鎮痛薬の特性、長所、短所、使い方
がんの「痛み治療」に用いられる鎮痛薬全書
武田文和さん
がんの痛みに対しては、WHO(世界保健機関)方式の治療法が採用され、世界中で大きな成果を上げている。
治療の中心となるのは、モルヒネなどのオピオイド鎮痛薬を用いる薬物療法だ。
がん疼痛治療では、痛みが完全に消えることで、初めて患者の恐怖と不安が解消する。
疼痛治療に使われる鎮痛薬について解説しよう。
がんの痛みは消すことができる
がんになると、その症状として痛みが現れ、患者さんを苦しめることになります。終末期には、痛みが主症状になる人が3分の2以上になります。もっと早い時期のがんでも、3分の1の人に痛みが発生します。
こうした痛みは、適切な治療で取り除くことが可能です。厚生労働省と日本医師会がまとめた『がん緩和ケアに関するマニュアル』にも、「がん患者の痛みは消失させることができる症状であり、消失させるべき症状である」と明記されています。
がん疼痛治療の中心は薬物療法です。適切な薬を選択し、適切な量を、適切な間隔で用いることによって、大多数の患者さんの痛みは消失します。
ところが、長年にわたってがんの疼痛治療に関わってきた武田文和さんによれば、現実には、十分な疼痛治療が行われているとは言えないそうです。
「オピオイド鎮痛薬の使用量からも、それは明らかです。がん患者さんの数から考えると、日本全体の年間消費量が少なすぎる。適切な治療のためには、現在の10倍、少なく見積もっても5倍は必要なはずだと言われています」
痛みの強さに応じた鎮痛薬を選択する
現在、世界中で「WHO方式がん疼痛治療法」が行われています。武田さんは、WHOがん専門家諮問部会委員として、この治療法の作成に携わってきました。
「WHO方式が日本で行われるようになって、もう20年余りになりますが、いまだに根強い誤解があって、十分な治療が行われているとは言えません。がんの痛みに対して薬を処方されている患者さんでも、痛みがきれいに消えているのは4人に1人程度。治療が正しく行われていないケースが多いのですね」
WHO方式がん疼痛治療法では、痛みを3段階に分け、痛みの強さに応じた薬を使うことになっています。使われる薬は、非オピオイド鎮痛薬とオピオイド鎮痛薬。中心となるのはオピオイド鎮痛薬です。これは、神経組織内にあるオピオイド受容体に結合して痛みを和らげる薬の総称です。
「モルヒネなどのオピオイド鎮痛薬は医療用の麻薬ですが、痛みの治療に使うことで、薬物依存になることはないし、幻覚が現れるようなこともありません。しかし、モルヒネを使っていたら廃人になるというような根強い偏見があって、それが疼痛治療の普及を妨げてきました」
効果的にがんの痛みを消すには、痛みの強さに応じた薬を使う必要があります。WHO方式に従って、非オピオイド鎮痛薬、弱オピオイド鎮痛薬、強オピオイド鎮痛薬を適切に使っていくことで、初めて十分な鎮痛効果が得られるのです。
痛みが消えるまで、あるいは有効限界に達するまで増量
軽度の痛みには非オピオイド鎮痛薬が使われます。これは、頭痛や生理痛などにも使われる薬で、長年使われているアスピリンが代表的な薬です。日本で使われている商品だけでも数10種類あります。
がん疼痛治療では、長期にわたって使い続けるので、長期間安全に使える薬が選択されます。WHO方式がん疼痛治療法では、代表薬として、アスピリン、アセトアミノフェン、イブプロフェン、インドメタシンがあげられています。多くの場合、主治医が使い慣れていて、副作用などもよくわかっている薬が選択されるようです。
「これらの薬には有効限界があります。ある量までは、薬の量を増やしただけ効果も増強しますが、ある量を超えると、効果は変わらず、副作用だけが増えていきます。有効限界に達するまでは、痛みが消えるまで薬の量を増やすことが大切です。効果が現れる量は、患者さんによって大きく異なります」
次ページの表の有効限界は、添付文書に記載されている内容ではなく、武田さんの臨床経験やWHOのガイドラインに基づく量になっています。
8割の患者では強オピオイド鎮痛薬の投与が必要
非オピオイド鎮痛薬で十分に痛みが消えない場合は、弱オピオイド鎮痛薬か強オピオイド鎮痛薬を使い始めます。また、中程度の痛みや強い痛みがある場合には、最初からオピオイド鎮痛薬を使います。WHO方式は、段階を踏んで弱い薬から使い始めることを勧めているわけではありません。
「がんの痛みの約8割は、いずれかの時期に強オピオイド鎮痛薬でなければ消えない強さになります。そのような時期になったら、ためらわずに強オピオイド鎮痛薬を使います」
オピオイド鎮痛薬も、痛みを消し去る適量は、人によってまったく異なります。それは、酒に強い人と弱い人がいるのと同じようなものだそうです。
「私の経験では、1日量30ミリグラムまでのモルヒネで痛みが消える患者さんは10パーセント未満です。
1日量60ミリグラムまでの量でも半数未満。モルヒネには有効限界がないので、痛みが消えるまで量を増やします。実際に痛みが消えたときの量を調べてみると、80パーセントが1日量180ミリグラム以下で、90パーセントが1日量240ミリグラム以下でした」
必要に応じて量を増やすといっても、240ミリグラムを超える患者さんはごく少数なのです。
治療薬の剤形にはいろいろな種類があります。しかし、内服できる患者さんなら、飲み薬が理想的です。
「患者さんの生活を考えると、人の手を借りずに投与できるということが、実は非常に重要なのです。それに、人間の体が必要としているものを取り入れる経路として、口からというのは最も自然ですからね」
痛みの治療では、時間を守って薬を使うことも大切だと言います。薬が切れる前に次回分を投与することで、初めて持続的に痛みを消し去ることができるからです。現実には、「食後に服用」などと指示されるケースもあるようですが、これでは駄目だそうです。食事とは関係なく、定められた間隔で投与しなければならないのです。
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