自分たちの命は自分たちの手で守り、世の中をよりよい方向に変えていく
患者の権利を認め、広めていくアドボカシー運動

取材・文:町口充
発行:2006年8月
更新:2013年4月

  

患者中心の医療の実現へ

写真:中澤幾子さん

アドボカシーの活動について語るイデアフォー世話人の1人、中澤幾子さん

同会の活動目的は、(1) インフォームド・コンセントの推進、(2) 医療情報の収集と提供、(3) 乳房温存療法に関する情報の収集と提供だが、これらの活動目的の根本にあるのはアドボカシーの理念にほかならない。同会の世話人の1人、中澤幾子さんは次のように語っている。

「アドボカシーとは、(1) 人間としての権利を認め、(2) その権利を社会に伝える努力をし、(3) それにより社会を変える、という一連の運動で、患者サポートとともにイデアフォーの活動の両輪といえます」

アドボカシーという英語自体は別に耳新しい言葉ではなく、昔からある。英語の辞書には「(主義・主張などの)擁護・弁護・支持、唱道」などとあり、「アドボカシー・ジャーナリズム」といえば「告発ジャーナリズム」とか「擁護報道」、「アドボカシー・アドバタイジング」は「主張広告」などと訳される。また、「擁護する、弁護する、主張する=擁護する人、弁護する人、主張する人」をアドボケイト(advocate)という。

しかし、アメリカでアドボカシーがとくに強調されるようになったのは1960年代以降といわれ、企業の不正義を許さず、消費者の権利を主張する消費者運動の高まりの中で、アドボカシーの運動が広がっていった。また、環境アドボカシーも60年代のアメリカで始まったといわれる。都市再開発を理由とした公共事業によって立ち退きを余儀なくされた黒人やマイノリティーたちの権利擁護のため、アドボカシー運動が行われたという。

アドボカシーには「政策提言」の意味もあり、たとえば「図書館アドボカシー」という場合、図書館運営に大きな影響力を持つ政府や自治体、議員、あるいは広く社会に対し、図書館をよりよくするために図書館員を始め図書館関係者が行う提言や問題提起などの取り組み、と説明される。

医療の分野では、「患者中心の医療」の観点から、当然守られるべき患者の権利を擁護する一連の取り組みをいう。しかも、単に「守る」というだけでなく、さらに前向きで創造的な意味合いが込められているのがアドボカシーの理念だ。

本来、医療の主体となるのは患者自身である。そのことを実現させるためには、従来のような専門家主導で、「医者にすべておまかせ」ではなく、患者自身が、自分たちの命を自分たちで守るため、互いに協力し合い、コミュニケーションをとって、自分たちの力で世の中をよりよい方向に変えていく――これこそが、イデアフォーがめざしているアドボカシーだと中澤さんは強調する。

私のことは私が決めたい

写真:ミニ講演会「どうなる?がん治療薬-未承認薬問題を考える」

ミニ講演会「どうなる?がん治療薬-未承認薬問題を考える」(2006年6月4日)にて

写真:イデアフォー総会「もっと知りたい緩和ケア」

イデアフォー総会「もっと知りたい緩和ケア」(2005年10月29日)にて

中澤さんがイデアフォーに加わるようになったきっかけも、自身ががんにかかったとき、一方的に手術を押しつけようとする心ない医療に遭遇し、その怒りからであった。

93年7月、左胸にしこりを感じ、「もしかして、がんでは」と近所にある大きな病院を受診した。マンモグラフィなどの検査は別の日にやることになったが、医者は触っただけで、「あなたのはかなり大きいので、おそらく乳房を取ることになります」と断言した。落ち込んだ気持ちのまま、病院からの帰り道、書店で本を探したが、乳がんについて書かれた本はほとんどない。次第に、中澤さんは憤りを覚えた。

「確認もしないうちに、あなたの場合は残せませんよ、といい切った医者に、だんだんハラが立ってきたんです。医者は取るしかないというけど、本当に残せないのかどうか、確認しないと手術を受ける気になんてとてもならない。といって、どこで温存治療をやっているかわからないし、どこに行ったらいいかわからない、と不安に思っているとき、偶然、知ったのがイデアフォーでした」

自宅で、たまたま買ってあった雑誌を手にすると、「乳房温存療法」の見出しが目に飛び込んだ。イデアフォーが取材を受けた記事だった。

雑誌に書かれてあったイデアフォーの連絡先に電話すると、乳房温存療法についての患者の体験談をまとめた本が出版されているので読みなさい、と勧められ、貪り読んだという。

そこで知ったのが、当時、乳房温存療法を行う数少ない医者で、『患者よ、がんと闘うな』の著書でも知られる慶應義塾大学放射線科講師の近藤誠さんである。近藤さんは温存療法を第1に考える医者であり、受診するには紹介も要らない、予約も要らない、というので、すぐに診察を受け、結局、中澤さんは乳房を取られずにすんだ。

「最初の医者がとても感じのいい医者だったら、もしかしたら、いわれるままに手術を受けたかもしれません。でも、何で医者からこんなこといわれなけりゃいけないのっていう、いわゆるムカついた気持ちがあったので、『あんたのところでは治療を受けないぞ』と思ったのが、逆に幸いしましたね。一番嫌だったのは、残す方法もあるけどあなたの場合はできません、といわれたこと。一方的に人に決められるのが嫌いなので、私が自分で決めるべきことを、何であなたが決めるの、と思いました」

その思いこそ、実はアドボカシーの原点なのではないか。

患者の視点で臨床試験の勉強

写真:「乳がん治療に関する病院アンケート」と『患者が学ぶ臨床試験』

多くの人に情報を伝えることもアドボカシーの1つ。調査活動も盛ん

イデアフォーが活動の基本の1つとしているインフォームド・コンセントの推進というのも、アドボカシーの運動そのものといえる。

患者には知る権利があり、自分のことは自分で決めるという自己決定権がある。これらの権利に基づいて、病状や治療法について十分な説明を受け、患者自身が納得して治療法を選ぶ――これがインフォームド・コンセントである。また、患者が納得して治療法を選択するためには、正確な医療情報へのアクセスが必要だ。そこでイデアフォーでは、国や医療機関・医者に対して情報公開を求めるとともに、さまざまな医療情報を収集し、多くのがん患者や家族、一般の人々に知らせる活動もしている。

自分たちの命を守るための権利を主張するには、自分たちで情報を持ち、伝え合うことが大事だと、イデアフォーが発足当初から取り組んでいるのが乳がん治療状況についての調査活動だ。04年には、03年1月~12月の乳がん治療状況を調査した「乳がん治療に関する病院アンケート」の結果をまとめた。

同様の調査は98年にも実施しており、このときの乳房温存療法の普及は36パーセントだったが、今回の調査では53パーセントと、初めて過半数を超えた。80年代末当時、温存療法の普及率は5パーセント以下でしかなかったのが、10数年の時を経て、ようやく乳がん治療の主流になったことが確認されたのである。

今回の調査対象は383施設で、回答があったのは171施設(回答率44.7パーセント)。回答した施設の03年新規患者総数は1万6427人で、これは年間3万5000人といわれる乳がんの罹患者数のおよそ47パーセントに当たるという。

報告書には、回答施設ごとの新患総数やその内訳、治療実績、治療方針などが詳しく紹介されていて、病院や治療法の選択に大いに役立つ内容となっている。

また、抗がん剤の効果や安全性に関して意見をいうにも、臨床試験の知識がなければ話ができない。それなら、自分たち自身が勉強しよう、と臨床試験のワークショップやセミナーを開いたりしているのも、イデアフォーならではの活動といえよう。その成果は、『患者が学ぶ臨床試験』(サイエンティスト社)という本にまとめられている。

ほかにも、01年、「都立病院の患者権利章典」が発表された際は、患者の声を反映した、よりよい章典に改訂してほしいと要望書を提出したし、厚生労働省に対する働きかけも積極的に行っている。これもアドボカシーの大切な取り組みといえる。


イデアフォーの連絡先
電話・FAX 03-3682-7906
ホームページ

同じカテゴリーの最新記事

  • 会員ログイン
  • 新規会員登録

全記事サーチ   

キーワード
記事カテゴリー
  

注目の記事一覧

がんサポート4月 掲載記事更新!