント発揮したつもりです。もっとも多くの人に賛同してもらうには、やはりこのCDをヒットさせなければなりません。そのために広告やメディアもうまく活用していきたいとも考えています。その点では吉田さんのお力も借りなければ……(笑)。
吉田 先ほど少し話をされた病院内でのコンサート活動は、どんなふうに進んでいるのでしょう。
大橋 3年前に虎の門病院で初めて開催させてもらった後、水谷先生の協力もあって東京医科歯科大学付属病院でも開催しています。この病院はそれまでにも、小沢征爾さんが合唱団を引き連れてチャリティコンサートを開催していたことでも有名ですね。あの病院にはボランティア実行委員会という素晴らしい組織があって、私のボランティアグループと協力しながら、年に1度大きな院内ロビーコンサートを行っています。
吉田 いいですね。私自身も450日を上回る入院経験があるんですが、病院にいると時間をもてあまして、いろんなことを考えてしまいます。それが、どうしても暗い方向に向かってしまうんですね。治療はうまくいくんだろうか。自分はもう社会に復帰できないんじゃないかと、ネガティブなことばかり考えてしまう。それにがんの場合は抗がん剤治療など、治療そのものも苛酷です。それで入院中はどうしても心が沈んでしまう。
音楽にはその落ち込みから患者を脱却させる力がある。私も携帯用の再生システムを持ち込んで、病室でもヘッドホンで音楽を聴いていましたが、それでどれだけ救われたことか……。それがコンサートになると、患者さんに与える影響も測り知れないでしょうね。とにかく病院内にはエンタテインメントと呼べるものが皆無ですからね。
大橋 患者さんだけじゃありません。院内コンサートでは演奏する側だって感動します。虎の門病院でのコンサートでは、おそらく抗がん剤治療の影響でしょう、髪のない青年が演奏終了後、涙で顔をくしゃくしゃにして握手を求めてきたことがありました。そんな状況に立ち会えれば、ミュージシャンも1人の人間として感動します。そしてその感動によってより大きな力がもたらされるのです。その意味で院内コンサートはミュージシャンにとっても勉強の場でもあるし、また成長の場でもあるんです。
吉田 素晴らしいですね。でも、じっさいにコンサート開催にこぎつけるまでには難しいことも多いんでしょうね。
大橋 意外に思われるかもしれませんが、プロのミュージシャンにはチャリティ・マインドの持ち主が少なくないんです。彼らはずっと自分の力を社会のために生かしたいと願っています。私も25年、この世界で生きていますから、そうした志ある人たちとのネットワークは確保しています。だからミュージシャン集めはそれほど難しくはありません。それより問題は、受け入れ側である病院との交渉ですね。
率直にいって、病院側の担当者には、役人気質というのか、前例がないためにらちがあかないことが多いんですね。じっさい、いい企画を持ち込んでも、いつまでたっても話が進まないので受け入れ側もあきらめてしまうケースも少なくないようです。
吉田 もったいない話ですね。
大橋 本当にそのとおりです。もっとも私の場合は、あの話はどうなっているんですかと、しつこく、せっつきますが……(笑)。そうして100パーセント無償で開催するということを何度も繰り返して、ようやく納得してもらうんです。院内コンサートの前には院内に掲示するポスターも作りますが、それも知人のデザイナーにボランティアでお願いしているほどですからね。
吉田 病院内でいろんな制約があることはわかるんですが……。そうした状況を考えてみると、音楽の持つ力がまだ一般には理解されていないということもあるのかもしれませんね。最近になって『笑い』の効用が、医療現場で評価され、じっさいに治療にも活用されていますね。音楽にも同じことがあてはまるでしょう。医学的な見地からも、がん患者の治療には音楽が必要ということが認められればいいのかもしれませんね。
大橋 がん医療の世界でも音楽療法が研究されていることはされています。しかし、じっさいに研究しているのはまだまだごく一部の病院に限られています。音楽療法を広く認知してもらうためにも、さらに自分の活動の幅を広げていきたいですね。
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