開胸手術のメリット・デメリット 12センチまで縮小し、目と手での確認作業が可能に。 開胸手術は最もリスクの少ない手術だ
国立がん研究センター
東病院呼吸器外科医長の
吉田純司さん
胸を切開して直接病巣をとり除く開胸手術も、胸の肋骨にそって30センチも切るのがスタンダードだった時代は終わり、医師によっては傷口も12センチ程度と大幅に縮小され、患者への負担は急速に軽減されている。
何より、臓器を目で見て手でふれられる安心感はゆるぎない。
片手が内部に入るぎりぎりが12センチ
「肺がんの開胸手術の傷は、今では12センチ程度。入院も最短で4日、術後の痛みのコントロールも十分となれば、わざわざ胸腔鏡で手術するメリットは何だろうかと思います」
国立がん研究センター東病院呼吸器外科医長の吉田純司さんは、肺がんにおいては開胸手術がベストと考えている。
まず、今日では切開する傷がごく小さくなり、12センチ程度にまで縮まっている。国立がん研究センター東病院が開設された1992年当初、傷は30センチが標準だったというから、進歩はきわめて迅速だ。現在のサイズまで来たのが97~98年頃。胸腔鏡手術のニュースが伝わったために、いっそう縮小の努力が払われたという。そして今、吉田さんは、
「縮小は限界に来ていると思います。これ以上小さくなると、技術的に不安。手術の質は確実に落ちると思います」
と話す。開胸手術の最大のメリットは、直接目で見て、手でさわれることだ。だからこそ、不測の事態が起きたときも、すばやく適確に対処ができる。開口部が小さいと内部が見にくいうえ、肺がんの手術で最も心配される太い血管からの大出血が起きたとき、手を入れて血管をおさえたりすることもできない。12センチというのは、片手を内部に入れられるぎりぎりのサイズなのだそうだ。
また、肺は仰向け、しかもふくらんだ状態で検査が行なわれるが、手術のときは横向きになり、肺も空気の抜けたぺちゃんこの状態で作業が行なわれる。位置関係が変わるのだ。そういう臓器の手術を、小さい開口部から画像だけ見て行なうのは、「慣れの問題もあるのでしょうが、私自身は懐疑的です」。
傷口の大小よりもまずは病巣を確実にとる
患者への負担は、比較してどうだろう。
「東病院でも1週間で退院が普通ですし、術後4日で帰宅する人もいます。早く会社に復帰したい人は、その後すぐ出社するようです。今日、胸腔鏡手術と大差ないと思いますね」
傷の痛みに関しても、
「小さいほうが痛みは少ないとおおむね言えるでしょう。でも、そもそも胸腔鏡で手術してほしいという人が、どれだけおいでなのでしょうか? がんの手術の場合、傷の大小にこだわるより、『この際、ガバッと切ってよくみてやってくれ』という人のほうが圧倒的に多いと思っています。
ですから、患者さんも術後は痛み止めを積極的に服用し、『このくらいの痛みならいいや』と考える人が多いですね。その意味では、傷をこれ以上小さくすることが、患者さんの満足につながるとは思えないのです。
さらに言えば、胸の中で行なっていることは同じですから、差が出るのは肋骨をいじることから来る肋間神経痛でしょう。が、胸腔鏡手術でも肋間神経を損傷して、結果として痛むことはけっこうある。最近、東病院では肋骨の間を面で広げる最新機器を導入したので、肋骨を切り離す必要もほぼなくなり、痛みはさらに軽減しています。むしろ、胸の中で仕事をする方向が限定されて臓器に無理がかかりかねないことを考えると、小さい傷にこだわるほうが、よほど患者さんに負担を強いるのではないかと思ってしまいます」
呼吸機能についてはどうだろう。
「肺そのものの組織は減るわけですから、開胸でも胸腔鏡でもその分の能力損失はあります。そして、呼吸機能回復のためには、いずれにしても体を動かし、意識的に回復をはかる努力が必要です。このとき、痛みがコントロールできていれば、大差はないのでは?」
手術に要する平均時間は、どちらもおよそ3時間。吉田さんは傷の代償に限らず、全体として開鏡手術のデメリットは、かなりの程度まで改善されているという考えだ。
患者さんの協力が医師の技術を高める
「胸腔鏡手術のメリット・デメリット」に書いたように、胸腔鏡手術は2000年から保険の対象にもなった。であれば、開胸手術を行なっている病院でも、部分的に導入すればいいのではないかと思うが、
「いや、現実には胸腔鏡なしに手術が行なわれることはまれですよ。私自身、12センチの開胸手術は『胸腔鏡補助下』でなければ行ないません。胸腔鏡がなかったら、15センチくらい切らないと不安です」
メインの傷につい目が行くが、実際には開胸手術でも12センチの傷に、胸腔鏡を入れる1センチほどの傷が加わる。胸腔鏡そのものは、目一杯活用されているということだ。つまり、両方のメリットを十分生かして、今の開胸手術が完成しているという確信がある。
「1センチ違うと、感覚的には全然違います。12センチが限界と思うのは、そのためです。
それに、私たちが技術を磨くためには、どうしても患者さんで試すことになります。私自身、12センチに行き着くまで、1センチずつ患者さんで試してきた自覚があります。そのうえで、『これ以上先鋭化するのはおそろしい』という思いがあるんですね」
肺がん3期の手術までを胸腔鏡を行なう医師が現実にいて、大きな事故もなく実績を残していることを、吉田さんは認めている。けれども、それはまさに職人芸であり、一般的ではないのではないかと考える。
もちろん、さらに大きな技術革新や病院の方向転換があれば、自分自身、胸腔鏡手術を手がけるかもしれない。が、今のところ、最もバランスの取れた肺がん手術は、小さくなった傷から病巣を見て手でさわれる開胸手術だろう。というのが、吉田さんの結論だ。
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