〝がんになってもハッピーに人生を歩んでいくことが健康〟の精神で 絶望の淵に立たされた乳がん患者が撮影スタジオを設立
岸 あさこさん ゴーウィ株式会社代表取締役
スキルアップを図るためシドニーの大学院に留学。帰国後ヘルスケアの事業を立ち上げようと考えていた岸さんだが、入浴中たまたま触った右胸にしこりがあることに気づいた。乳がんはトリプルネガティブの特殊なタイプで病理医もいままで見たことがなかった。
希望に胸を膨らませて帰国した岸さんに襲い掛かった試練。これで自分は死んでしまうのだろうかと絶望の淵に叩き落されるが、ある人との出会いが岸さんの人生を変え、乳がん患者専門の撮影スタジオを立ち上げることになる。
入浴中に右胸にしこりが
岸あさこさんは大学院で病院やクリニックの経営全体をマネジメントする医療マネジメントのマスターを取得。病院勤務の後、保険会社の審査部で働くうちに、そこで、人やお金の管理を実際に行っているのを目の当たりにし、自分が学んだ医療マネジメントをもっと学んでみたいと思うようになった。
国内の医療マネジメント学科でお世話になった恩師の勧めもあって、2015年からオーストラリア・シドニーにあるニューサウスウェールズ医学部大学院に2年間留学。ヘルスケアに関する学位を取得し、仕事を立ち上げるために福岡に帰国。ヘルスケアに関わる事業を立ちあげようと思っていたそんな矢先、入浴中にしこりを発見した。2017年11月、岸さん47歳のときである。
「それまでは身体の変調はなく、たまたま入浴中に右胸を触ってみると、2.5㎝ぐらいのしこりがあることに気づき、びっくりしました。乳がん検診はシドニーに留学していた2年間を除き毎年ではなかったものの、受けてはいましたから」
これはまずいことが自分の身体に起こっていると思った岸さんは早速、翌日に乳腺クリニックに出向き、マンモグラフィと超音波の検査を受けた。
医師からは「乳がんの可能性があります。生検をしてみないとハッキリしたことは言えません」と言われた。
改めて生検を受けたものの医師からは「この生検だけではハッキリとは断定できません。しこりを摘出して病理検査してみないと、最終的な判断はできません」と告げられる。
病理医から初めて見るタイプのがんと診断される
そう告げられたものの、生検してがんかどうか、わからないことが本当にあるのだろか。わからないまま摘出手術にまで進んでいくことに疑問を抱いた岸さんは、病理医のセカンドオピニオンを受けることにした。
病理医の准教授も生検データを見ながら「確かにハッキリとは断定できないですね」と言い、「もしがんであれば、一般的ながんのタイプと違って極めて悪性度の高い可能性があります。正直、私も初めて見るケースです。調べてみて世界で2つの例を見つけました」と伝えた。
病理医の専門家に初めて見るタイプのがんだと言われ、さらに示された2例の論文を読んだ岸さんは頭が真っ白になった。
「その論文にはすごく悪いことが書かれていて自分の人生はこれで終わってしまうんだと思いました。よく頭が真っ白になるという表現がありますが、本当にそうなってしまいました」
事実、岸さんは博多駅のエスカレーターの下の通りで立ち止まってしまい、通行人がぶつかって注意され初めて我に返ったりしたという。
「自分はこれで死んでしまうのか」
そう思うと、いても立ってもいられなくなり、しばらく音信が途絶えていた友人らに連絡を入れて話を聞いてもらったりしたが、不安な気持ちは一向に解消されることはなかった。
この抗がん薬で本当にいいのか
岸さんは迷った末、2018年1月、右胸のしこりを摘出する手術に同意する。医師からはがんの可能性もあるので、あらかじめ大きく切除することを勧められたのだが、その提案を断りしこりだけを切除してもらい、もしがんであればもう一度、切除してもらうことで納得した。
しこりを切除してもらったあと医師から「切除した感触ではもしかしたら、良性かもしれない」と告げられ、「がんではなかったんだ、本当に良かった」とそのときは嬉しかった。
しかし、はっきりした結果は2週間後に判明すると言われた。
2週間後、「良性であれば」と祈るような気持ちでクリニックを訪れた岸さんに医師は「やはりがんでした」と告げた。結果は、糠喜びに終わった。
また手術をしなければならないのかと、暗い気持ちになっていたが、幸いにも医師から「腫瘍は今回の手術で取り切れているので、再手術はしなくていいと思います。ただ、抗がん薬治療と放射線療法を受けてもらいます。使用する抗がん薬はタキソテール(一般名ドセタキセル)とシクロフォスファミド(商品名エンドキサン)です」と告げられた。
しかし、自分の乳がんはトリプルネガティブの中でも特殊なタイプなので、本当にその抗がん薬で効果はあるのか、セカンドオピニオンを受けたいと医師に訊ねると、「それならそのことで悩んでいる暇はないので、放射線療法から行いましょう」と言われた。
放射線治療は1日2㏉(グレイ)週5日、6週間行った。
放射線療法を受けている間、岸さんは腫瘍内科の医師のセカンドオピニオンを受けた。
「自分の乳がんは非常に珍しいがんだと言われていたので、本当にその抗がん薬を使用することで私のがんに効果があるのか、どうか知りたかったからです」
岸さんの問いに対する医師の答えは「残念ながらいまの日本ではそれはわかりません」というものだった。
キラキラ輝いている女性と出会い、交流サイトを立ち上げる
そんな不安でつらい日々を送っていたが、SNSを通じて乳がんの体験者と知り合いになった。ある日、その彼女が「乳がんの体験者で料理教室を開いている方のところに行くんだけど、一緒に行きませんか」と誘ってくれた。
「その女性は乳房を全摘後、つらい抗がん薬治療を終了したばかりなのにキラキラ輝いて見えたんです。なら私も抗がん薬治療をしても元気でいられるかもしれない、とそのとき希望の光が見えた気がしました」
そして医師のいう抗がん薬治療を受ける覚悟をした。
抗がん薬は3週間に1回を4クール。吐き気は幸いに酷くはなかったのだが、脱毛はもちろん、下痢と便秘が交互に続き、口の中が荒れ、炎症がでて奥歯が腫れあがり食事もろくに摂れなくなった。さらに関節痛や筋肉痛がインフルエンザによる関節痛や筋肉痛とは比較にならないくらい痛くなったりした。
そんな最中、がんの患者会に出かけたりしてみたものの、その患者会はがん腫全般のもので、女性特有のがんと他のがん腫の患者とでは悩みの種類が随分違うなと違和感もあった。
のちに乳がん患者会があることを知ったが、主催者が年配の女性だったこともあり、もう少し働く女性や子育て中の患者の悩みを聞いたり相談に乗ったりできる交流サイトが必要だと思った。
「自分はがんの治療中で、治療がどれだけつらく不安な日々を送らなければならないかということを経験しました。ところが、乳がん患者が気軽に相談できる場所がない。そこで料理教室の先生と相談して、SNSで乳がん患者の交流サイトを立ち上げました。自分の身元は隠して、他人に相談ができることを望んでいる人も多くいると思ったからです」
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