若き美容師が骨巨細胞腫になって気づかされたこと 訪問美容を日本の新しい文化に
小池由貴子さん 「訪問美容 と和/コミニティサロン と和」代表・チーフディレクター
骨巨細胞腫という病気をご存じだろうか。この耳慣れない病気を発症した小池由貴子さん。東京の美容室で店長を任され、バリバリ働いていた28歳のときだった。手術後、車椅子生活を余儀なくされた。群馬の実家で鬱々とした引き籠りの生活を送っていたとき、美容室の後輩のスタッフが訪ねてくれたとき、小池さんの伸びていた前髪を切ってくれた。このことが弱者に寄り添う訪問美容、コミュニティサロンを始めるきっかけとなったのだ。
力を入れた瞬間、右膝に激痛が
小池由貴子さんが骨巨細胞腫(こつきょさいぼうしゅ)に罹ったのは、美容室の店長を任されていた28歳のときだった。その1年前ぐらいから、右膝が痛くて整形外科に行ってX線撮影したのだが、痛みの原因は判明しなかった。
担当した医師は「立ち仕事が多いので、水が溜まっているんじゃないか」としか話していなかった。だから小池さんもその痛みがさほど深刻なものだとは思わなくて、痛みを騙しだまししながら美容院の店長として忙しく働く日々を送っていた。
そんなある日、お客さんの着物の着付けをしていたときのこと。帯を締めようとお腹に力を入れた瞬間に、右膝に激痛が走った。
その日、はどうにか仕事はこなしたものの、仕事が終わるころには、スタッフの肩を借りなければ歩けない状態にまでなっていた。
患部を切開してみなければ病名はわかりません
翌日、かかりつけの整形外科に行ってX線撮影した。すると、その画像を見た医師は「これは、ここでは手に負えなません。大学病院に紹介状を書くのでそちらで診てもらってください」と小池さんに告げた。
帯を締めようとお腹に力をいれたとき、なんと右膝の骨が折れていたのだ。
紹介状を持って大学病院に行ったが、そこでも病名は判明しなかった。骨肉腫か骨巨細胞腫か他の病気か、「右膝を切開してみなければ、ハッキリした病名はわかりません」と主治医から言われた。
そう言われても店の繁忙期とも重なって、お客さんの予約が多数入っていたこともあり、小池さんにはすぐに手術をするわけにはいかない事情があった。
だから、手術することはしばらく待ってもらって仕事に専念することにした。
右膝を骨折していたので立ち仕事は出来ず、約1カ月の間店内に椅子を用意してもらい座って仕事をこなした。
主治医は「早く手術をしたほうがいい」と話したのだが、病名もハッキリしないし、どのくらいの期間仕事が出来なくなるのかもわからないし、抗がん薬治療が始まったら長期に渡って休むことになるのか、いろんなことが頭を過ったという。
また患部を開いてみて「もし骨肉腫だったら、一旦閉じて、太腿から下を切断することになる」と医師から言われていたので、自分としてはもう美容の仕事につくことは叶わないと覚悟したという。
「そうなれば、退職することになるので、引継ぎのことも考えておかねばなりませんでした」
骨巨細胞腫とはどんな病気なのか
仕事がやっと一段落した後、手術に臨んだ小池さんだが、患部を開いてみると幸いにというか足を切断しなければならない骨肉腫ではなく、骨巨細胞腫と判明した。
患部を開いてみるまで病名がハッキリしなかったのは、この大学病院では骨巨細胞腫の患者を見たことはなく、小池さんが初めての症例だったからだ。
小池さんの罹った病いは、それぐらい珍しいがんだったということだ。
そもそもあまり聞きなれない骨巨細胞腫とはどんな病いなのか。国立がん研究センター希少がんセンターのHP「骨の肉腫について」から引用する。
「骨に発生するがんには他の臓器に発生したがんが骨に転移する『転移性骨腫瘍』と骨自体からがんが発生する『原発性骨悪性腫瘍』の2種類があり、後者は主に肉腫と呼ばれる腫瘍がほんどです。肉腫は体中どこにでもできるがんの一種ですが、そのうち骨の肉腫は全体の約25%です。(中略)骨に発生する肉腫は非常に数の少ない、いわゆる希少がんの代表です。
主な種類としては下記の疾患(骨肉腫、軟骨肉腫、ユーイング肉腫、骨巨細胞腫)が代表としてあげられます」
そして小池さんの罹った骨に発生する希少がんの1つである骨巨細胞腫については次のように記載されている。
「厳密には悪性骨腫瘍ではありませんが、現在は最新のWHOの分類でも再発率が高いことや肺転移を生じることから中間悪性腫瘍としてとらえられています。主に20代前後の膝周囲に好発することが多く、骨折するまで症状がないことも少なくありません。
治療は手術療法が中心になっておりましたが、2014年より切除が非常に難しい症例には*デノスマブという新しい薬が日本でも使えるようになり、現在は症例に応じて手術や薬物療法を使い分けている状況です(後略)」
自分が社会に何の役にも立ってないのがつらかった
小池さんの骨巨細胞腫が発覚したのは2014年以前だったので、手術しか方法はなかった。だから事前に主治医から骨巨細胞腫なら患部の骨を取り除いて人工骨を入れるか、骨盤の骨を移植するか、どちらを選ぶのかを迫られていた。
「人工骨を移植すると20年後にもう一度、取り出して新しい人工骨に入れ替えなければいけないと言われたので、それなら骨盤の骨を移植してもらうことをお願いしました」
結果、骨巨細胞腫だったので、患部を取り除くと同時に骨盤の骨を削って右膝に移植する手術を行い、10時間にも及ぶ大手術となったのだった。
手術は無事に成功したものの小池さんは術後、半年間の車椅子生活を余儀なくさせられることになった。最初の1カ月は病院に入院していたので、看護師さんたちが何かと世話を焼いてくれて、車椅子での生活にはそれほど不便を感じることはなかった。
車椅子での生活をつらく感じるようになったのは退院後、実家のある群馬県に帰省してからだった。実家では、お風呂に入るのも、トイレに行くのも人の手を借りなければ生活することが難しかった。
小池さんはこう述懐する。
「車椅子の生活になるまでは、東京で自分1人、十分好きにやれていたのに、親とはいえ、人の力を借りなければ日常生活ができないことに自分のプライドが打ち砕かれて、どんどん気持ちが落ち込んでしまったのです」
家の中にいても気持が沈むばかり。なので、たまに外に出ると若かったせいもあり、好奇な眼差しを向けられたり、また過剰に反応されたりして、外に出ても普通の日常生活を送ることが難しいのだと改めて思い知らされた。
そんな鬱々とした日々を送るうち、次第に小池さんは引き籠り生活を続けるようになっていった。
「そのころの私は、髪もボサボサでメイクもしていなくて、女性としての最低限の身だしなみも失いかけた生活を送るようになっていました。何より自分が社会の中で何の役にも立ってないことが堪らなくつらかったですね」
訪問美容をやることを決意させたある出来事
そんな鬱々とした生活を送っていた小池さんの元にある日、美容室で働いていた後輩が東京から訪ねて来てくれた。
彼女は私の姿を見て、「一体、どうしちゃったんですか?」と語り掛けてきた。
そこには、かつて東京の美容室で店長としてバリバリ働いていた小池さんの面影はなかったからだ。後輩はそんな小池さんを励ますかのように、お客さんから預かってきた励ましの色紙などを見せてくれたりした。
そして、おもむろにハサミを取り出すと「髪の毛、切ってあげますよ」と、小池さんの前髪を5㎝ぐらい切ってくれた。車椅子の生活になってから一度も美容院には行っていなかったのだ。
後輩に前髪を切ってもらった小池さんは、自分の気持ちが明るく晴れやかになっていくのを感じていた。
「前髪を少し切ってもらっただけで、私の気持ちがだいぶ晴れやかなものに変わっていったのです。そして鏡の中の自分を見て、もともとの自分の姿に戻れたかなと思ったのです。
こんなちょっとしたことでこんなに気持ちが変わるのなら、がんばってリハビリに励めば職場復帰も可能かも知れないと少し希望が見えてきたのです」
このことをきっかけに小池さんはリハビリに励み、念願の職場復帰を果たすことができた。
そうはいってもフルタイムで働くには体がついていかず、時間を短くしてもらって働いていた。
「美容室に来てもらって、髪をカットする」。自分が元気で働いていたときは、そのことになんの疑問も感じていなかった。でところが自分が病気をして、車椅子生活を余儀なくされたら、自分と同じように「なかなか外に出ることができない人たちはどうしているんだろう」という思いに至ったのだ。
そして、いわば〝美容難民〟がたくさん存在していることに気づかされたのだ。
「病気を経験して、私のような経験をした人が幅広く美容を受けられる環境を作っていくのが私のこれからの仕事なのだと思いました。それで自分が受けた介護の経験や自分の持っている美容のスキルを活かした仕事をしたいと思ったのです。そこで自宅に訪問して美容を提供する訪問美容を始めようと思いました」
「と和」では、訪問美容やコミュニティサロンで働く美容師を募集しています。美容業界の労働環境を改善した好事例として、東京ライフ・ワーク・バランス認定企業にも選出。美容業としては初めての認定となり、小池百合子東京都知事から表彰を受けています。
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