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お腹に直接抗がん剤を注入し、高い治療効果 あきらめないで!胃がん腹膜播種の治療に新たな光明

監修●石神浩徳 東京大学腫瘍外科助教
取材・文●齊藤勝司
発行:2010年2月
更新:2019年8月

  
石神浩徳さん
東京大学腫瘍外科助教の
石神浩徳さん

胃がんの中でも、がんが進行してお腹中にがん細胞が散らばる腹膜播種。腹膜播種が起こってしまうと治療は難しく、現在のところ治療法は確立されていない。そうした中、新たな方法として注目されているのが、抗がん剤を直接お腹の中に注入してがん細胞を叩く治療法だ。高い治療成績も出始めている。


お腹中にがん細胞が散らばる腹膜播種

胃の粘膜で発生した胃がんは、大きくなると胃の壁の中に深く進んでいく。最も外側の漿膜を突き破るようになると、がんの外側から剥がれ落ちたがん細胞が、お腹の中(腹腔内)に散らばり、腹腔を取り囲む膜(腹膜)に付着する。がん細胞が種を播くように広がることから、こうした転移は「腹膜播種」と呼ばれる。

がん細胞は非常に小さいため、初期の腹膜播種では自覚できる症状があらわれることはない。しかし、腹腔内に広がったがん細胞が大きな塊をつくるようになると様々な症状を引き起こす。

例えば、小腸や大腸を外から圧迫すると腸閉塞を起こす。尿管を圧迫すると腎臓から膀胱への尿の流れが妨げられ、水腎症を引き起こすこともある。また、腹水がたまり、お腹が張ることもある。便秘、腹痛、吐き気、嘔吐などをもよおし、患者の生活の質(QOL)を大きく損なうことになってしまう。

詳しい統計データはないものの、胃がんで亡くなられる患者の半数程度は腹膜播種を起こしていると考えられており、相当数の胃がん患者が腹膜播種に苦しんでいるのが現状だ。

腹膜播種を伴う胃がんの治療

[治療計画]
図:治療計画

しかし現在、腹膜播種を伴う胃がんの治療において、最善の治療法(標準治療)は確立されていない。進行胃がんであっても、腹膜播種などの転移がなければ、手術(胃切除)や、術後の抗がん剤治療(補助化学療法)で完治が期待できる。

しかし、腹膜播種がある場合は、胃がんの原発巣だけを取り除いても完治はできないため、肝臓や肺への転移が見つかった場合と同じように化学療法が行われる。大きくなった原発巣のために食べ物の流れが滞っている場合には、手術を実施することもあるが、あくまでも症状を軽減するためのものだ。

一般的には、胃がんに最も有効と考えられている抗がん剤TS-1(一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム)が投与され、腹水がなく、腎機能が良い場合はシスプラチン(商品名ブリプラチン、ランダ)が併用される。この治療で効果が見られなくなった場合は、2次治療としてパクリタキセル(商品名タキソール)の点滴静注が行われる。治療開始からの生存期間は、播種の程度や化学療法の効果によって異なるが、半年から1年程度と非常に限られている。これが腹膜播種を伴う進行胃がん治療の現状だ。

こうした中、腹膜播種の新しい治療法として、TS-1の内服にパクリタキセルの点滴静注と腹腔内投与という3つの方法を組み合わせた治療法が考え出された。

腹腔内にとどまる抗がん剤で効果的に腹膜播種を叩く

この新しい治療法を進めてきた東京大学腫瘍外科の石神浩徳さんはこう説明する。

「抗がん剤の点滴静注や内服などの全身投与では、胃がんの原発巣と、リンパ節、肝臓、肺などへの転移には効果が期待できます。しかし、全身投与では腹腔内に散らばった播種には十分な量の抗がん剤が行き渡らず、臨床効果を得ることは難しい。腹腔内に直接抗がん剤を投与して、腹腔内のがん細胞を叩くという発想で考案されたのが腹腔内投与です」

投与量が多いほど抗がん剤の効果は高くなるが、副作用も強くなるため、投与できる量は限られている。その点、腹腔内投与の場合、抗がん剤が腹腔内からゆっくり吸収されるため、全身性の副作用は比較的軽くてすむ。そのため、静脈内への点滴では実現できないような高濃度の抗がん剤を用いて、腹膜に散らばったがん細胞を効果的に殺すことが期待できるのだ。

実際、石神さんたちが用いたパクリタキセルは、腹腔内投与に適した性質を持つ抗がん剤である。

「過去にシスプラチンの腹腔内投与が行われたことがあるのですが、おそらく腹腔内からすぐに血中に移行することが原因で、十分な臨床効果は得られませんでした。パクリタキセルは腹腔内からゆっくりと吸収されるので、長時間にわたって腹腔内の濃度が高く保たれ、腹膜播種に対する効果が得られると考えられます」

パクリタキセルの腹腔内投与は、卵巣がんではすでに多くの臨床試験で効果が確認され、欧米では推奨される治療法の1つと考えられている。一方、胃がんでは、いくつかの施設より有効性が報告されてきたが、評価は定まっておらず、臨床試験の必要性が指摘されていた。

新しい治療法では、3週間を1コースとして、標準的な投与量のTS-1を2週間内服して1週間休む。それと並行してパクリタキセルの点滴静注、腹腔内投与を週に1回、2週続けて、3週目は休むという方法で行われる。なお、パクリタキセルの腹腔内への投与には、腹部に埋め込んだ腹腔ポートを用いる。

パクリタキセルの腹腔内投与だけではなく、点滴静注、およびTS-1の内服を行うのは、腹腔内投与では内部まで薬が届かないような大きな腹膜播種や、原発巣への効果を狙ってのもの。また、TS-1とパクリタキセルの投与量は、重篤な副作用が出ないように決定された。

[腹腔ポート]

腹腔ポート

薬剤を注入するためのポートを皮下に埋め込み、腹腔内にカテーテルを留置する。皮膚の上からポートを針で刺し、点滴と同様の用法で、1リットルの生理食塩水に溶かしたパクリタキセルを投与する


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