がん患者と市民の連帯に向けて「リレー・フォー・ライフ」の輪を広げ続ける

取材・文:常蔭純一
発行:2007年12月
更新:2013年4月

  
写真:「チームリレー」関東から参加の「癌でもいいじゃん♪」チーム
「チームリレー」関東から参加の「癌でもいいじゃん♪」チーム

「癌でもいいじゃん♪」

「結び合う心」

陸上競技場のトラックでは、何100名ものがん患者さんがチーム名が大書されたフラッグを掲げ、まるでパレードを楽しむように歩き続けていた。そして、その周囲では、地域の人たちが彼らに温かな声援を送っている――。

その日の午後1時に開始されたその催しは夜を徹して続けられ、翌日の同じ時間まで繰り広げられた――。

大盛況を見せた芦屋での大会

写真:三浦秀昭さん

がん患者支援プロジェクト代表の
三浦秀昭さん

2007年9月15、16日、兵庫県の芦屋市総合公園で、これまで日本ではほとんど例のないイベントが開催された。

「リレー・フォー・ライフ」(主催 リレー・フォー・ライフ関西実行委員会、財団法人日本対がん協会)――。がん患者やその家族たちが地域の人たちとともに、がん制圧のために、自らが主体的に行動することの大切さを訴えるイベントだ。1980年代にアメリカで誕生し、アメリカではすでに開催回数4000を数え、日本を含め世界23カ国で催されている。芦屋市で行われたのは、その日本での第2回目の大会である。ちなみに第1回目は前年、つくば市で行われている。

芦屋市で行われたこの大会は地域の一般市民はもちろん、自治体や地元商工会、さらに自衛隊にまで、支援、協力の輪が広がり、参加者は延べ約4000名にまで達する盛り上がりを見せた。

この大会が催されているさなか、会場の片隅で1人、感慨に浸っている人物がいた。日本対がん協会に開催を働きかけ、実行委員会のリーダーとして働いた、いわば「リレー・フォー・ライフ」開催の「仕掛け人」ともいうべき三浦秀昭さんである。三浦さんはこのイベントの意義をこう語る。

写真:「絵本読み聞かせ」スタッフによる絵本の読み聞かせブース

「絵本読み聞かせ」スタッフによる絵本の読み聞かせブース、子供たちに命の尊さを語る

写真:「ステージイベント」さまざまなステージが目白押し

「ステージイベント」さまざまなステージが目白押し

「これまで患者やその家族は医療者や行政担当者に提言やお願いを申し伝えるだけだった。しかし、それだけではがん患者をめぐる環境は本質的には変わらない。改革を実現するには、何よりがん患者や家族が自ら行動を起こし、現在はがんとは縁のない一般の人たちと連帯していく必要がある。リレー・フォー・ライフはそうした行動するがん患者の象徴と私は捉えているのです」

つけ加えると夜を徹して歩くのは24時間、活動を続けているがん細胞と戦う意思表示とともに、どんなに苛酷な状況にあっても、必ず夜明けが訪れることを伝えたいと願ってのことという。

もっともさまざまな制約から24時間のイベント継続は困難をきわめる。今回、それが実現したのは、芦屋という地域性が幸いしているという。

「大震災の経験によるものでしょう。神戸、芦屋の人たちは高いボランティア意識を持っている。だからこそ市民パワーが大きなうねりとなって、自治体をも巻き込んでの24時間イベントが可能になったのです」

そう語る三浦さん自身も、かつて死の淵に立たされたサバイバーの1人である。

その三浦さんが「リレー・フォー・ライフ」の日本開催を思い立ったのは一昨年5月、大阪で開催された「がん患者大集会」に参加したときのことである。以来、現在に至るまで三浦さんの胸中には、どんな思いが膨らみ続けているのだろうか。まずは発がんから現在にいたる足跡をたどってみよう。

生きるために“行動する患者”に

三浦さんが妻や両親とともにがん告知を受けたのは、03年4月のことである。

当時、三浦さんは大手信販会社に在籍する猛烈サラリーマンだった。同僚の1人が結核を患い、感染を危惧した三浦さんが会社の成人病検診を受けると、胸部のレントゲン写真に不吉な影が写っていた。その後CT検査や内視鏡検査で、その影は縦隔リンパ節に転移したステージ3Bの肺腺がんであることが確 認される。

シスプラチン(商品名ブリプラチンもしくはランダ)とビノレルビンによる抗がん剤治療、その後に行われた放射線治療が功を奏し、三浦さんの症状は完全寛解に至る。しかし仕事に復帰して3カ月が経過した翌年5月、恐れていた再度の転移が発覚する。それが三浦さんの闘病の転機となった。

「医師の言葉にひたすら従う模範的患者だったのにがんが再発した。そのことでうつ状態にもなったし、医師への不信感も頭をもたげました。そんなときに会社で先輩から教えられた言葉が頭をよぎりました。オレのいうことだけを聞くな、何人もの話を聞いたうえで、自分で自分に合った仕事の方法を考えろ、とその先輩はいっていた。がんとの戦いも同じではないか、そう思って、自分で治療法についても勉強することにしたのです」

それからの三浦さんは、自ら治療法を医師に提案、バトルともいうべき激しい議論を繰り返し、お互いが納得づくで治療を進めていった。じっさい昨年6月、脳への転移が発見されたときには、未だエビデンスが確立されていない免疫細胞療法による治療を決意。クリニックの医師とともに二の足を踏む病院主治医を説得しているのである。 過酷な闘病体験は、その時点で三浦さんを“行動するがん患者”に変えていたわけだ。

大集会への参加が人生を変えた

その三浦さんの新たな人生の出発点になったのが、05年3月、聴衆の1人として参加した「がん患者大集会」だった。

そのときにはすでに会社を退職、やはり肺がんで没した実父の会社を引き継ぎ、最愛の2人の娘も独立していた。過酷ながんとの戦いに加え、そうした状況変化も相まって、三浦さんの心境には大きな変化が訪れていた。

「がんを経験することで、命に限界があることを教えられました。そのときに自らの人生を振り返り、これからは人のために生きようと考えました」

その頃、三浦さんは自らの闘病記をブログで公開しているが、それも同じ思いによるものだ。その三浦さんが集会のシンポジウムの席で紹介された、アメリカでの「リレー・フォー・ライフ」の映像に衝撃を受ける。

「患者が自ら行動し、一般の人たちとの間で連帯を築いている。これこそが自分が思い描いているがん患者の理想像だと思った。これこそが自分のやるべき仕事だと直感しました」

あたかもその大集会では、(1)海外医薬品の早期承認(2)がん医療の地域格差の是正(3)正しいがん情報入手ルートの確立、という3つの問題がテーマとして取り上げられていた。三浦さんはこれらの問題をクリアーするためにも、「リレー・フォー・ライフ」の開催が不可欠だと考えたという。

「大集会の目的は患者の力を結集して行政や医療機関に提言し働きかけていくことにある。でも、それだけではなく自分たちで行動して、草の根のレベルからがんに対する意識を変えていくことも大切だと思った。一般の人たちにがんに対する認識を改めてもらうことが、行政や医療を変革する力になるのではないか。その意味でリレー・フォー・ライフは大集会とともにがん患者をめぐる状況を変革するための車の両輪の役割を担うものだと考えました」

がんを当たり前の病気として理解してほしい

それから2年半あまり――。

三浦さんたち患者側の働きかけもあってのことだろう。がん患者をめぐる環境は徐々にではあるが、着実に変化を遂げ続けている。今年の4月には、がん対策基本法が施行され、がん患者の念願だった「患者主体のがん医療」も、実現の方向に向かい始めている。

そんななかで三浦さんの活動範囲は急激に広がり続けるばかりだ。

週2日は東京、早稲田大学構内の一室を借りてがん患者さんの電話相談に応じ、自らが理事を務めるCanps(がん患者団体支援機構)ネットでは携帯電話によるカウンセリングも手がけている。さらにこの10月からは、東京都の委託を受け、がん患者さん同士がさまざまな問題について語り合うピア・カウンセリング事業にも参加、現在は都立駒込病院、武蔵野赤十字病院の2施設で相談にあたる25名のカウンセラーの1人として動きだしてもいる。ちなみに東京都ががんに関連したカウンセリング事業を手がけるのは、これが初めての試みだ。

もっとも、そうした多忙な日々のなかでも、「リレー・フォー・ライフ」に賭ける熱意は変わることがない。

「がん対策基本法が施行され、がん患者をめぐる環境にも変化が出てきました。しかし、もっとも本質的な意識面はあまり変わっていないように思えてなりません。今は日本人の3人に1人ががんになる時代です。にもかかわらず、まだ、がんは特別な病気だと考えられている。一般の人たちにがんは当たり前の病気であることを理解してもらいたい。そして、がんになっても心配しないでいられる社会をつくりたい。そのためにもっともっとリレー・フォー・ライフの輪を広げていかなければ……。一般の人たちと連帯することで、世の中のしくみを変えていければと思っているのです」

芦屋での大会の反響の大きさによるものだろう。すでに札幌、仙台、鹿児島、千葉など10数都市の患者グループが、「リレー・フォー・ライフ」開催の名乗りを上げているという。

これまで脳転移した肺がん患者さんが長期生存を果たした例は皆無だ。奇跡とも思えるサバイブを果たしながら、三浦さんの夢はさらに膨らみ続ける。


がん経験者によるピアカウンセリング相談窓口

●東部ピアカウンセリングセンター
都立駒込病院内(文京区駒込3-18-22)
火・金曜日(13:00~16:00まで、年末年始、祝日を除く) 03-3823-2536

●西部ピアカウンセリングセンター
武蔵野赤十字病院内(武蔵野市境南町1-26-1)
月・水曜日(10:00~15:00まで、年末年始、祝日を除く) 0422-32-3282

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