渡辺亨チームが医療サポートする:胃がん編
サポート医師の滝内比呂也さん
大阪医科大学第2内科学教室講師
たきうち ひろや
昭和34年6月10日生まれ。
昭和60年3月大阪医科大学卒業。
大阪医科大学付属病院にて臨床研修開始。
平成7年7月大阪医科大学第2内科学教室助手。
平成8年11月~9年6月米国テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターに留学。
平成11年4月大阪医科大学講師。
平成15年12月大阪医科大学付属病院化学療法センター長に。
米国臨床腫瘍学会(ASCO)アクティブ会員。日本臨床腫瘍学グループ (JCOG) 消化器内科グループ(班員)。
「余命半年」の再発胃がん患者は、抗がん剤治療を選んだ
青木良一さん(65)の経過 | |
2001年 10月 | 人間ドックで、3a期の胃がんを発見。T病院で胃の3分2の以上を切除、第2群リンパ節まで郭清。
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病期3Aの胃がんにより胃の3分の2を取る手術を受けた患者が、1年半後、再発した。肝臓に転移があり、がん性腹膜炎にもなっており、「余命半年」の宣告。
こんな状態で、いったいどんな治療ができるのだろうか。よくなる見込みはあるのだろうか。
術後、抗がん剤UFTを飲まなかった
2001年、青木良一さん(仮名)は、商社を定年退職した。ヘビースモーカーで酒豪でもあったけれど、ほとんど病気らしい病気をしたこともなく35年間にわたって勤め上げることができた。妻の滋子さん、長男夫婦、2人の孫の6人が暮らす大阪市の自宅で、静かに老後を過ごすつもりでいた。
ところが、退職から半年後に人間ドックで検査を受けると、胃に異常ありと指摘されたため、精密検査を受けたところ、胃がんであることが判明する。胃の3分2以上を切除する「亜全摘」と、第2群リンパ節まで郭清する手術が行われた。がんは3A期で、*深達度は筋層を越えて胃の漿膜表面に出た*T3、転移は胃に接したリンパ節まで進んだ*N1という状態だった。
術後、T医師から「がんは取りきれたと思うが、目に見えない転移がある可能性もあるから、今後2年間は飲み続けてください」と、経口抗がん剤を処方された(*1術後の抗がん剤の意味)。が、入院中に同じ病室の患者から「それはUFT(一般名テガフール・ウラシル、経口フッ化ピリミジン合剤)という薬で、免疫力が落ちて体が弱るばかりだ」といった話を聞かされていたので、飲まないでいた(*2UFTの有効性について)。
第1群リンパ節と第2群リンパ節を切除するのが標準的なD2郭清
*深達度=胃壁の表面からがんがどの深さまで達しているかの度合い
*T3=がんが胃壁のどの層まで達しているかを、腫瘍(tumor)のTで表し、T3は胃の表面に出てきている状態
*N1=リンパ節への転移の度合いを、リンパ節(lymph node)からとってNで表し、N1は胃に接したリンパ節(第1群)に転移が見られる状態
肝臓が腫れ、腹水も出ているけれど、チャレンジ
がん手術で胃の大半を失った青木さんだが、術後の回復ぶりは素晴らしかった。病気をきっかけに煙草はきっぱりとやめたし、酒も町内の祭りや勤めていた会社のOB会などの機会に、つきあい程度にビールを口にするくらいのものである。毎日1時間近くウォーキングをし、軽い山登りもこなせるようになっていた。心配だった*ダンピング症候群などの手術後遺症もあまりない。体重は術前のピーク時に比べて10キロ近く減っていたが、むしろ体が軽くて動きやすくなっていた。
ところが、手術からまもなく1年半になろうとしていた2003年3月、青木さんは腹が張って、時々しくしくとした痛みを感じた。定期検査のために病院を訪れ、T医師にこのことを訴えると、「そうですか、ではちょっとおなかを診せてください」と丹念におなか全体をゆっくりと触診した。「すこし肝臓が腫れていますね。それと、腹水もあるようです」と穏やかに話す(*3胃がんの再発・転移)。
「先生、悪いんでしょうか?」のどをからからにしながら、青木さんはやっとの思いで尋ねた。
「そうですね、確かにちょっと気になります。すぐに腹部CTと超音波検査をやりましょう。結果をみて、あとで相談しましょうか」
検査が終わると、T医師から、肝臓に影があり転移と考えられること、腹水もあり、*がん性腹膜炎であると考えられること、が説明された。示されたCT画像から、腹水が貯まっており、肝臓にも2個の転移があるのが自分の目で確認できたのである(*4胃がんの転移先について)。
「がんが取りきれていなかったのですか?」
青木さんは、つい医師を責めるような口調になってしまう。
「いえ、胃の部分に再発したわけではありませんから、原発巣はきれいに取れていたはずです。手術の時点ですでに目に見えない小さい転移があり、それが今、見える大きさになったということです」
医師の声は冷静だった。
「手術はできないんですか?」
との青木さんの問いに、T医師は一呼吸置いて答え始める。
「原発病巣に対しては、他に転移しない前に元を取りきるということで手術をするのですが、今回は転移先であり、しかも*腹膜播種という状態ですから、手術は意味がありません。治療をするとすれば、抗がん剤治療ということになります」
「余命はあと、どのくらいでしょうか?」
「半年くらいだと思います(*5転移・再発胃がんの予後について)。ただし、抗がん剤で延命できる可能性もあります」
*ダンピング症候群=胃の切除により、食物が消化管内をすぐ通過するため、吐き気や下痢、心拍数の増加、めまいなどを引き起こす症状
*がん性腹膜炎=お腹の中全体にがんが広がる状態で、別名、腹膜再発ともいう
*腹膜播種=がんが胃の表面からこぼれ落ちて、まるで種をまくようにお腹全体に広がった状態
延命と症状の緩和を目指して抗がん剤治療を選択
青木さんは、初めてがんを告知されたときのことを思い出していた。あのときもじわっと汗をかくような恐怖心に見舞われたものである。「あれから、そんなに経っていないのに」と思いながら、T医師に質問を続けた。
「抗がん剤の効果はどのくらい期待できるものでしょうか?」
「抗がん剤で再発胃がんが治るという可能性はほとんどありません。目的は延命と症状の緩和です。ただし、副作用などのリスクもあるので、抗がん剤治療をしないという選択肢もあるとは思います。抗がん剤治療をお受けになる場合には、専門知識を持った内科の先生のところで治療を受けたほうがいいと思いますのでご紹介します」
「わかりました。女房とも相談して、少し考えてみたいと思います。改めてご相談にあがります」
こうT医師に告げて、青木さんは帰宅した。
夜、妻の滋子さんにこの日あったことを話した。滋子さんはその内容を予測していたかのように冷静にこう言った。
「私は1日でも長くお父さんと一緒にいたいと思っているの。子供たちにも、さっき相談したら、『お父さんを支えていく』って。だから、がんばろうって……」
滋子さんは、声をつまらせ、流れる涙をハンカチで押さえた。
翌日青木さんはT医師を訪れ、抗がん剤治療を希望することを伝えた。
「抗がん剤治療は、専門の腫瘍内科の先生にお願いするほうがいいと思います(*6抗がん剤治療の専門性について)。C大学付属病院なら、お宅からもそれほど遠くないし、F先生という信頼できる先生がいますから、お願いしましょう」 T医師はC大学付属病院のF医師宛に、経過を要領よくまとめた紹介状を書いてくれた。
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