診断技術の向上が治療の向上につながる AIで腫瘍性血液疾患の鑑別に成功
近年、様々な薬物療法の出現により、生命予後が格段によくなった造血器腫瘍(血液がん)。これらの治療の恩恵を受けるためには、迅速で的確な診断を受けることが大切だ。しかし、現状では、正しい診断を下す専門医は多忙を極める。そのため、AI(Artificial Intelligence:人工知能)による診断の模索が始まっている。
『AI血液細胞自動分析システムによる腫瘍性血液疾患の鑑別』に成功した順天堂大学大学院医学研究科輸血・幹細胞制御学/次世代血液検査医学講座特任教授の大坂顯通さんにその概要を伺った。
末梢血検査のみでの正確な診断が理想
血液がんは、固形がんと異なって特殊である。全身へ流れる血液のがんであるという性質上、発見された時には、遠隔転移をしたような状態になっていると言え、治療は全身治療となる。薬物療法のみならず、造血幹細胞移植など、自(おの)ずと大掛かりなものになってしまう。
ただし、血液がんは、あらゆるがん種の中で、最も研究が進んでおり、治療の選択肢が増えてきた疾患でもある。血液は研究材料として、がん細胞のように手術で採取する必要がなく、採血で手軽に採取できるためだ。
「血液がんの研究は進み、治療薬も次々に生み出されてきたため、疾患の種類によっては、血液がんは生命予後の良いがんになってきました。しかし、患者さんがその恩恵を受けるためには、血液内科医による正しい診断を受けなければなりません。
とはいうものの、日常的に臨床に携わる血液内科医は超多忙を極め、人手不足でもあります。正しく疾患を診断するためには、末梢血のみならず骨髄の検査が必要ですが、骨髄検査は手間がかかります。施設の規模やスタッフ数などの状況にもよりますが、小規模な病院やクリニックなどの臨床現場では、骨髄検査を行うことが出来ない、あるいは検査を行っても検査結果のフィードバックを受けるのに時間がかかってしまうことも多いと思います」
そう説明するのは、順天堂大学大学院医学研究科輸血・幹細胞制御学/次世代血液検査医学講座特任教授の大坂顯通さんだ。
AIを用いた自動分析システムの開発で疾患鑑別が可能に
今回、大坂さんのチーム(田部陽子特任教授、木村孝伸さんほか)が着手した研究である『AI血液細胞自動分析システムによる腫瘍性血液疾患の鑑別』は、AIによる自動分析システムを開発したことと同時に、そのシステムを用いて、骨髄中の造血幹細胞の異常により正常な血液細胞が産生されなくなる疾患で、血液細胞の減少と形態異常が生じ、白血病に移行することもある骨髄異形成症候群(MDS)と、骨髄中の造血幹細胞が障害され血液細胞が減少する非腫瘍性血液疾患である再生不良性貧血(AA)という2つの疾患を鑑別できるようにしたという点で大きく注目されている。
これは、検査分野で長年の課題であった、形態学的検査の自動化を実現するAI血液細胞形態自動解析技術と、特定の疾患に対する高精度な鑑別技術を開発したという2点を実現したことを意味するからだ。
大坂さんたちのこの研究結果は、2019年9月、英国科学雑誌『Scientific Reports』のオンライン版で公開された。
正式な論文タイトルの日本語訳は、『畳み込みニューラルネットワークを用いた新たな自動画像分析システムによる骨髄異形成症候群(MSD)と再生不良性貧血(AA)の鑑別診断支援』という。
医療従事者不足や専門医偏在化の解決を目指す
大坂さんたちがこの研究に着手した動機は、高齢の患者が増加する中で、先述したような医療従事者の不足や、専門医の偏在化が進んでいることの解決策として、AIを活用しようと発想したためだ。
「精密な診断を導くためには、専門性が求められることはもちろんですが、取り急ぎ、地域の診療所などの医師は、自分のところで治療に対応できるかどうかを知ることができるだけでも良いのです。その点で、まずは末梢血からでも診断できるのであれば、それに越したことはないということです。
私たちの研究の主旨は、要するに血液内科医の診断支援です。私たち血液内科医が、臨床医として苦労してきた点を、何とかクリアしたいという気持ちです。つまり、血液内科医の夢を実現するプロジェクトといっても良いかもしれません」
デジタル画像を用いて細胞種別分類と形態異常判別を行う
大坂さんたちが着手した研究の概要について説明しよう。
大坂さんたちの研究では、白血病や、MDS、AAなど血液疾患のほか、感染症や健常者を含む3,261症例の末梢血液標本を用いた。
1つの標本あたり、約200個の血液細胞を自動撮像して、69万5,030個の血液細胞のデジタル画像を得た。
これら個々の血液細胞画像を、複数の熟練度の高い臨床検査技師が、国際ガイドラインに則(のっと)って、17種類の細胞種別分類と97種類の形態異常の判別を行った(図1)。
<図解説>
畳み込みニューラルネットワーク(CNN) を基盤としたAIシステムは、種々の血液疾患を含む約70万枚のデジタル画像をトレーニング用データセットとして深層学習を行った。本システムは、17種類の細胞分類と97項目の形態異常について解析することが可能であった。現在、骨髄異形成症候群(MDS)や再生不良性貧血(AA)以外の血液疾患の診断について解析を行っている。
Normal cell classification:正常細胞分類
Neut:好中球
Lymph:リンパ球
Mono:単球
Baso:好塩基球
Eo:好酸球
Abnormal cell classification:異常細胞分類
Variant:異型リンパ球
Plasma:形質細胞
Meta:後骨髄球
Myelo:骨髄球
Promy:前骨髄球
Blast:骨髄芽球
Morphological features:形態学的特徴
Granule abnormality:顆粒異常
Nuclear morphology:細胞核形態
Periphery abnormality, etc.:細胞核以外の異常など
Hematological diagnosis:血液学的診断
MPN:骨髄増殖性腫瘍
MDS:骨髄異形成症候群
MM:多発性骨髄腫
AML/ALL:急性骨髄性白血病/急性リンパ球性白血病
ML:悪性リンパ腫
「これは、従来にない規模の血液細胞画像データベースの構築です。そして、このデータベースを使って、AIの深層学習(ディープラーニング)技術である、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)解析を実施しました。その結果、高精度な細胞分類性能と形態異常検出性能を持つAI自動分析システムを開発できたという点で大きな成果でした」
そして、このAI自動分析システムを用いてMDS症例とAA症例の血液細胞画像を網羅的に分析し、形態異常の出現頻度などの特徴量を抽出した。そして、それらを使ってAI技術の1つである勾配ブースティング法(高精度での予測・判別をする機械学習アルゴリズム)による解析を行ったのだ(次ページ記事末参照)。
最終的には、AI血液細胞自動システムが、極めて高精度な診断能力(感度96.2%、特異度100%)を有することを証明することができた。
つまり、AI分析システムにより特定の疾患で出現する血液細胞の形態情報に基づき、MDSとAAの鑑別診断が可能であることを実証できたのだ。
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