「PSA監視療法」「腹腔鏡下前立腺全摘術」「小線源療法」にみる真の低侵襲度
前立腺がんの低侵襲治療最前線
「低侵襲とは何かをよく考えて
治療すべき」と語る
杉元幹史さん
侵襲の少ない治療は体への負担も少なく、いい治療と思いがちです。しかし、必ずしもそうではありません。
がんに対してきちんとした効果が得られるかどうかが肝心で、その上に低侵襲であることが重要、というレポートをどうぞ。
治療前のQOLをなるべく低下させない治療がいい
前立腺がんは高齢者に多い病気で、その治療は排尿機能や勃起機能などに影響を及ぼす。できるだけ体にダメージの少ない治療を受けたいと考えるのは当然である。ただ、低侵襲は重要な要素だが、侵襲が少なければいいというものでもない。香川大学医学部准教授の杉元幹史さんは、望ましい低侵襲治療について、次のように解説してくれた。
「外科治療に限らず、すべての治療において、治療前のQOL(生活の質)をなるべく低下させない治療。これが低侵襲治療の基本です。ただ、手術の傷が小さければ、それでいいのかといえば、そうではありません。きちんとした治療効果が得られ、それに関するエビデンス(科学的根拠)が必要です。高いエビデンスレベルに基づいた治療であることが前提となり、その上で侵襲性の低い治療が、本当の意味での低侵襲治療です」
ここでは、香川大学医学部で行われている「PSA監視療法」「腹腔鏡下前立腺全摘術」「小線源療法」の3つの治療について紹介することにしよう。
PSA監視療法は究極の低侵襲治療
腫瘍マーカーのPSA(前立腺特異抗原)検診で、早期の段階で発見される前立腺がんが増え、がんを根治できるケースは増加した。しかし、その一方で、必ずしも治療の必要がない前立腺がんが見つかり、行わなくてもいい治療が行われているという側面もある。
「交通事故などで死亡した人を調べると、70歳以上なら5~6割の人に前立腺がんが見つかります。前立腺がんの中には、とくに治療をしなくても、命に関わらないものがかなりあるのです。PSA検診はそういう前立腺がんも見つけ出し、がんが見つかった人は、手術を受けたり、放射線治療を受けたりしています。中には、治療を必要としていなかったのに、治療を受けてQOLを低下させてしまう人もいるわけです」(図1)
そこで登場してきたのがPSA監視療法だ。低リスクですぐに悪くなるとは思えない患者さんを対象に、積極的な治療は行わず、定期的にPSAや前立腺生検を行いながら、様子を見ていこうという治療である。きめ細かい観察を続け、がんが進行する兆候が見つかったら、すぐに根治療法に切り替える。問題は、どのような患者さんを対象に、どのような検査を行い、どうなったら根治療法に切り替えるか、ということである(図2)。
治療開始を遅らせる意味がある
おけるQOLの比較(臨床試験前と1年後)]
「適格基準や経過観察方法は、まだ十分に確立されていません。そこで、2006年から、国際的な臨床試験(PRIAS試験)が進行中で、2010年からは日本も参加しています。当面、日本では5年間で500例を登録して、経過を追うことになっています」
この試験では、臨床試験に参加できる条件として、悪性度の指標であるグリソンスコアが6以下、PSA値10ng/ml以下などの条件をあげている。
経過観察は、3カ月おきにPSA検査を行い、1年後に前立腺生検を行う。PSA監視療法を継続するかどうかは、1年後の生検や、PSAのダブリングタイム(値が2倍になるのに必要と考えられる期間)で判断する(図3)。
ダブリングタイムが3年未満なら、進行が速いと考えられるので、手術や放射線治療を受ける。3~10年だったら、生検を1年以内に行う。10年以上だったら、そのままPSA監視療法を継続する(図4)。
「いずれ手術や放射線治療が必要になるにしても、治療開始を遅らせることには意味があります。たとえば、75歳の患者さんなら、10年遅らせることで、治療しなくてすむ可能性がありますからね」
PSA監視療法は究極の低侵襲治療といえそうである。
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PSA検査 | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ |
直腸診 | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | |||||||||
生検 | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | |||||||||||||||
評価 | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | ✓ | |||||||||
QOL調査(SF-8) | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● |
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