凄腕の医療人

前立腺がん治療の常識を覆した小線源療法の先駆者

取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2013年7月
更新:2013年10月

  

斉藤史郎 国立病院機構東京医療センター泌尿器科医長
さいとう しろう 1982年慶應義塾大学医学部卒業。1984年同大学医学部助手。1986年琉球大学医学部助手。1987年慶應義塾大学医学部助手、泌尿器科チーフレジデント。88年立川共済病院医員。1992年米国メモリアルスローンケタリングがんセンター研究員。1995年慶應義塾大学医学部助手。1997年慶應義塾大学医学部講師。同年国立病院機構東京医療センター泌尿器科医長、同年、前立腺がんの小線源療法に取り掛かる。現在同院外来診療部長、東京医療保険大学大学院臨床教授、慶應義塾大学医学部非常勤講師、琉球大学医学部非常勤講師兼任


草創期から前立腺がんの小線源療法に注目し、その普及に努めてきたのが、国立病院機構東京医療センター泌尿器科医長の斉藤史郎さんだ。「小線源療法は、低リスクから高リスクまで、限局性前立腺がんの治療法として確立しつつあります」と語っている。

退院は翌々日に

この日、小線源療法を受けるのは、62歳のAさんだ。

最近PSAが5.7まで上昇し、生検の結果、前立腺内にがんが確認された。その後の検査でがんは、グリソンスコア3+3=6、T2b期で、リンパ節転移、遠隔転移はなく前立腺内に限局したものと診断され、ご本人がよく考えた末、小線源療法を受けることになった。

小線源療法は、ヨウ素125というアイソトープが密封された小さなカプセル(シード線源、長さ4.5mm、直径0.8mm)をいくつも前立腺内に挿入し、内部からがんに放射線を照射する方法だ。手術に比べて尿失禁などの合併症の危険が低く、入院期間も短かくてすむのが利点。

腰椎麻酔をしたAさんは手術室のベッドに仰向けになり午前10時半に治療開始。両足を上げた状態で治療は行われる。会陰部から前立腺に針を刺すため、会陰部の前にはテンプレートという照準器のような板が置かれている。その穴を基準に会陰部から前立腺に長い針を刺していく。

直腸には超音波の端子が挿入され、ベッドサイドのモニター画面に前立腺の全容が写し出されている。超音波画像をコンピュータに取り込み、放射線科の医師が線量を計算して小線源の配置を設計していく。すでに基本的な設計はできているが、これを前立腺の状態を見ながら確認していくのである。

この作業が終了すると、斉藤さんが設計に従って前立腺に中空の針を刺していく。この針を通して目的の位置に小線源を挿入するのだ。Aさんの場合、前立腺が小さいので前立腺内の外側部分に14本の針を刺入。

針の位置を微調整して、小線源が挿入される。「スモールCの2です。4つ連続」、「少し深めに」、「間にスペーサー(線源と線源のスペースを保つもの)を1つ入れてください」。放射線科医師がモニターに映し出された前立腺を見ながら細かい指示を出す。ラージCやスモールCのアルファベットや数字は、テンプレートに示された針を刺す位置のことだ。

指示に従って、斉藤さんが小線源とスペーサーを連結させてアプリケータ(小線源を留置するための機器)に入れ、前立腺に挿入していく。この日は、小線源とスペーサーを連結する新しい機器が使われていた。

斉藤さんによると「小線源は、1個づつ入れるとずれたり、血管から肺に流れたりすることがあるのですが、ブロックのようにつなげて挿入すると動きづらい」のだそうだ。

外側が終わると、前立腺の内側に7本の針を刺し、前立腺の被膜ぎりぎりに2本の針を追加した。ここにも、計算に従って小線源を挿入する。

「尿道と直腸に放射線が当たりすぎないように、前立腺の奥と手前に小線源を配置します。そうすると、前立腺の中央には小線源が入っていない状態なので、尿道の線量が低くなり、尿道での副作用が減らせるのです」

こうして11時45分、小線源の留置が終了した。人によって異なるが、だいたい50~100個ぐらいの小線源を挿入する。Aさんはこの日68個の線源が留置された。翌日には尿道に留置した管も抜け、その次の日には退院できる。留置された小線源から放出される放射線は徐々に減少し、1年ぐらいで消滅するそうだ。

 PSA=前立腺特異抗原 グリソンスコア=前立腺がんの診断に使われる組織学的悪性度

初めは一時的留置から

小線源療法は放射線科医師とともに行われる

小線源療法は、今では日本全国で行われているが、斉藤さんが小線源療法を始めたのは1997年。まだ、日本では前立腺がんの根治療法といえば手術という時代のこと。

すでに米国では、ヨウ素125を使った小線源療法が行われ、治療成績も出ていた。斉藤さんが東京医療センターに赴任したのも、日本の小線源療法の第一人者である土器屋卓志さんが放射線科の医長を勤めていたからだ。

「土器屋先生は、口腔がんの治療にイリジウムを使っていたので、前立腺がんでも同様に小線源療法ができるのではないかと思ったのです」と斉藤さんは語る。こうして東京医療センターに赴任した年、前立腺がんの小線源療法が始まったのである。

当時日本で行われたのは高線量のイリジウムという線源を一時的に前立腺内に留置する方法。すでに米国ではヨウ素125を密封した線源を前立腺内に永久留置する小線源療法が行われていた。これだと、低線量の放射線を長期間照射できるので、合併症のリスクもより低く、治療時間も約1時間と短い。

ただ、日本では線源を留置した人が一般人と接することを認める法がなく、行うことができなかった。しかし「どうしてもヨウ素125の小線源療法を受けたい人は米国で永久留置を受け、日本国内を歩き回っている状況でした」と斉藤さんは語る。斉藤さんたちはワーキンググループを結成して研究を進め、ガイドラインを作成した後、5年かかって認可を得た。

こうして2003年9月、日本初のヨウ素125シード線源永久留置による小線源療法が東京医療センターで行われたのである。「今では、全国で年間3000例行われ、2012年末には小線源療法を受けた患者さんは2万5000例に達した」という。全国では116施設、大学病院の8割近くで小線源療法が行われているそうだ。

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