高額な治療も安心して続けられる支援制度への取り組み
「生活実態に見合った治療費負担に!」高額療養費制度を見直してほしい
「血液がん・高額療養費制度の
見直しを提案する連絡会」
の代表を務める
橋本明子さん
健康保険など公的医療保険による治療を受けた際、1カ月の自己負担分が定められた限度額を超えた場合、超えた分が戻ってくるのが「高額療養費」の制度。不況が深刻化する中で、自己負担限度額以内の治療費すら支払えないというがん患者さんが増えており、「生活実態に見合った見直しを」との声が高まっています。
◎文中の事例は個人が特定できないよう、実際とは内容を変更しています
現行では自己負担限度額が月4万円あまり
高額療養費制度は、治療費がかさんだり、入院したときなどに利用されますが、がんの患者さんにも頼りになる制度です。分子標的薬など新しい薬が次々に登場するなかで、治療費も高額になっているからです。しかも、新しい薬の登場で患者さんの生存率は向上しており、治る見込みが出てきてうれしい半面、治療期間も長くなり、家計への負担が重くのしかかってきます。
実際、どれだけの負担になるのでしょうか。
70歳未満でみると、所得階層は「上位所得者」「一般所得者」「低所得者」の3つに区分されます。1番多いのが、月収(基準報酬月額)53万円未満で、住民税非課税の人を除く一般所得者。単身の場合は給与年収ベースで約100万円以上~約790万円まで、3人家族の場合は給与年収ベースで約210万円以上~約790万円までの人です(厚生労働省保険局試算)。
月々の自己負担限度額(以下、限度額)は8万100円で、この額を超える分は返金される仕組み。年に4回以上この制度を利用すれば4回目以降の限度額は4万4400円(これを「多数該当」という)。年間にすれば53万2800円になります。
高額な治療費を一生涯払い続ける場合も
不況が深刻化する今、厳しい生活を余儀なくされているのがこの「一般」に区分されたなかの所得が低い人たち。病気を抱えながら一生懸命働いても、あるいは蓄えを取り崩しても月々4万4400円の治療費が払えなくなり、治療を中断せざるをえない悲劇さえ起こっています。「とくに血液がんの場合、治療が長期にわたるため経済的負担も大きい」と語るのは、血液がん・高額療養費制度の見直しを提案する連絡会代表の橋本明子さんです。
「たとえば、慢性骨髄性白血病は分子標的薬の登場により、9割を超える患者さんに寛解が得られ、普通の生活が送れるようになりました。でも、そのためには価格の高い分子標的薬を一生飲み続けなくてはならず、高額療養費制度を利用しても、簡単に払える金額とはとてもいえません。ほかの血液がんも同様の状況になりつつありますし、血液がんに限らず多くのがんで、生存率の向上による皮肉な結果として、自己負担に苦しむ患者さんがとても増えています」
そこで、現行の高額療養費制度をもっと利用しやすくし、患者さんの負担をできるだけ軽減するよう見直しを求め、09年12月、血液がんの患者団体が集まって「血液がん・高額療養費制度の見直しを提案する連絡会」を発足。厚生労働省の担当者や医療問題を担当する議員に直接話して要望を伝えるなどの働きかけを始めました。
年収300万円までの人がとくに苦しい
橋本さんらが見直しを求めているのは、「社会全体の経済状況が落ち込んでいる現状のなかで、高額療養費制度の自己負担限度額を、せめてもう少し生活実感に近い金額にまで引き下げてほしい」ということです。
なかでも問題にしているのが、あまりにも大まかな対象者の所得区分の仕方です。
「高額療養費制度の対象者は3つに区分され、限度額が設定されていますが、一般所得者に区分された人たちの所得の幅が広すぎる。もう少し細かく区分して、安心して支払える金額に改めてほしい」と橋本さん。たしかに、「一般」に区分された人は、3人家族でみると給与年収ベースで約210万円以上~約790万円までと、大きな違いがあるにもかかわらず、ひとくくりに、限度額が決められています。
「なかでも大変なのは、年収が300万円ぐらいまでの人たちです。この人たちは、治療費を払わなくてもカツカツの生活。それで税金を納めて、何とか頑張って暮らしてきたのに、がん治療にお金が必要になって、つらい思いをしています」
年収300万円というと、地方税など諸経費を除くと月々の収入は20万円足らず。その中から限度額の4万4400円を払い続けるのは大変なことです。
「そもそも高額療養費制度は、病気になった1人ひとりの生活を補てんするためのもの。生活実態に合わない限度額では、国民皆保険を補完する制度として、本末転倒ではないでしょうか」
経済的な不安を訴える声が増えている
橋本さんは、がんと診断された患者さんや家族の悩みに耳を傾ける「がん電話情報センター」の運営にも携わっていますが、最近目立つのが、経済的な悩みを打ち明ける患者さんや家族の声の多さです。
つい最近もこんな電話がありました。慢性骨髄性白血病の21歳の息子をもつ母親からです。
息子さんは月に約33万円(3割負担で約10万円)する分子標的薬グリベック(*)の投与を受けており、支払い額軽減のため病院に「3カ月処方」を認めてもらっていたそうです。
グリベックの場合、投与期限の上限が定められていないので、処方期間を3カ月にすることで患者負担を軽くする方法があります。高額療養費制度は1カ月にかかった治療費が対象ですから、3カ月分をまとめて処方してもらえば、33万円×3カ月分の治療費が1カ月の上限額4万4400円で済むのです。
ところが最近、病院から「3カ月処方をやめることにした」と告げられました。3カ月処方をするためには病院が3カ月分の薬をまとめて購入しなくてはならず、病院の経営が圧迫されるというのです。
母親は橋本さんに訴えました。
「3カ月処方ですら家計には厳しい。高額療養費制度の見直しの話があると聞いていますが、いつ実現しますか? 協力できることがあれば教えてほしい」
*グリベック=一般名イマニチブ
いっそのこと薬を「飲むのをやめようか…」
次のような電話もありました。
「新しい分子標的薬が出たおかげで、最初はああ助かったと思いました。でも、薬を飲み始めて2年をすぎるぐらいから、体調がいいときほど、飲むのをやめてもいいかなと思います。高いお金をただ払い続けているだけのような気がするからです」
寄せられた声を、さらに紹介すると──。
「慢性骨髄性白血病治療のために服用していた分子標的薬を、副作用により休止していたが、昨日、別の分子標的薬を処方された。来週また外来診療があるが、払うお金もなく、副作用も怖いので服用していない。生活保護を申請したが、親と同居しているため通らないだろうとのこと。病院のソーシャルワーカーからも支払いを待つのは厳しいといわれた。クレジットカードで借金もしている。どうしたらいいのか」(40代・女性)
「夫が大腸がんになり、抗がん剤で2~3年は延命できるといわれ、治療をはじめて1年4カ月。夫の退職後、私の月給8万円と貯金で毎月約4万円の治療費をどうにか払っているが、いつまで続くのか。土地を売ることも考えているが、経済的な不安を患者本人にとても相談できず、子どもにもいえない。夫が亡くなったあとの自分の生活も心配だ」(年齢不明・女性)
民間基金での実践を通して政策提言
厚生労働省などに負担軽減のための制度見直しを訴える一方、橋本さんは、慢性骨髄性白血病など3疾患の治療費を助成する民間基金「つばさ支援基金」をスタートさせています。
高額療養費の限度額である月々4万4400円の支払いに困難が生じている成人が対象。企業などからの寄付金でまかなわれているため財源には限りがありますが、現在のところ、治療費(4万4400円)が月々の収入の20パーセントに達している年収168万円以下の人、また、高校生までの子どものいる家庭の両親どちらかが患者、という人に月2万円の治療費を助成しています。
このつばさ支援基金の活動は、高額療養費制度の見直しが進まないなかで、民間の側から「こういう支援の方法もありますよ」と具体的に示すものであり、国や社会への政策提言の新しい方法としても注目されています。
「高額療養費制度の見直しが実現して、とりあえず年収300万円以下の人たちの救済ができれば、つばさ支援基金は年収の少し高い人や家庭へと助成対象を見直し、本基金の経験則を提供するなど、社会(国)との連携もはかっていきたいです。
助成対象をがん全体に広げて、製薬・一般企業が純利益の例えば1パーセントを持ち寄り、社会全体で支援するのもよい方法だと思っています」
橋本さんらの訴えを受けて、厚生労働省は現在、一般所得者の年収300万円以下の層への限度額の見直し、および年間の負担上限額を37万8000円にするなどを検討しています。
課題はその財源をどうするかです。経済的理由から治療を断念するなどというのは、本来あってはならないことです。ほかの支出を削ってでも財源確保に努めるべきであり、国による速やかな見直しが急務となっています。
血液がん・高額療養費制度の見直しを提案する連絡会
代表: NPO法人血液情報広場・つばさ代表・橋本明子
参加団体: 日本骨髄腫連絡会、慢性骨髄性白血病患者・家族連絡会いずみの会、骨髄異形成症候群連絡会
連絡先: 03-3207-8503 (月~金 12時~17時)