スキルス胃がんで胃切除後のトラブルも自分なりにお付き合い 病気を受け入れ、がん患者になりきる アルファ・クラブ 渡邊宣明さん

取材・文●吉田燿子
発行:2013年8月
更新:2020年3月

  
渡邊宣明さん

わたなべ のぶあき
1934年神奈川県横浜市生まれ。松屋横浜店に入社し、紳士・婦人ファッション部門を担当。55歳のとき美容メーカーに転職し、監査役室長として総務部門の責任者を務める。退職後、現在に至るまで、BSC(バイオセラミックス・システム・コントロール)総合水処理システムの保守事業などを手掛けている。アルファ・クラブ横浜会(TEL:045-621-2360・渡邊方)会長

胃がんの中でも、最も悪性度の高いがんとされるスキルス胃がん。それでも、手術・抗がん薬治療を受け入れ、胃切除後のトラブルも、自分なりの方法でうまく乗り切った渡邊さん。どのように、がんや術後と向き合ったのだろうか。

【渡邊さんの経過】

2006年 4月 エコー検査・内視鏡検査
5月 告知
6月2日 神奈川県警友会けいゆう病院に入院
6月5日 外科手術(幽門側切除+リンパ節郭清)
6月24日 退院
TS-1による術後補助化学療法(2週間投与・1週休み)を2年
現 在 血液検査・CT検査・内視鏡検査による経過観察を行いながら術後7年目

難治性のスキルス胃がんを克服

アナウンサー・逸見政孝さんの壮絶な闘病によって、一躍有名になった「スキルス胃がん」。初期の自覚症状がほとんどないため、進行した状態で発見されることが多く、治療が難しいがんのひとつといわれる。

だが、近年は補助化学療法の研究が進み、再発を防いで回復するケースも増えてきている。胃がんの患者会「アルファ・クラブ横浜会」会長の渡邊宣明さん(79歳)も、手術・化学療法を経て生還した1人だ。

渡邊さんは、横浜港に面した山下公園の近くで生まれ育った。百貨店の松屋横浜店に就職し、ファッション部門を担当。そのかたわら、労働組合の書記長として、団体交渉やデモの陣頭指揮もとった。

55歳のとき美容メーカーに転職し、企画・総務の責任者として6年間勤めた。今は退職し、悠々自適の生活を送っている。

「ステージⅢA」と診断され胃の3分の2を切除

アルファ・クラブ横浜会の会合にて。情報交換と交流を深める

渡邊さんが胃に違和感を覚えたのは、72歳になった2005年。下腹部に「洗濯バサミでつままれたような痛み」を感じ、12月の定期検診の際、地元のクリニックで異常を訴えた。レントゲン検査の結果、胃に異常は認められなかった。だが、次第に痛みを感じる回数が増え、便の切れが悪くなったことも気になった。

2006年4月初旬、胃の違和感は次第に激しさを増していった。深夜になると、左下腹部の鈍痛と膨満感で眠れない夜が続いた。そんな状態が1週間ほど続いた後、市内のけいゆう病院で内科を受診。エコー検査を受けたが、とくに異常は認められないとのことだった。

「先生、そんなはずありません。今までこんなふうになったこと、ないですよ」

そう訴え、4月下旬に胃の内視鏡検査を受けた。5月9日、検査結果を聞きに訪れた渡邊さんに、医師はこう告げた。

「渡邊さん、胃がんですよ」

診察室の机に置かれた写真には、柘榴の実のようなピンク色の腫瘍が映っている。医師によれば、「サイズは1センチ半ぐらい。初期の胃がんではないか」とのことだった。

翌日、外科部長から、手術についての詳細な説明を受けた。

手術では、胃の幽門側を3分の2切除し、リンパ節郭清を行うという。前日、内科で「初期」と言われたことを告げると、外科医の顔が曇った。

突然、突きつけられた、がんという現実――。それまで、食事のたびにご飯とみそ汁を2杯ずつたいらげ、「鉄の胃袋」を誇っていた渡邊さんにとって、まさに青天の霹靂だった。

とはいうものの、ショックはさほど受けなかった、と渡邊さんは振り返る。

「『初期』と言われたことで、気楽に考えていたのかもしれないし、『もしかしたら』という予感があったのかもしれない。(ショックを受けなかった理由は)自分でもわかりません」

6月2日に入院。その3日後、手術が2時間半にわたって行われた。生検の結果、ステージⅢA(N1・T3)の硬性胃がん、いわゆるスキルス胃がんであることが判明。がんは胃の粘膜の下を這うように広がり、漿膜を越えて胃の表面に飛び出していた。リンパ節転移も見つかったが、不幸中の幸いで、腹膜転移は認められなかった。

「リンパ節も取り除いたので、大丈夫です」

医師の言葉に、家族ともども胸をなでおろした。

幽門側切除術=胃の中部から下部(出口にあたる幽門部周辺)にできた腫瘍に対して行われる手術

手術直後に原因不明の激痛に襲われて

運動、音楽など多彩な趣味をもつ渡邊さん

だが、術後の回復は順調とは言えなかった。

看護師からは、手術翌日から歩行訓練を勧められた。体に5~6本の管を入れたまま、窓際に2~3歩いたところ、強烈なめまいに襲われた。「こんな状態で、歩けるわけがない」と思い込み、すぐにベッドに戻ったが、これが思いも寄らない結果を生むこととなった。

翌々日の夜7時ごろ、トイレに行こうとベッドから体を起こすと、全身に痛みが走った。腹部がパンパンに張り、看護師に触られただけで、飛び上るような激痛に襲われた。痛み止めの注射を打っても、痛みは一向にひかず、全身から冷や汗が噴き出してくる。トラックのタイヤ音が一晩中耳に響いているようで、「もう2度と夜明けは迎えられないのではないか」とさえ思った。

術後の歩行訓練は腸の蠕動運動を助け、腸閉塞を予防する効果があるという。結局、原因はわからずじまいだったが、多少無理をしてでも、歩くことの大切さを思い知らされた出来事だった。

同じカテゴリーの最新記事

  • 会員ログイン
  • 新規会員登録

全記事サーチ   

キーワード
記事カテゴリー
  

注目の記事一覧

がんサポート4月 掲載記事更新!