痛みをなくすレポート(6)患者と医師の信頼関係
めぐろ のりお 1988年大阪大学医学部卒業。同院泌尿器科にて研修。1992年より大阪府立成人病センターに勤務。1993年より同院ターミナルケアを考える委員会のメンバーとなり、2003年より緩和ケアチームの症状緩和担当医となる。専門は泌尿器科腫瘍学。日本泌尿器科学会指導医、日本癌治療学会、日本緩和医療学会会員。大阪がん緩和ネット世話人。 |
泌尿器科医長
緩和ケアチーム医の
目黒則男さん
カウンセリングまでされるのは迷惑です
「忘れられないぐらい大変な患者さんでした」
大阪府立成人病センター泌尿器科医長で緩和ケアチーム(*1)の医師である目黒則男さんがそう振り返るのは、肝臓がんの72歳の粂野宏康さん(仮名)。
粂野さんは、他の病院で肝動脈塞栓術(TAE)を受けていましたが、がんが腰椎に転移し、放射線治療を施行されましたが、痛みが軽快せず、成人病センターへ入院となりました。緩和ケアチームに紹介されたのはその8日後で、そのときの痛みの程度は、ゼロから5までの数字で表すと4~5(*2痛みの強さ)でした。左下肢にしびれと疼痛があり、肛門周囲に圧迫されるような痛みがありました。
目黒さんは、薬の内容や治療の目標などについて約1時間にわたって粂野さんに説明しましたが、粂野さんはこう言われました。
「先生は僕をどうしたいのですか。痛みをとってほしいとはお願いしていません。カウンセリングまでされるのは迷惑です」
粂野さんにしてみれば、何とかしてほしいと思って入院したのに、1週間痛みが改善せず、その上医療用麻薬(オピオイド鎮痛薬)(*3)まで飲まされるとあって、医療不信に陥っていました。他の病院で「麻薬は怖い薬、廃人になる」と誤った説明を受けていました。
職人気質の粂野さんは、「こんな人、世の中にいない」と奥さんが言うほどの頑固もの。いったん思い込んだら、言うことを聞かないという人柄でした。
目黒さんは、来る日も来る日も説明しましたが、粂野さんの態度は変わりませんでした。「薬は飲みたくない。痛みは我慢したほうがよくなる気がする」というばかりでした。
とうとう目黒さんのほうが精神的にまいってしまい、粂野さんの病室へ行くのが辛くなりました。そのとき目黒さんを助けてくれたのは緩和ケアチームのメンバーたち(*4チームワーク)と病棟のスタッフでした。
「先生はがんばってくれたから、後は私たちがサポートしますから、毎日は来なくていいですよ」
こうしてメンバーたちの援助を得ながら、粂野さんにオピオイド鎮痛薬であるオキシコンチン錠(一般名塩酸オキシコドン徐放剤)(*5)が開始になりました。
ある日のこと、
「薬を飲む飲まないは先生が決めるのですか」と、例によって粂野さんはこう詰問してきました。そこで、目黒さんはきっぱりとこう言いました。
「それは違います。薬を飲む飲まないは、粂野さん自身が決めることです。われわれは患者さんの望まない医療はしません」
この説明に納得されたのか、この日を境に、少しずつ目黒さんの言葉に耳を傾けてくるようになりました。
当初1日10ミリグラムから出発したオキシコンチンは少しずつ増量し、80ミリグラムで痛みはほとんどなくなりました。
入院から50日目、粂野さんは痛みがとれて喜んで退院されました。
難治性の痛みをとるには2週間必要
肺がんで腰椎に転移した63歳の鈴木栄美さん(仮名)は典型的な難治性の神経因性疼痛(*6)の症例でした。成人病センターに入院後12日目に、緩和ケアチームに紹介されました。両側の大腿部に強い痛みがあり、横になって寝られず、座って寝るという状態でした。痛みの強さは5の4.5で、すでに主治医からオキシコンチンを処方されていましたが、1日200ミリグラムから増量し、NSAIDs(非ステロイド性消炎鎮痛薬)も併用しました。目黒さんは鈴木さんにこう話しました。
「あなたの痛みをとるのに2週間は必要です」
緩和ケアにとって何より大切なのは、医師と患者さんが信頼関係を築くことです。副作用の吐き気が軽快するのに2週間、痛みそのものも1週間ではとれないことが多く、2週間と説明します。オキシコンチンを増量しても、痛みがすっきりとは改善しないので、目黒さんはWHOの疼痛治療法に沿って鎮痛補助薬も加えました。抗うつ薬、抗けいれん薬、抗不整脈薬を使うと、しびれがなくなり突発痛が消え、さらにNMDA拮抗薬も使いようやく痛みが軽快しました。その後、お風呂に入れるようになり、歩行のリハビリを行えるようになりました。入院50日目に、鈴木さんは晴れて退院となりました。
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