医療の第一歩は患者さんから話を聞くことから始まる

ゲスト:田島知郎 東海大学医学部名誉教授
発行:2007年4月
更新:2013年5月

  

田島知郎さん

たじま ともお
1939年長野県生まれ。慶應義塾大学医学部卒業。米国テュレーン大学留学。米国外科専門医資格取得。1989年東海大学医学部教授となり、現在東海大学東京病院名誉教授。腫瘍外科専攻、乳腺疾患の診断と治療が専門。日本乳癌学会会長ほか要職を歴任

吉田寿哉さん

よしだ としや
1961年北九州市生まれ。84年一橋大学卒業後大手広告会社入社。89年アメリカ国際経営大学院(サンダーバード)でMBA取得。2003年秋に急性骨髄性白血病発病、臍帯血移植を行い、05年6月復職、現在部長。著書に『二人の天使がいのちをくれた』(小学館刊)

医師のベストと患者のベストは違う

吉田 田島先生はアメリカのテュレーン大学に留学され、その後、アメリカの病院で、外科医として、さまざまな病気の治療に取り組まれています。そうしたご経験をもとに、現在の日本の医療のあり方についてご提言を続けておられますね。私自身が白血病患者であるからかもしれませんが、これまでの先生のご発言のなかでも、とくに「医師は患者にとってベストの医療を提供すべきだ」という言葉が印象に残っています。そこで今回は、患者にとってのベストの医療とはどういうものなのか、それを実現するためには現在の医療システムをどう変えていけばいいのか、ということを中心にお聞きしたいと思います。

田島 そのことを実現するには医業の仕組みの見直しを含めた医療界の大改革が必要でしょうね。患者さんにとってベストの医療を提供する、というと、多くの医師は自分が全力で治療にあたることである、と考えるのではないでしょうか。その根っこの部分からして間違っています。その病気の治療について自分より優れた医師がいれば、その医師に患者さんを委ねるほうが、患者さんのためになるのは自明の理でしょう。そんな当たり前のことが日本の医療構造のなかでは否定されているのです。
私はアメリカの病院でインターンから出発し、外科専門医になる修行を受け、いろいろな経験を積んでまいりました。その経験からアメリカの医療システムについては熟知しているつもりです。もちろん、アメリカの医療システムも長所ばかりというわけではありません。
たとえば保険制度が貧弱で、そのために民間の保険会社が幅を利かせており、その保険に加入できない貧困層はなかなかいい医療を受けられないというのはアメリカ医療の影の部分と言っていいでしょう。
しかしアメリカの医療システムには、日本にはない優れた部分がたくさんあるのも事実なのです。私はそうした長所を取り入れて、日本の医療構造の行き詰まりを打開してはどうかと提言しているわけです。

吉田 私の経験で言えば、患者が医師に思っていることを伝えられない。患者と医師の関係で、医師が偉くなってしまったこともその1つかもしれません。

田島 たとえば医療レベルの低下、勤務医と開業医の労働状況の格差、診療科目による医師の偏在など、さまざまな問題が断片的に浮上していますが、これらは根っこの部分で連関しています。もっとも基本的な問題は、日本の医療産業、わが国の医業の仕組みがグローバル・スタンダードでないこと、そのためにあまりに経営重視に傾いていることでしょう。
患者さんにベストということでは、自分よりも腕のいい医師がいるのに、とにかく自分が治療しようとしている。1人の医師としての責任感というものも作用しているでしょうが、患者を手放したくないという経営面に立脚したエゴが潜んでいるような気もしますね。

理想は同じ病院での自由な競争

吉田 アメリカでは、どのようなシステムが機能していますか。

田島 アメリカの医療システムの最大の特長は、病院が原則としてオープンシステムであることです。一般にアメリカの病院は日本のそれよりも大規模で、逆に日本には中小病院が多すぎるということが問題。アメリカのオープンシステムの病院には同じ診療科目で、複数の医師あるいは医師団が入院患者さんの診療のために出入りしているので、自然と切磋琢磨が起こるのです。
これと比較して、日本の病院では1つの診療科の診療は、1つの医師団が部長を中心に担当していますので、そのグループで通用する技量で間に合うのです。ちなみにアメリカでは病院で治療を行っている医師も、基本的には開業医ですが、日本では開業医は病院医療に参加しませんから、日米で大変な違いです。

吉田 と、すると病院というソフト、ハードの両面の機能を持った施設を利用する一種のテナントと見ることもできますね。

田島 おっしゃるとおりです。複数の医師団の間で切磋琢磨され続けている医療が実践されるので、患者さんにとってのベストに、より近い医療ということになるのです。医師は独立した存在で、病院から給料をもらっているわけではありませんから、堂々と自分を主張する。ときには治療をめぐって病院と対立することもあるのですが、その場合、病院経営陣とどうしても相容れなければ、自分の患者さんは別の病院で治療すればよいのです。
そして、そうした優れた技量を持った医師のもとで、若い病院づめのフェローやレジデントが経験を積み、実力を身につけて開業医として巣立っていくわけです。残念ながら日本では、そうしたいい意味での競争システムになっていませんので、医療の標準化が自然に進む形でもありません。

吉田 日本では客観的な能力評価のシステムがないことも原因となっているのではないでしょうか。ビジネスの世界の話ですが、アメリカの場合だと360度評価と言って、上司は、そのまた上の上司はもちろん、同僚からも部下からも評価されることが常識になっています。

田島 日本では、医療界の競争というと患者さんの奪い合いになっているのが実情ですね。実は、これがまた患者さんに大きな弊害をもたらしているんです。


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