痛みの治療 座・談・会

患者の言葉を聴き、信じ、それに対応していく。それが痛みの治療の原点 患者の痛みに対する理解がまだ足りない

出席者:小川節郎 駿河台日本大学病院病院長
下山直人 国立がんセンター中央病院手術部部長
土橋律子 支えあう会「α」代表
まつばらけい 子宮・卵巣がんのサポートグループあいあい主宰
撮影:大関清貴
発行:2006年12月
更新:2013年9月

  

早期から痛み治療や緩和ケアに取り組むことでがんの治療に前向きになれる

土橋律子さん

つちはし のりこ
1989~1992年に重複がん(子宮体がん・卵巣がん・大腸がん)、2005年に大腸がん。1994年に当事者や周りの人が学びあう”場”として「支えあう会α」を設立。また2001年にフリーランス看護師の道を選び、医療と患者家族の間に橋を架ける活動を開始。著書に『看護婦ががんになって』(日本評論社)

小川節郎さん

おがわ せつろう
昭和47年日本大学医学部卒業、同大学循環器内科学教室入局。49年同大学麻酔科学教室入局。以降、同大学講師、ペインクリニック室長、同大学助教授、同大学麻酔科学講座主任教授を経て、平成14年駿河台日本大学病院病院長就任。JPAP副代表世話人


まつばらけいさん

まつばら けい
フリーライター、子宮がんを体験し、「子宮・卵巣がんのサポートグループあいあい」を発足。2004年、大腸がんの母を看取った体験も持つ。共著書に『子宮・卵巣がんと告げられたとき』(岩波書店)、『なぜ婦人科にかかりにくいの?』(築地書館)など

下山直人さん

しもやま なおひと
昭和57年千葉大学医学部卒業。千葉大学医学部(麻酔学講座)、米国メモリアル・スローン・ケタリングがんセンター、米国コーネル大学医学部薬理学教室、国立がん研究センター中央病院緩和ケア科医長などを経て、平成18年より同院手術部部長。JPAP世話人


気のせいといわれても、痛いものは痛い

編集長 今年5月、国会でがん対策基本法が成立し、疼痛治療や緩和ケアを早期のうちから行うことが盛り込まれました。が、肝心の医療現場は、そのへんの取り組みが遅れているように感じます。そこで、今日は痛みとその治療についてお話をうかがいたく、日本の疼痛治療を代表するお2人の医師と、がんの患者さんを積極的にサポートされている患者会代表のお2人にお集まりいただきました。

まつばら 私は2000年に子宮体がんがわかり、準広汎子宮全摘を受けましたが、術後数カ月、足の裏や太ももなど、メスを入れていない場所が痛み続けたので、担当医に訴えました。でも、原因がわからず、治療も行われず、再発の予兆ではと不安にもおびえました。婦人科がんの患者会の相談活動でも、患者・体験者からの「切った場所から離れたところが痛い」という声はやっぱり多いんですね。
また、抗がん剤で手足に強いしびれが出て医師に訴えたら、「治療法がない、仕方がない」といわれた人もたくさんいます。こうした患者に対して、今の医療は何ができるのかをお聞きしたいです。

小川 現状では、患者さんがそうした痛みを感じていること自体を認識していない医師が、少なくありませんからね。
ただ、こんな例もありました。子宮の手術のあと、足の裏が痛くなり、担当医に訴えたら気のせいだろうといわれたと。そこで、私が痛む場所をさわってみましたが、腰から出ている5~6本の神経の中の1本の領域だけが痛んでいる。そこで、もう1回手術記録を見ると、手術中にその神経を引っ掛けたらしいことがわかりました。医師は患者さんから訴えを聞いたら原点に立ち返り、痛い部分にさわって、神経学的にも痛みを確認すべきだと思います。

下山 術後に残る慢性的な痛みは、今まで臨床での研究があまり行われておらず、治療がむずかしい痛みとされています。が、最近注目されるようになり、私も手術後の神経障害性疼痛をふくめた痛み治療の研究班(厚労省)の主任研究者をさせていただいています。今後改善されてくる可能性は高いと思いますよ。

まつばら 悩んでいる方を先生のところに、いっぱいご紹介できそうです(笑)。

「痛いという訴えを、そのまま信じなさい」

写真:土橋さんとまつばらさん

「患者や家族の側は、医師や医療機関によってこんなにも差があるという認識をしっかりもつことが必要」

土橋 私は以前、大学病院で看護師をしていましたが、患者さんが前向きな気持ちになると体が回復し、痛みも軽くなることを実感し、薬だけではなくこころのサポートやケアによっても痛みは軽くできると考えるようになりました。昨年、4度めのがん(四重がん)を体験し、がん歴も通算18年にもなりますが、自分の体で「実践」しても、その思いは変わりません。
でも、残念ながら、実際の医療現場では、まだまだ患者さんの痛みに対しての理解が足りない気がします。手術直後にリハビリを開始するときも、患者さんによって状況は千差万別なのに、「みんなこの道を通って治ったんですから、大丈夫」と、意外に鈍感ですよね。ですから、さっきのまつばらさんのお話のように、患者さんが痛みを訴えても、「痛いはずがない」なんていう医師がいるのだと思います。

小川 それは痛みに関する本質的なお話ですね。痛みって、本人にしかわからないんです。その人がどう痛いか、どのくらい痛いかは、ほかの人には絶対にわからない。事実、言葉ではたった3文字ですが、痛みの種類や原因はさまざまで、程度もさまざま。私たちは疼痛学について、まだほとんど知らないも同然です。でも、だからこそ、医師が患者さんの痛みを理解できるようにする教育が必要だと思うんです。

下山 医師が患者さんの痛みを自分の都合よく解釈してしまう場合も多いでしょうね。米国での恩師が痛みについて私に最初に教えてくれたのは、「患者さんの言ったことを、そのまま信じろ」ということでした。単純ですが、痛みをとるために、実は一番大切なことではないかと思っています。私たちが現在行っている遺伝子解析で明らかになりつつありますが、痛みの起こり方には個人差があることも重要です。治療の原点は患者さんの言葉を聴き、信じ、それに対応していくことだと思います。

医療用麻薬や疼痛治療の正しい情報発信・収集が必要

まつばら 私の親友のひとりに、卵巣がんで、首都圏のある有名大学病院に入院した女性がいます。脳をはじめ全身に転移して非常に痛がり、本人も家族もモルヒネを使ってくれるよう、繰り返しお願いしたのですが、「まだ早い」と使ってもらえませんでした。見ていた同室の方がおそろしくなって、偶然「あいあい」へ転院の相談をされたくらいの苦しがりようでした。

小川 それは大問題だと思います。私たち緩和ケアに携っている医者からすると、今なおモルヒネを始めとする医療用麻薬を使わない医師がいるのかと奇異に思います。でも、現実には「モルヒネはこわい。中毒になる」と考えている医師が、大部分なんですね。事実、医療用麻薬の消費量もせいぜい微増という状態が今も続いています。
そうした壁を打ち破るには、どうしたらいいでしょうか。ひとつの試みとして、2003年、下山先生や私も呼びかけ人となって、JPAP(ジャパン・パートナーズ・アゲインスト・ペイン)という非営利組織を立ち上げました。がんの痛みのエキスパートは各地にいて、独自の活動をしていますが、それぞれが勝手にあれこれいっていても効果がない。同じ教材や資料を使い、同じ考えで疼痛治療や緩和ケアを実施していこうというのが、組織を立ち上げた動機です。

土橋 会員数は? ドクター以外でも会員になれるのですか?

小川 会員は医師、看護師、薬剤師などの医療従事者で、現在1100人ほどです。患者さんやご家族にも参加していただけるホームページもあり、アクセスしてもらえれば、疼痛治療の情報が得られるようになっています。
まだまだ「モルヒネなんか使うものじゃない」という医師が多いにしても、この組織ができてから、一般診療医の緩和ケアに関する知識は、少しずつ高くなっていると思います。

土橋 それでも、まだ格差は大きいですね。私は准看護師さんが正看護師になるための学校で講師をしていますが、学生さんが勤めている病院の現状を聞くと、緩和ケアや疼痛治療が十分なところは、ほとんどありません。

小川 確かに、モルヒネなどの医療用麻薬を使っていいと知っていても、どう使うかわからない医師は多いと思います。これから講習を行ったり、大学に緩和ケアのクラスを作って充実させる、といった活動が必要だろうと思います。

まつばら でも、今苦しんでいる患者はそれでは間に合わない。ですから、患者や家族の側は、医師や医療機関によってこんなにも格差があるという認識をしっかりもち、どこに行けば望みの治療が受けられるか、情報を集めることも切実に必要です。

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