医師から酒と命とどちらが大切か問われ、酒をやめる決心 年に1度の定期健康診断で食道がん

取材・文●髙橋良典
発行:2021年8月
更新:2021年8月

  

湯野憲太郎さん マンション管理士

ゆの けんたろう 1950年山口県下関市生まれ。73年東京都立大学電気工学科卒業後、東京急行電鉄株式会社(現東急株式会社)入社。鉄道の仕事はもちろんホテル、ゴルフ場、別荘販売、レストラン、コンビニチェーンなどの事業の企画・運営、さらに人事、総務、広報など幅広い仕事を担当、2015年退職。現在、マンション管理士として横浜市に所在するマンションの管理組合に対して管理上の助言など活躍中

普段から医者嫌いで医者にかかることはなく、薬はサプリメントも含めて一切飲まず、飲むのは酒だけという生活を送っていたマンション管理士の湯野憲太郎さん。その湯野さんが唯一、医者と接点を持っていたのが、横浜市の定期健康診断。そこで早期の食道がんが見つかった。ところが術後、思ってもみなかった医療事故に遭い3週間の入院を余儀なくされる。そんな経過を含め食道がんのお陰でいいこともあったという湯野さんに現在の心境を訊いた――。

年に1度の定期健康診断で

「いますぐ来られますか。専門医に紹介状を書きますから」とクリニックの医師から告げられる

2015年会社退職後、マンション管理士として働く湯野憲太郎さんに食道がんが見つかったのは2020年10月、横浜市の定期健康診断でだった。普段から山歩きや水泳、テニスなどを楽しむなど体力維持に努め、健康には自信があり、医者には縁のない生活を送っていた。そんな湯野さんが唯一医者との接点があったのが、年に1度の定期健康診断だった。
「会社に在籍していたときは、会社の健康診断があるのでそれは受けていました。退職してもその習慣がついていたのか、『横浜市の健康診断も受けてみるかな』くらいの軽い気持で、毎年受けていました」

これまでは異常はまったくなかった。

年に1度、定期健康診断の際、近所のクリニックの医師に胃の内視鏡検査を行ってもらっていた。「きれいなピンク色の食道ですね」と、毎年言ってくれていたのだが、このとき初めてこういった表現はなかった。湯野さんは「あれ? 何か変だな」と思ったという。

1週間後の朝10時半頃、クリニックの医師から検査結果を知らせる連絡が入った。いつもなら「時間があるときに寄ってくださいね」と伝えられるのだが、今回は「湯野さん、いますぐにこちらに来られますか。専門医に紹介状を書きますから」、と切迫したトーンだった。

これは「ただ事ではない」、と感じた湯野さんは、取るものも取り敢えずクリニックに走った。

医師は、湯野さんに「S大学病院の消化器内科のH先生の診断をただちに受けてください。いまから行けば本日の診察時間に間に合います」と告げた。

いきなり食道がんと告知される

大学病院でいきなりのがん告知で、自分のことだという実感に乏しかったと湯野さん

「これは大変なことになった」と湯野さんは奥さんと2人、医師から渡された紹介状と画像データを持って急いで大学病院に向かった。なんとかその日の診察時間に間に合って、H医師の診察を受けることができた。

診察室に入った湯野さんと奥さんに、H医師はクリニックの医師から送られてきた資料と画像を見ながら、「食道がんです」といきなり告知したのだった。

「これはすぐに切除する必要があるので、手術の日程を押さえましょう」、と目の前で入院日と手術日が決って行くのが何か他人事のように思え、とてもわが身に起こっていることとは思えなかった。

湯野さんの両親は2人とも肺がんで亡くなっていたが、そのときのがんの告知は、家族が呼ばれ本人がいないところで行われたことを記憶している。

だから、本人にいきなり告知されるとは思ってもみなかった湯野さんは、そのときの気持ちをこう語る。

「大学病院の診断を受けるようにと言われたときには、『何か大変な病気に罹ってしまったのか』とは思いましたが、まさか食道がん。しかも自覚症状は全くなく、日ごろから薬やサプリメントの世話になったこともなく、毎朝の散歩に加え、仕事の合間にはテニスや水泳、山歩きや旅行をするなど、健康には人一倍、自信を持っていました。それに再検査や精密検査もすることなく、あまりにも急ながん告知だったので、自分のことだという実感に乏しく、『アッ、そうですか』といった感じで、聞き流していたというのが正直な気持ちです」

「命と酒とどちらが大切だとお思いですか」

H医師は問診で湯野さんが日ごろどんな生活を送っているのか、訊ねてきた。

湯野さんはタバコは吸わないものの、毎日、晩酌が楽しみで、仕事から帰宅すると汗を流してまずビール。それから日本酒の熱燗。それが終わると麦焼酎と芋焼酎のお湯割りを飲みながら食事をする。食事が終わるとブランデーを飲んで仕上げるという生活を365日、50年間続けてきたことを話すと、「湯野さんは、酒と命とどちらが大切だとお思いですか」と訊ねてきた。

「この質問は、私を驚愕させました。長年楽しんできた毎日の晩酌を止めることができるだろうか。でも命には代えられない。止めるしかない、そう決心しました」

この医師の問いを聞いてから、湯野さんはあれほど好きだった酒をピタッと止めた。

「結婚以来、毎晩一緒に晩酌を付き合ってくれていた妻の協力もあって、酒を止めることができました。妻は私の気持ちを汲んで自宅では飲むことを止めましたが、たまにレストランなどに行くと、『飲んでいい?』と訊いてワインを飲んだりします。私はウーロン茶ですね」

クリニックの医師から「早期発見でラッキーでしたね」と

2020年12月上旬に食道がん手術が行われた。

食道の中央部に、長さ約10㎝ほど病巣が広がっていた。

幸いなことにがんが食道の粘膜内に留まっている早期であったため、口から内視鏡を挿入し、電気メスでがんと周辺の粘膜を切除する「内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)」で行うことができた。

「手術時間は3時間ぐらいでしょうか。手術後は集中治療室で術後管理を行う予定になっていたのですが、呼吸状態や血圧など、とくに異常がなかったので、集中治療室には入らず一般病室で治療を受けました。病室のベッドでは身体中、チューブやコードに巻かれて終日、点滴が続きました」

8日間の入院ののち退院することができた。

定期健康診断をしてくれたクリニックの医師から「湯野さん、早期発見でラッキーでした。もう半年発見が遅れていたら大手術でしたよ」と言われた。

そして「食道を切除する手術はどのようにやるか知っていますか」と訊ねてきたという。

「まず肩から切開し、さらに脇腹を切開して肋骨を外し、肺も体外に出すなどして、心臓の位置をずらすんです。手術のなかでも難手術中の難手術なんですよ」

確かに長い歴史がある開胸手術では、がんが食道の中央付近にできた場合には、食道の大部分を切除し、胃を喉のあたりまで引き上げ、残った食道とつなげる手術で胸部や腹部を15~20㎝切開し、肋骨も切り取るため身体にかかる負担はかなり大きい。

その点、早期発見だった湯野さんは比較的内視鏡下手術で済んだのは確かに幸運だった。

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